第113話●未亜の驚嘆

 昨日は哲学館大学の学園祭前日ということで授業は休講。

 未亜は、午前中にはNKH「シブヤオンガク」の紅白初出場歌手特番の収録、昼からCBSテレビの「ヒルミツドキ」に生出演したあと、午後はジャパンテレビで「地球ビックリ報道」というバラエティ番組の収録、夜にはみずほテレビで「音楽大好き」の収録という濃密スケジュールだった。「音楽大好き」は完全に早緑美愛一人を特集してくれるそうで、これから始まる5thアルバムの収録にも取材が入って、年末にオンエアだとか。紅白出場もあって、トップミュージシャンという扱いになってきているのが嬉しい。

 俺の方は引き続き、原稿を進めていたら、白子さんから電話があり、久しぶりに第1巻から第3巻まで一気に重版がかかるとのこと。今回はそれぞれ1000部になる。特に第1巻は今回の重版で第20刷通算15万部というありがたい状況。3巻合計で確かいま30万部、電子書籍をあわせても50万部くらいのはずだから紙の本だけで100万部も出している作家さんたちは本当にすごいんだなあ、と思う。

 ちなみに今回のこれはあくまで報告。例の一件以降、基本的にマネージメントはすべて太田さんにおまかせしているので、契約周りを大崎との間で済ませてから別途報告をもらっている感じだ。ちなみにアクキーみたいなライセンス商品とかになるとKAKUKAWAへ提案された企画に関する事前確認が白子さんから俺と太田さん宛で来て、俺の方でNGを出さなければ大崎としては企画内容にはタッチせず条件面だけチェックする取り決めになっている。もちろん俺のあとに絵を描いて下さっている帯屋おびやわたるさんとコミカライズを担当されている漫画家の桜内さくらうちあおいさんに話が行って、そこもクリアになってはじめてKAKUKAWAやグッズの企画元と大崎の間で契約締結が行われる。ちなみにグッズの再販なんかは俺への個別連絡は不要としてあるので、KAKUKAWAと大崎の間で処理されていく。

 実は俺の場合、報酬に占めるウエイトは書籍印税よりもグッズやコラボカフェといったライセンスフィーのほうが圧倒的に大きかったりする。素敵な絵を描いて下さっているお二人には頭が上がらない。


 そして今日からいよいよ学園祭がスタートだ。授業はないので未亜は仕事を入れようと思えば一日中入れられる状況だったのだが、太田さんの判断で今日は夜のラジオ収録以外オフとなっている。

 学園祭自体は、サークルに入っていない俺たちにはあまり縁がないのだけど、せっかくだから未亜がラジオへ行く前に学園祭を見て回ろう、ということになった。岡里さんはオーディションからレッスン、飯出さんは一日動画作りで缶詰になるとのことで、二人で学祭デートという感じだ。


 家からタクシーに乗って、大学に着くと学内にはいろいろな模擬店が出ている。


「未亜の高校って学園祭は模擬店とか出てた?」

「出てなかったなあ。基本的にクラスで調べ物をして発表する感じだった。代わりに実行委員会が飲食班っていうのをつくって、そこでやってたよ。」

「うちと変わらないなあ。うちは模擬店禁止で、学園祭実行委員会の喫茶部門と販売部門っていうところが仕切ってた。あとはクラス展示はほとんどなくて、文化部の発表会がメインだった。」

「クラス展示なかったんだね!高校の頃は合コンとは無縁だったから他校へ遊びに行ったことがなくてその辺全然知らなかったよ。」

「それは俺も一緒だなあ。まあ、いろいろあったから、異性を好きになったのは未亜が本当に最初だよ。」

「ふふふ、お互いに初恋の人が一生ものになりそうですよー。」

「いいことだよ。恋愛は器用に出来そうもないからね。」

「まさに『あなたとの出会いは運命の星が導いたもの』だねー!」

「前もいったけど、よく憶えてるよなあ。本人がすぐ出てこないのに。」

「へへー!それだけ、読み込んでいるっていうことだよ!」


 未亜とこんな話が出来るようになって本当に良かったよなあ……。でも、本当に「あなたとの出会いは運命の星が導いたもの」なのかもしれない。


 そんな話をしながらいつもとは全く雰囲気の異なるキャンパス内を歩いていると大きなポスターが貼ってある。


「あれ?妖怪博士ホールで大渡おおわたり恭正きょうせいさんのトークショーだって。」

「えっ!?あっ、本当だ!」

「大学主催で入場無料みたいだから見に行ってみるか。」

「うん、そだね。」


 哲学館大学には学内にキャパ800人のホールが設置されている。学園祭では著名卒業生のトークショーやお笑いライブが開催されている。ちなみに妖怪博士というのは、哲学館を創設した井下いのした弗了ふつりょうの愛称らしい。


「結構広いな。」

「思ったより広いね。」


 中は8割くらい埋まっている感じだった。二人で座れるところを見つけて腰を掛ける。


「けっこう埋まっているね。」

「確かに。大学生くらいだとあまりなじみがないかと思ったけど、そうでもないのかな。」

「この前テレビに出ていたからかもね。」

「ああ、それはありそうだ。」


 5分くらいしてトークショーが始まった。最初はMCの自己紹介から入って、諸注意の説明があった。MCはアナウンス研究会の学生だそうだけど、割と上手い。このトークショーは哲大祭の公式MeTubeチャンネルで生配信されているらしい。後日アーカイブも残るから見て下さい、とのこと。そして大渡さんが呼び込まれた。このあとは簡単なプロフィール紹介という流れのようだ。


「それでは、大渡恭正さんのプロフィールをご紹介します。大渡恭正さん、現在哲学館大学文学部の2年生に在学されており、『雨の宿にて』『青函の夜の泣いた女』など数々のヒット作をご一緒に手がけられたことで知られる大渡重久さん恭子さんがご両親という音楽一家に生まれました。高校生の頃から音楽活動をはじめられ、数々のヒット曲を世に送り出しています。最近ですと早緑美愛さんが歌われている、通称『渋谷バラード』シリーズが一番なじみ深いかもしれません。とこんな感じでよろしいでしょうか?」

「はい、ありがとうございます。」


 ここで早緑美愛の名前が出てくるのか!

 横を見ると未亜が眼をまん丸にして驚いている。そりゃ、いきなり自分の曲が代表曲として出てきたらなあ。


「まずは、いま例として出させていただいた『渋谷バラード』について、お話を伺えればと思うのですが、よろしいでしょうか。」

「はい、ぜひ。」


 その曲を歌っている人がここにいるって知らないんだろうな……。未亜は完全に固まってしまっているけど、聴いてはいるみたいだな。

 大渡さんによるともともとはファーストアルバムの「円山町の夜に」だけで終わるつもりで書いたのが、「早緑美愛さん側からの熱烈なオファーがあって、シリーズ化された」とのこと。要するに太田さんかブラジリアの古宇田こうださんが頼み込んだ、と。

 未亜は今度はニヤニヤしながら聴いている。あー、あとで太田さんに本当かどうか聞くつもりだな。


 そこから曲を作る心構えとか手順とか、発想とかの話が続く。日常生活を送っている中で発想が出てくることが多いらしい。俺も割と授業を受けていて、教授が何気なく言った一言からその後の展開の着想をもらったり、未亜と話をしている中で急にインスピレーションがわいたりするから、その辺は物語の執筆と変わらないのかもしれない。


「そんな大渡恭正さんですが、いま一番逢ってみたい方ってどなたでしょう?」

「そうですね。一番、というご質問ですが、実は同じくらいお目にかかりたい方が二人いらっしゃいます。」

「おお、そうなんですね。まずお一人は?」

「はい、先ほどから何度か話題に出ている早緑美愛さんにはぜひ一度お目にかかりたいです。」

「それはどんな理由でしょうか。」

「『渋谷バラード』に魂を吹き込んでいただいて、私の代表作として今後も誇れる楽曲にしていただいた、そのお礼を言いたいですね。」


 これは!と思って横を見たら、案の定、真っ赤になってうつむいているかわいい未亜がいた。本人がいる前ならともかく、本人が聞いているとは思っていない場面で、作詞作曲者にあれだけべた褒めされたら、そりゃうれしさと恥ずかしさで真っ赤になるよな。


「なるほど、では、もうお一人は。」

「もう一人は、早緑さんの『主役』という曲を作られている儘田海夢さんです。」

「意外なところを上げられましたが、こちらは。」

「実は、儘田さんがボカキャラPとして作られた数々の楽曲が大好きなんです。会場にもお好きな方はいらっしゃると思いますが、あの重い曲調とシリアスな歌詞、それでいて、それらがきれいに昇華している。どんな方が作られているのか、お話ししてみたいです。」


 これは面白い。この話が太田さんに伝わったら、二人の共作を早緑美愛が歌うとか、なんかいろいろと手配するんじゃないだろうか。アーカイブに残るみたいだから見てもらってもいいかもしれない。

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