第174話●プロポーズに備えて
気がつくと銀座まで来ていた。コインパーキングに車を止めると太田さんはすぐ近くにある6階建てのビルに入っていく。慌てて付いていくとエレベーターで6階まで上がった。
「店舗は1階だけど、今日は6階でいろいろと見せてくれる。」
太田さんはきれいな開き戸をあけるとカウンタにあるベルを鳴らす。少しして奥から初老の男性が現れた。
「太田様、お待ちしておりました。早速こちらへどうぞ。」
廊下を進むと一番奥にさらに扉があって、個室になっていた。少し足が長めの椅子と宝飾店でよく見かけるショーケースには宝石がたくさん並んでいる。
「こちらへどうぞ。」
案内されたイスに座ると反対側に男性が回る。太田さんは後ろにある応接ソファーに座った。
「初めまして、ジュエリー瀧澤オーナーの瀧澤と申します。」
そういうと瀧澤さんは名刺を差し出す。慌てて、俺も名刺を取り出して、名刺交換をする。
「初めまして、雨東と申します。今日はお時間いただきまして、ありがとうございます。」
「いえいえ、お世話になっている大崎エージェンシー様からのご依頼ですので、今日は存分にご相談に乗らせていただければ、と思います。」
瀧澤さんは素敵な笑顔でそうおっしゃってくれる。
早速、25日にプロポーズをすること、結婚自体はまだ先になること、正式な婚約は改めて結婚が近くなったらやりたいこと、予算感などを説明する。その上で今回はどんな指輪が良いかと問いかけた。
「今回のご要望ですと正式な婚約の前に渡されるものですからプロポーズリングをお薦めします。」
「プロポーズリングですか?」
「はい、婚約指輪というのは正式な顔合わせなどで渡すものですが、それよりも少し軽めのものとして、プロポーズの時に渡すタイプの指輪です。」
「確かに今回はその方が良さそうですね。正式なものは改めてちゃんと渡したいですし。」
「では、プロポーズリングということで進めさせていただきます。渡されたリングはそのまましまわれる感じですか?」
「いえ、会社としては番組出演などでも付けて欲しいそうです。婚約状態にあるというのをきちんと形として見せたいようなので。」
「なるほど、お伺いしたご予算的には既製品はもちろんオーダーメイドも承れますがいかがいたしましょうか。」
「それでしたらオーダーメイドでお願いします。テレビでアップにされる可能性も考えると既製品ではなくオーダーメイドの方が見栄えは良いのかな、と思います。」
「それでしたら『エタニティ』タイプのオーダーメイドプロポーズリングが良さそうですね。」
「『エタニティ』タイプというのは?」
「実際に見ていただきましょう。」
そういうと瀧澤さんは3つの指輪を取り出した。
「こちらが当店でよくお求めいただく婚約指輪の一例です。『ソリティア』というデザインですが、大きなダイヤを埋め込んで一般にイメージされる指輪の形をしています。リングの装飾も意匠を施していて華やかになっております。」
見せてもらったリングはとても華やかで確かに婚約指輪として渡されるのにふさわしいデザインになっていた。
「そしてこちらの2つが当店でプロポーズリングとしてお薦めしているタイプです。一つは婚約指輪に近い『ソリティア』デザインで石が埋め込まれていますが、サプライズで渡すことが多いので、指の大きさが合わなくても大丈夫なようにあとで手直しできるような簡素なリングになっています。もう一つは正式に結婚するまで、結婚指輪の代わりに日常でも付けていただける『エタニティ』タイプです。こちらはリングに石が埋め込まれているので普段付けていても差し支えないものです。サイズ直し可能なタイプとサイズ直しが効かないタイプとございます。」
「確かに普段使いしやすそうですね。」
「はい。石は引っかからないようにしっかりと埋め込まれているので普段の芸能活動でも付けていただきやすいですし、その上、テレビなどでも映るとなると『エタニティ』タイプの方が画面映りは良いです。」
「確かにそうですね。はい、このタイプにしたいと思います。」
「ありがとうございます。次はエタニティタイプの中からさらに細かくデザインを見ていただけますでしょうか。」
そんな感じで一つずつ順番に進めていただき、渡すリングがだんだん決まっていく。
「長時間お付き合いいただきましてありがとうございました。これでオーダーメイドのご発注が可能です。最終確認させていただきます。サイズ9号のハーフエタニティタイプ、早緑様の誕生石であるガーネットを8ピース、雨東様の誕生石であるサファイアを7ピース、0.03カラットのラウンドブリリアントカットにてベゼルセッティングで交互に埋め込む、リング素材はプラチナ950、リングデザインは全体に装飾を施したこちらのタイプということで承ります。」
「はい、間違いありません。」
「確認ありがとうございます。当店の委託先にて加工が可能な内容でしたので来週には仕上がって参ります。今回の費用ですが、税込みで20万円にて承ります。」
「えっ!?それで問題ないんですか?」
「太田様がそちらにいらっしゃるところで申し上げるのもなんですが、これは当店のほぼ定価となっています。」
「そうなんですね。」
「はい。その上で、一つご提案がございます。」
「なんでしょう?」
「早緑様はおそらく普段の生活でも身につけられたいとお考えになるかと思われます。」
「確かにそうですね。」
「ただ、そうしますと同じデザインの指輪を付け続けることになり、気がつく方はすぐに早緑様であることを判ってしまわれるかと。」
「あっ、そうなりますね。」
「そこで、違ったデザインの指輪をもう一つ贈られてはいかがでしょうか。」
「なるほど、たしかにそうですね!」
「それでしたら2つあわせた合計金額から3割引で承ります。」
「えっ、よろしいんですか!?」
「はい。大崎様にはお世話になっておますのでこれくらいは勉強させていただきます。」
「先生、せっかくだから、ね。」
「ありがとうございます。では、お願いします。」
「それでは、あらためて検討して参りましょう。」
いろいろとアドバイスをもらいながら最終的にもう一つの方は未亜の誕生石であるガーネットを主体にしつつ、未亜の誕生日1月15日の誕生日石だというインドスタールビーとアメトリンも組み合わせてもらって、0.02カラットのプリンセスカット、リングは大学でも違和感のないシンプルなデザインを選んだ。ダイヤモンドの入ったリングは正式な婚約指輪に取っておくつもり。
最初の方が見た感じテレビ映りがいいし、二人の誕生石が埋まっているから、こちらを早緑美愛へ、いま選んだ方を西脇未亜へ、それぞれ贈る、という感じかな。
「太田さん、どうですかね?」
「前提として、先生がちゃんと美愛のために選んだものなら問題はないと思う。その上で会社としての見解を述べさせてもらうと見栄え、価格、意味合い、すべて完璧ね。」
「よかったです。指輪が二つになったことで、彼女を形作る二人、西脇未亜と早緑美愛に対して一つずつ送るような心持ちでいます。私人である彼女だけでなく、芸能人である彼女とも一生をともにするっていう感覚ですね。」
「先生もけっこう詩人よね。美愛はすごい喜んでくれると思うわよ。個人的な見解だけど、美愛は先生が何もいわなくても二人の誕生石を組み合わせた方のリングを芸能活動で付けるっていいそう。」
「太田さんもそう思われましたか。」
「うん。そして会社としても私個人としてもそれに賛成することになると思う。二人の誕生石を組み合わせたプロポーズリングとかロマンティックじゃない。」
「なるほど、それなら安心ですね。」
少し大きめのジュエリーケースに2つの指輪を入れてもらうようにお願いして、支払いも済ませて、発注は完了。家に置いておくと何かの拍子で見つかってしまう可能性もあるので、当日まで預かって欲しい旨を依頼して、快く受けて下さった。よし、これで準備は出来た。あとは当日リングを受け取って、プロポーズをするだけだ!
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