第九章 重要な相談

第129話○紅白歌謡祭共同記者会見

 今日はいよいよ紅白歌謡祭の出場者発表。太田さんが自宅まで迎えに来てくれたので、家に入ってもらった。今日は日本N公共K放送Hへの到着と同時にシブヤオンガクの密着取材が来るので自宅を出るときからさみあんモードになる。太田さんが事務所から今日の衣装とウイッグを持ってきてくれたので、その間に私も準備を整える。


「11時には着いておきたいから、そろそろ、美愛行きましょうか。先に車へ行っているから、準備できたら地下一階のエレベーターホールまで来て。車を止めてあるから。」

「そんな設備あるんですか!?」

「早緑美愛になった格好で外歩けないでしょ。だからこういうときのためにうちで管理している物件にはだいたい地下に車寄せがあるのよ。ただ、駐車場ではないから長い時間止められないの。長い時間止めるときはコインパーキング。」

「えっ、車はどこから入るんですか?」

「さすがの先生も判らないわよね。ここの場合は、隣のマンションに地下駐車場があって、そことつながっているの。普段はゲートのシャッターが閉まっているんだけど、社用車のETCカードに反応して開く仕組みになってる。前にも話したかもしれないけど、両方のマンションとも同じ地主さんで昔からの支援者タニマチだから出来る細工ね。」


 大崎ってやっぱり大きい事務所なんだなあ、と改めて感心する。太田さんは先に車に向かった。私は最後の準備をして、荷物の確認も完了。よし、行くぞ!


「じゃあ、いってくる!」

「未亜、頑張れよ!」

「うん!」


 行ってきますのキスをして、家を出る。地下一階までいつも通り行くと太田さんが待っている。

 非常用階段の扉を開けたところに1階へ上がる階段ともう一枚の扉があった。その扉の向こうに車路と車が2台止められるスペースがある。一台だけ止まっている車――太田さんの社用車に乗り込むとすぐに出発だ。


 助手席でスマホのニュースを見ていたら、「早緑美愛、紅白歌謡祭出場内定」というニュースが各スポーツ紙から早々と流れていた。これは大学でも朝から話題になるかもしれないなあ、私がいないし。圭司は何も言えないからノーコメントって言ってそう。なんか情景が思い浮かんで、ニヤニヤしてしまう。


「今日は、地下の関係者入り口でNKHのスタッフがシブヤオンガクの密着取材班と一緒に待っているからそこで下ろすわね。私は地下の駐車場を使わせてもらえるから止めたら楽屋へ向かう。とりあえずNKHのスタッフに着いて、先に行ってて頂戴。」

「はい!判りました!」


 1時間くらいで渋谷のNKHに着いた。一度も入ったことのない入り口から車に乗ったまま局舎に入っていく。あっ!ここ!タクシーとかで歌手が降りてくるところだ!うわー、私がここから入れるなんて!やっぱり紅白の出場者ともなるとちがうなあ!局舎に入り、スタッフさんの誘導でスタジオへ向かう。


 NKHの通路を歩きながら、撮影されて、インタビューをされる。なんかすごい新鮮な気持ちになるとともに子どもの頃に見た紅白初出場歌手に密着取材をしている映像を思い出して、なんか感慨深くなる。

 スタジオに入ると脇にある楽屋へ入る。楽屋といってもスタジオの一角が区切られている簡易的な空間だ。


 太田さんがやってくるのをしばし待ち、ディレクターさんから台本を受け取り、今日の段取りを聞いたあとは、太田さんと一緒にあいさつに行ったり、逆にあいさつに来られたり、シブヤオンガクの取材を受けたり。時間はあっという間に過ぎ去って、いよいよ会見の時間が近づいてきた。本当は圭司に近くにいて欲しいくらい緊張している。だけど、圭司はいま私のためにちゃんと授業に出てくれているんだ。私はここで頑張る。


「それでは、皆さん中にお入り下さい。」


 会見開始5分前。NKHのスタッフの誘導で会見場に入る。指定された立ち位置に立つと緊張感がますます高まってくる。こんなに緊張したのは大崎のオーディションを受けて以来だ。私の立ち位置はグループの方などもいらっしゃる関係で前列。つまり白い幕が目の前にある。

 これが落ちるとたくさんの記者の前に出ることになる。


 音楽がかかり、NKHの枠多わくたアナウンサーが入ってきた。


「これより紅白歌謡祭の記者会見を開始いたします。」


 華やかな音楽がかかり、これまでに発表されている司会者や番組テーマが改めて紹介される。


「それでは、出場歌手の皆様の発表に参ります。」


 枠多アナがそう告げた!いよいよだ!

 ファンファーレが鳴り、幕が……落ちた!すごいフラッシュだ!


「まずは紅組の初出場歌手の皆様です。」


 私が呼ばれるのは4番目だ。すぐに順番は来てしまう。


「早緑美愛さん。」


 名前がコールされると私は一礼をする。さらにフラッシュがすごい。


「以上、8組の皆様にお越しいただきました。それでは、皆様に資料を配付いたします。」


 記者の皆さんへ資料が配られはじめる。


「この間に紅白歌謡祭の出場歌手、全46組のお名前をご紹介します。」


 順番に全出場歌手が紹介されていく。


「早緑美愛さん。」


 そうだ、ここでも名前が呼ばれるんだ。私は思わずもう一度お辞儀をしてしまった。


「鶴本ランさん。」


 鶴本さん、今年も出場か。さすが大崎が誇るトップアイドル。


「以上、総勢46組の皆様が、大晦日のステージを彩って下さいます。」


 そのあと企画コーナーの出演者が登場して、紹介されていた。それが終わるといよいよ順番に意気込みなどを語る出番だ。先ほど呼ばれた順と聞いているので、私は4番目になる。


「それでは、早緑美愛さん、お願いします。」

「早緑美愛と申します。今回、紅白歌謡祭の舞台へ初めて立たせていただくこととなりました。アイドルシンガーとして活動を始めてからいつかは立ちたいと願っていた大晦日の大舞台おおぶたいについに立つことができます。全国のファンの皆様のおかげです。本当にありがとうございます。そして、大晦日は、聴いていただく皆様の心に残るような歌を届けたいと思います。よろしくお願いします。」


 あとの人たちも一言ずつ意気込みを話し、集合写真を撮られたあとはいったん下がり、今度は一人ずつ会見場で質疑応答をすることになる。会見場から外へ出ると太田さんが待ち構えていた。


「いい感じだったわよ。」

「いやー、緊張しました……。」

「まだ質疑応答があるんだからね。」

「……この前みたいなことはないですよね?」

「例の週刊誌はこの会見に出席できる記者クラブに入ってないし、紅白の記者会見だからね。大丈夫よ、安心して。」


 太田さんは笑顔でそう断言してくれた。


「それにしてもあそこの入口初めて使いましたけど、なんか特別感ありますね。」

「えっ!?いつも何処使っているの?」

「西玄関ですよ。」

「あなた、もう入構証持っているんだからタクシーをあそこに着けてもらえばあの入口を使えるのよ?帰りもあそこから出られるから止まっているタクシーを使える。必ず西玄関を使わないといけないのは、入構証とか番組から発行されている出演者パスとかがなくて、受付から番組担当者にアポを確認してもらう必要のある人だけ。」

「ええっ!そうだったんですね!」


 そんな!知らなかった!今後はあそこから入らせてもらおう……。そんな感じで太田さんと話をしていたけど、太田さんは特設楽屋に入ってきた人を見て「ちょっとあいさつに行ってくる、あっ、私一人でいいから、美愛はここに座ってて。」といって席を外した。とりあえず圭司にいまの状況なんかをRINEしておく。大学の方は朋夏と明貴子が盛り上がっていて、その流れで明貴子が早緑美愛のファンだと白状することになったらしい。ついに白状したかー、とニヤニヤしていたら志満まで私のファンだって圭司から送られてきてビックリした!私ってなんでそんな引きが強いの!?あの二人まで大崎のタレントとかさすがにないよね!?なんて戸惑っていたらもう30分くらい経っていて、いつの間にか太田さんも戻り、スタッフの呼び込みが来た。


「じゃあ、いってきます。」

「うん、頑張ってね。」


 会見自体は無難な質問が多かったので安心したのだけど、一つだけドギマギする質問が飛んできた。


「紅白出場が決まった件について、交際されている雨東晴西さんにはもう伝えられましたか?」

「はい、さきほど伝えました。」

婚約者フィアンセはなんておっしゃってましたか?」

「おめでとうって、あっ、その、同棲はしておりますが、まだ、婚約しているわけではないので、フィアンセというわけでは……。」


 まだプロポーズはされていないからね!なんかほとんど私がしてしまったような感じだけど!

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