第099話●百合のオーディション

「オーディション、ですか?」


 俺は思わず聴いてしまった。


「えっ、でも、スカウトってオーディションやらないですよね?」


 未亜が続く。


「うん、本当は美愛のいうとおり。」

「それでは、なぜ……。」

「おそらく私が高倉さんのことを推薦してあげるのが一番。でもね、私も情報が何もないところでこの人はいいですっていえないから。それで美愛のオーディション風景をビデオで見せてもらったなって思い出したの。だから今回も高倉さんのオーディション風景を見られれば、何か感じることが出来るかもしれないと思ってね。」

「ランも今日はこのあと自主レッスンだけだっていうからちょうど空いていたレッスンルームここに来たのはいいんだけど。」

「演技は一人だと一人芝居になるから掛け合いが見られなくて、正しく評価できない。でも私が相手になったら私がその様子を見られない。」

「なるほど、それで私に電話が来たんですね。」

「そうなの。突然ごめんね。」

「……未亜さん、お兄ちゃん、私ね、一度夢を見てしまったからここで諦めることだけはしたくない。だからどこまで出来るか判らないけど、やってみようって。それで、もし鶴本さんから才能がないっていわれたら諦められるって思ったの。」

「百合ちゃん……。判った。じゃあ、私も一緒に手伝う!」

「美愛ならそういってくれると思ったわ。」

「なるほど、それで早緑さんにレッスンウェアで、と。」


 すべての状況が判った。俺は本来部外者だから出て行くべきなんだろうけど、百合の兄として、この場を見届けなければならない。


「太田さん、私も見届けさせてもらっていいでしょうか。百合の兄として、百合の決意を見たいと思います。」

「うん、もちろん。出ていくといっても認めないつもりだったから。」


 そういうと太田さんはいい笑顔を向けてくれた。


 三人は準備を進める。その間に太田さんがオーディションについて教えてくれる。不定期に開催されている大崎のアイドルオーディションは、一次で書類審査、二次でマネージャクラスの面接、三次で歌唱審査・ダンス審査・演技審査と複数人での合同面接、三次まで通過すると最終面接となるそうだ。三次の歌唱審査・ダンス審査・演技審査は、それぞれ一日ずつ別日程を設定して、複数の事前課題と複数の当日課題をじっくりやるとのこと。今回はあくまでスカウトの一環としての模擬オーディションということで、歌唱審査・ダンス審査・演技審査の当日課題を一つずつに短縮するそうだ。


 まずは審査の前にストレッチ。未亜が感心しながら見ている。


「百合ちゃんって、養成所とか行ってないよね?ストレッチがちゃんとしているけど。」

「私、部活がダンス部で、ストリート系のダンスなんです。」

「なるほど、だからか。」


 百合は高校の部活と同じことをしているようだけど、それが感心されるっていうことは部活もかなりちゃんとした指導を受けているんだな。一通りストレッチが終わるとまずは歌唱テストから入る。


「そうね、百合さん、美愛の曲でなにか歌えるものはある?」

「未亜さんの曲はどれも好きで、カラオケですけど歌えます。」

「じゃあ、『アイマイ』を歌ってくれるかな。歌詞は見ていいから。オケはいま用意するわね。」


 そういうと太田さんは部屋の隅に置いてある通信カラオケ機を持ってきた。考えてみればレッスンルームは初めて入ったんだなあ……。


「へえ、カラオケの機械なんてあるんですね。」

「そうか、先生はレッスンルームなんて普段来ないもんね。歌唱レッスンは大崎スタジオ&アカデミーの先生が来てピアノを弾きながらやることの方が多いんだけど、空き時間の自主レッスンとかだと先生を呼ぶわけにも行かないから大手2社の通信カラオケも用意してあるのよ。これさえあれば権利関係はクリアだからね。」


 太田さんはそう説明しながらテキパキと準備を進める。


「準備が出来たらいつでもいいわよ。」

「はい!」


 百合の歌声は久しぶりに聞くけど、かなり上手いな……。しかも素人の俺でも判るくらい気持ちが入っている。鶴本さんは表情変えず、未亜はびっくりした顔をしている。


「ありがとうございました。」

「……高倉さん。『ときめきの小夜曲セレナーデ』は歌える?」

「あっ、はい、鶴本さんの曲も大好きでよく歌います!」

「そう、じゃあ、ちょっと歌ってみてくれるかな?」

「判りました。」


 太田さんは会話の途中で既に機械を操作して、鶴本さんのデビュー曲を呼び出していた。この曲も百合はかなり歌いこなしているみたいだ。鶴本さん、今度は目をつぶって聞いているな。未亜はさらに驚愕した顔になった。


「うん、ありがとう。判ったわ。」

「ご清聴ありがとうございました!」

「じゃあ次は演技ね。まずはこの台本を読んでくれるかな。Aを百合さん、Bを美愛ね。美愛はこの台本でのレッスンを何度もやっているからちょうどいいと思う。」

「そうですね。AもBもやってます。」

「じゃあ、5分後にはじめるから。百合さんは一人で読み込んでね。」


 百合が真剣な顔をして、台本を読み込んでいる。台本自体は4ページくらいのようだ。5分経ち、演技テストが始まる。普段レッスンをしている美愛の方が声の出し方も気持ちの込め方も圧倒的に上手かったが、百合も素人にしてはすごかった。百合にこんな才能あったのか……。


「はい、演技はここまで。じゃあ最後はダンスね。カラオケに入ってそうな曲で普段踊っているものとかある?」

「そうしたらソレル・ミィリアズの『Lucky』はありますか?」

「えーと、ちょっとまってね……ええ、あるわね。準備が出来たら流すわね。」


 百合のダンスはキレキレだった。さすが普段、部活で踊っているだけあるな……。


「はぁ……はぁ……ありがとう……ございました……。」

「うん、こちらこそ、ありがとう。」

「……。」


 鶴本さんが静かにたたずんでいる。何かを考えているのか、とても複雑な顔をしているのが判る。どうしたんだろうと思っていたら鶴本さんの口が開いた。


「……率直な感想をいっていいかな。」

「……はい!」

「私、百合にはデビューして欲しくない。」


 突然の発言に俺は固まった。百合も未亜も固まっている。太田さんも……いや、太田さんはなぜか笑顔だ。そうしているうちに百合がちょっと涙目になってきた。太田さんがそれに気がついて慌ててフォローに入る。


「あっ!ちょっと、ラン!それ、百合さんに誤解されてるわよ!?」

「えっ?……あっ、そうか!そうですね。あの、百合がデビューしたら私のライバルになる、トップアイドルではいられなくなるかもしれないって思ったら、つい……。ごめんね。」


 鶴本さんが百合の呼び方をいつの間にか呼び捨てにしている。もしかして鶴本さんの中で、百合はもう身内になったのか。


「……えっ、それって……。」

「百合さん、おめでとう。鶴本ランはあなたのことを将来のライバル候補と認めたわ。」

「えっえっ……。」


 百合はさっきとは真逆の感情で大号泣してしまった。未亜が駆け寄って抱きしめている。良かったな、百合。あとは親の説得だけだよ。

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