第112話○太田の判断

 今日は祝日なので大学はおやすみ、午前中は太田さんと打ち合わせをして、昼過ぎから千葉の湾岸FMで「MUSIC SOUP」に生出演、夕方にはBS21の音楽番組「Trend Sound Library」の収録、夜は5thアルバムのレッスンとなっている。こういうハードスケジュールにもだいぶ慣れてきたから面白い。


 太田さんから、今日の朝一で、私の打ち合わせにあわせる形で四人で来られないか、と連絡が来た。そのまま、二人にRINEをしたら予定は問題ないということで、四人で一緒に事務所へ向かっている。みんなで私が手配した同じタクシーに相乗り。圭司が助手席に座って、私たち三人が後部座席に座る。


「何か四人で事務所行くの不思議な感じだね。」

「そういえばいままでなかったね。」

「これから増えるかもよ。」

「でもさ、『事務所に行く』って大学だと周りに知らない人も多いし、話しづらいよね。」

「『事務所』なんていったらもろだもんねー。」


 圭司が助手席からこちらへ振り返る。


「それなら地名に置き換えればいいんじゃないか?」

「地名?」

「例えばうちの大学なら『白山』、元治大なら『三田』って、地名で呼ばれることがある。あとは国会なんかは『永田町』、省庁は『霞が関』って呼んだりする。それと同じように地名にすればどうかな?」

「それいいね!さすが高倉くん!」

「ストレートに行くと新宿だよね。」

「新宿って普段から使わない?」

「だよねー。彩春とかいいアイデアない?」

「うーん、花園?」

「なんかそれだと地名じゃなくなっちゃわない?」

「俺のアイデアをいってもいいかな?」

「圭司、何かあるの?」

「うん。『御苑』ってどうかな?」

「あっ!それいいね!新宿御苑なんてなかなかいかないもんね。」

「賛成!これから大学では『御苑』って呼ぼうね。」


 さすが圭司、かっこよくて頭も切れて知識も豊富で。本当に私は素敵な人とお付き合いできているんだなあ……。

 事務所に着く少し前に太田さんからミーティングルームYと連絡が来たので、そのままミーティングルームへ向かう。


「おはようございます!」

「あ、美愛と先生、おはよう。岡里さんも日向夏さんもわざわざありがとうね。」

「いえ、私たちもちょうど良かったです。」

「それで、先生からは夜野よるの月光つきあかりさんは日向夏さんの知り合いで、いろいろと相談を受けているって聴いたんだけど。」

「それについては、私から改めていいですか?」


 圭司が拾って、太田さんに状況を説明する。


「まず関係だけ先に伝えると夜野月光さんはVTuberではなく、同じ大学の同級生で我々四人の友人でした。けっこう親しくしています。」

「そうなの!?」

「はい。ことの始まりは、日向夏さんが早緑さんのCDを夜野月光さんへ貸したところから始まっています。CDを聴いて曲を気にいった夜野月光さんは、おそらくその中でも一番歌いたくなった『円山町の夜に』を動画にしたうえでスマイルにアップロード、アドレスを日向夏さんに伝えました。」

「それで、日向夏さんが配信で推薦した、ていう訳ね。」

「そうなんです……。こんな感じになるとは思わなくて……。」


 当日のことは私が概要を説明しよう。


「雨東さんが太田さんと事務所で話しているちょうど同じタイミングで私たち3人が夜野月光さんから相談を受けて、それでもろもろ状況が判ったんですよね。ちなみに夜野月光さんは日向夏さんの本名しか知らなくて、日向夏さんだってそのときに知った感じです。」

「そうなのね。ちなみに夜野月光さんってアイドル志望とかそういうことは判る?」

「歌手になりたくてオーディションは受けていたみたいなんですけど、アイドル志望かどうかまでは……。」

「日向夏さん、ありがとう、それが判っただけでもかなりの前進よ!」

「そうなんですか?」

「ええ、もちろんよ、岡里さん。芸能界に興味が全くない人がオーディション受けないじゃない?」

「確かにそうですね。」

「でしょ。だからあとはアイドルをやってもいいかもって思ってもらえるか、ね。もちろんその前に実際にお話しして、素質がありそうかどうかっていう一番大きな問題があるけど。」


 確かに。アイドルとして活動するための素質がないと難しいもんね。


「よし、じゃあ、一回、面接しましょう。沢辺さんにはいまから話を通すから日向夏さんに間に入ってもらってもいいかな?」

「はい!わかりました!」

「岡里さんも同席して欲しい。」

「そうしたかったので嬉しいです。」

「美愛と先生も同席して欲しいんだけど、二人とも正体は知られていないのよね?」

「はい、そうなんですけど、雨東さんと話をしていて、何かの機会でちゃんと説明しておいた方がいいんじゃないかって。もう一人仲良くしている子がいるんですけどその子はWeb作家やっていて、けっこう洞察力があるように見えるので、変な形でばれたくないなあって。」

「うん、それならいい機会だと思う。じゃあ、当日は中会議室押さえるので同席して欲しい。ちょっと考えもあるから先生もお願いね。」

「「わかりました。」」


 先に瑠乃だけ伝える感じになりそうだけど仕方ないよね。


「ちなみにその作家をやっている人って、なんていう名前でやっているか判る?」

「えーと、なんだっけ?いろは、憶えてる?」

朱鷺野ときの澄華すみか、だね。」

「えっ、朱鷺野澄華!?ベストセラーを連発しているいま話題の作家よ!?今度、ついに小説が実写ドラマ化するの!」

「実写ドラマ?アニメ化された話はしていたけど、そんな話はしてなかったですね。」

「今朝、発表されたからじゃないかな?ちょっと待ってね……ほら、これ。」


 そういうと太田さんはノートパソコンをこちらへ向けた。

 そこには海入書房新社のホームページが表示されていて、「朱鷺野澄華原作『私の恋は今日も晴模様』ドラマ化のお知らせ」と書いてある。


「「「「ええっ!?」」」」

「ねえ、あなたたち、本当に何も関係なく知り合ったの?」

「何も知らなかったんですけどね……。」

「私たちがびっくりしていて……。」

「……まあ、あなたたちが学んでる哲大のマーケは、指定校推薦で所謂芸能高校から入りやすい上にソーシャルマーケティングとかインターネットマーケティングに詳しい先生がそろっているんで、高校から活躍していたり、これからデビューしようとしてる芸能関係者多いけどね……。」


 太田さんから大学の名前と学科まで出てきたので私は思わず聴いてしまった。


「太田さんもご存じなんですね。」

「前に先生ともそんな話になったけど、平見ひらみ春南はるなは、あなたたちの学部学科レベルで先輩よ。もう卒業しているけど。」

「平見さん、そうだったんですね。」

「あとは音楽セクションのジャンボラーンも哲大マーケのOBね。彼らは大学の音系サークルで知り合った口だけど。あと俳優セクションとかお笑いセクションとかにも哲大マーケの卒業生や在学生がいたはず。ちなみに取締役の二階堂さんもあなたたちの先輩よ。当時はマーケティング学科じゃなくて、商学科だったみたいね。」

「へー!けっこういるんですね……。」

「いるんだけど、あなたたちの大学は、在学生も卒業生もなぜか大学名をあまりプロフィールとかに出さないのよね。なにしろ二階堂さんですら公式サイトの役員一覧で唯一大学名書いてないからね。だから知られていないだけだと思う。」

「そういえば、戸山大とか元治義塾大とか渋谷学院とかけっこう前面に出しますね……。」


 私がそんな話をしていたら朋夏が思い出したように太田さんに尋ねた。


「そうだ、朱鷺野さんが来たがったら誘っても大丈夫ですか?」

「一緒に全部説明出来るし、はじめから『一緒にどう』って誘った方がいいと思う。あなたたちの仲間なんでしょ?変に仲間はずれ状態とかになったら良くないからね。」


 太田さんが沢辺さんへ連絡を取っている間に朋夏が瑠乃と明貴子にRINEしつつ、予定を確認して、明後日の土曜日に面接をすることになった。瑠乃はいきなり面接となったこと、明貴子はそれに付き添っていいということにそれぞれ驚いていたけど、話がいい方向へ行くと良いなあ。


「そうそう。いま、沢辺さわべさんに美愛と先生への伝言を頼まれたんだけど、あなたたちの朗読劇配信のスケジュール決まったわよ。」

「ついに!決まったんですね!」

「11月27日土曜日の19時からね。みんなのスケジュールが空いていて、問題なさそうなところになってるはずだって。」


 みんなで予定表を出し合って、問題ないことを確認した。


「じゃあ、これで確定ね。公表は11月22日の配信スタジオの完成披露記者会見になる予定。儘田先生とここなには私から伝えておくわ。日向夏さんには沢辺さんから、岡里さんには改めて大石くんから連絡があると思う。」


 いよいよだ!これも楽しみ!


「じゃあ、美愛との個別打ち合わせをしましょうか。」

「そうしたら私たち、16階にいるね。雨東先生はどうする?」

「俺も16階で待ってるよ。」

「じゃあ、終わったら16階行くね。」


 みんなが出て行く。


「えーと、まだ調整を進めているんだけど、3月のライブにあわせて、5thアルバムを出すことになりそう。」

「やっぱり!」

「予想してた?」

「4thがそんな感じでしたからね。」

「ちなみに予想していないこといってもいい?」

「えっ!?」

「5thアルバムはライブのあとに出すのではなくて、ライブにあわせて、だからね。ライブの物販で先行販売する感じよ。」

「ええっ!?」

「あっ、実はもう一つあるんだよね。」

「さらにまだあるんですか!?」

「5thアルバムは3枚組!」

「えっ!3枚組ですか!?」

「うん、5thはバラード盤、ポップス盤、ロック盤でそれぞれ10曲ずつになる予定。ライブの構成はいま検討中だけど、大山さんが3日もあるならポップスのみ・ロックのみ・バラードのみで構成したらどうかっていっててね。そうすると曲数が足りないのよ。」

「収録はいつからですか?」

「5thアルバム用に曲自体は既にブラジリアさんから発注していて、実は最初に発注した10曲はほぼできあがっている。来週から今できているものを順次収録していって、その間に出来た曲をそのあと。12月いっぱいは収録になりそうね。一部1月にもかかるかも。」

「なんかすごいことになりそうですね!?やっぱり太田さんは噂通りなんじゃ……。」

「どんな噂よ?」

「太田さんは大魔王という噂が……。」

「ええっ!?それ、誰がいったの!?私は普通の人ですからね!?まったく……。まあ、いいわ。とにかく、来週から平日は収録がどんどん入るからがんばってね。」

「判りました、頑張ります!」


 思ったよりハードスケジュールになりそうだ!頑張るぞ!

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