第152話●4thCD発売記念サイン会ツアースタート

 ついに4人にも話をするタイミングか。うん、それが一番だな。

 とはいえ、その前に未亜はサイン会もある。4thCD発売記念サイン会初日は伊予國屋書店新宿本店。今回のサイン会ツアー、未亜のアイデアをもらい、外伝の原稿を無事に提出できたおかげで、単発ものの原稿以外は余裕が出来たことから大崎のスタッフに混ざって、全部同行することにしている。愛する彼女の晴れ舞台はやっぱり全部見ておきたい。って、まあ、そんなふうに考えられるようになったのも未亜のおかげ。本当に感謝しかない。


 今日はちょっとイレギュラーだったけど、明日以降、大阪・名古屋以外は、基本的に3限まで大学の授業をこなしたあと、二人でタクシーに乗って事務所へ。そして事務所で未亜はウイッグ以外さみあんモードになり、太田さんの運転する社用車でサイン会の会場へ向かう。これからしばらくこの流れだ。凝った料理をする時間はないから昨日買った国産豚バラブロックはシークレットライブが終わったあとに改めて角煮にしよう。


 打ち合わせのあと、ウイッグを除いて、さみあんモードになった未亜と地下二階の駐車場へ向かう。地下一階の車寄せを使ったことは何度かあるけど、社用車の駐車場を使うのは初めてだ。実際に地下二階まで来てみると単なる駐車場だった。まあ当たり前か……。


「圭司が一緒に来てくれるって言うだけで本当に安心できて嬉しい。」

「何かあれば顔の知られていない俺が動けるしね。」

「ほんとだよー。安心感がすごい。」

「そういってもらえると彼氏冥利に尽きるね。」


 事務所から伊予國屋まではものの10分でたどり着く。メイナンド地下街の駐車場に車を止めて三人で目的地を目指す。

 駐車場から地下街を抜けて、伊予國屋の地下一階に着くと入口の所に二人の人影、一人は古宇田さんでもう一人は……えっ、陽介さん!?


「えっ!?おと……っと危ない。」

「いまの姿なら大丈夫だと思うけどね。」

「おはようございます。」

「こんばんは。今日はありがとうございます。」

「取締役がわざわざすみません。」

「いえいえ。皆さん変わらないようで何よりです。」

「もう……。」

「じゃあ、9階の事務所まで、どうぞ。」


 陽介さんの先導で9階まで上がると俺がサイン会をした時と同じように事務所の一角に仮設の楽屋が用意されている。楽屋に入るなり、未亜はウイッグを付けながら陽介さんに戸惑いをぶつけた。


「出迎えるならちゃんと教えておいてよ、ビックリしたよー。」

「急に予定が開けられてね。悪かったよ。」

「まあ、いいけどさ。」

「雨東先生もお疲れ様です。」

「いえいえ、ありがとうございます。」

「これ、一階で買っておいたよ。」

「たい焼きだ!」

「早緑さんの目の色が変わった!」

「昔からあんこには目がないんですよ。」

「あっ、雨東さんには内緒にしてたのにばらされた!」

「いや、知ってたよ。だってコンビニで買うスイーツは必ずあんこ系だったからね。」

「あっ、そんなところからばれてるなんて。」

「太田さん、なんかほっとしました。」

「いやあ、西脇取締役、この二人、いつもこんな感じですよ。」


 そんな話をしていると開始15分前になった。会場の方で作業をしていた古宇田さんが呼びに来る。


「早緑さん、それでは、お願いします。」

「先生は私と一緒についたての裏で待機ね。」


 仮設の楽屋はイベントスペースのすぐ隣なうえ、まだファンがいない状態なのでそのままスムーズに移動できる。サインをする席の脇にいつもだとないというついたてを用意してもらっていて、そこで太田さんと俺、陽介さんが待機することになった。未亜の隣と机の両脇にはブラジリアの社員がいて、机の両脇にいる方がはがしを担当。万が一に備えて、ついたての裏にはモニタが用意されて録画されているほか、入り口付近に古宇田さんと伊予國屋の警備員が二人待機している。

 ちなみにCDは封が開けられた状態で用意されていて、机にいるブラジリアの社員がCDケースを開けた状態で渡し、盤面に未亜がサインをしたあと、CDケースを閉じて、手渡した上で握手、という段取りだ。

 今日は50人だそうで、けっこう少ないんだなあ、と思ったけど、一人1分としても50分かかるんだからそんなもんなのかもしれない。俺の時は2時間以上書いていたような気がするけど、一店舗しかなかったのとの違いかな。


「それでは、ただいまより、早緑美愛4thアルバムサイン会の方を開始いたします。係が順番に一人ずつ誘導しますので、押さずにお待ちください。」


 古宇田さんの呼び込みで入ってきた最初の一人は制服姿の女の子だった!目の前でCDにサインをして、手渡して握手をする。


「さみあんの大ファンです!これからも応援します!」


 そういうと女の子は泣き出してしまった。そんな子も容赦なくはがすブラジリアのスタッフさん。そんな感じでサイン会は始まってしまえば淡々と列が進んでいく。男女比はちょうど半々くらい。中野のライブでは女性客は1割ちょっと、横浜のライブでも三分の一を超えたかどうかという感じだったから、本当に増えていることを実感する。みんなとても嬉しそうだ。やっぱり、未亜はすごいアーティストだよ、こんなにもみんなを笑顔にさせるんだから。


 最後の一人まで無事に終わって、会場から出たのを確認して、みんなで仮楽屋へと帰還する。未亜が帰りの支度をしていると陽介さんが扉の外から手招きをしている。そのままサイン会の会場へ連れて行かれた。陽介さんはすごく緊張した顔をしている。なんだろう?


「ディナーショーで先生のご両親にお目にかかるのを楽しみにしていますよ。」

「はい、私の両親もとても楽しみにしている、と。」

「コホン、ここからは雨東先生に対してではなく、高倉くんに未亜の父親として聞きたいんだけどいいかな?」

「はい、何でしょう?」

「高倉くんは未亜との関係について、これから先、どう考えているのかな?」


 そこを確認したかったのか。まだプロポーズもしていないのにあまり具体的なことはいえないよな……。うまくニュアンスが伝わるといいんだけど……。


「実は、将来を見据えた関係になれるよう、関係性を一歩先へ進めたいという提案を25日にする予定です。そこで、未亜さんから承諾をもらえれば、すぐ事務所に確認をしますので、なるべく早いタイミングで正式なご挨拶に伺わせて下さい。ただ、未亜さんの夢や卒業も考えて、最終的には大学卒業後になるとは思います。」


 陽介さんはだんだんと緊張した顔から満面の笑みになった。通じたかな?


「なるほど!うん、そういう回答が出来るのはさすがだよ。やっぱり君を見込んでよかった。私も正式にはその場にするけど、高倉くん、いや圭司くん、くれぐれも未亜のことを末永くよろしく頼みます。」


 そういうと陽介さんは握手を求めてきた。すぐに手を差し出して応じる。


「はい!もちろんです!」

「これで安心して圭司くんのご両親にもお目にかかれます。」


 陽介さんと固い握手を交わした。呼び方が名前に変わったということは完全に心を許してくれたのかな?うん、まだ正式には何も動いていないのになんかすべてがレールの上に乗った感じがするのは面白い。


「お父さんと雨東さん、なにしてるの?」

「ディナーショーでうちの両親とあうだろ。人となりとかを説明していたんだよ。」

「うん、とても参考になったよ。」

「そか!確かに両家初顔合わせだもんね!って、まだそういうあれじゃないけどさ!」

なんだな?」

「あっ。」

「いやあ、未亜がお父さんの前でのろけるようになるなんてなあ!」


 そういうと陽介さんは大爆笑した。いやはや、未亜のこの自爆は「まだ」じゃなくなるまで続きそうだな!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る