第102話●ついに結論が出る

「失礼します。」

「えっ!?」


 そういうとうちの両親は固まった。入ってきたのはもちろん……。


「こんにちは。鶴本つるもとランと申します。」

「ランさん、今日はありがとうございます。」

「百合、この前はお疲れ様。」


 父さんが目を見開いて百合に尋ねる。


「えっ、百合、鶴本さんとお目にかかったのか?」

「実は、先日、こちらへ百合さんにお越しいただき、私どもが通常のオーディションで行っている歌唱・ダンス・演技の実技テストをさせていただきました。百合さんはスカウトなので本来は不要なのですが、ご懸念事項をできる限りクリアするために実施したものです。審査には鶴本も同席してもらいました。」

「えっ、あの鶴本さんがわざわざ百合のために!?」

「はい、太田の方から面白い逸材がいると聞きまして。ちょうど時間が空いていたので審査の様子を拝見しておりました。」


 太田さんは目的のためであれば徹底してリサーチを行って、準備をする。今回もそれが生きている。


「私から見ておりまして、正直、百合さんにはデビューして欲しくないと思いました。」


 未亜と俺も同席をしたあの日と同じことを鶴本さんは告げる。


「えっ!?それはどういう……。」


 父さんが驚愕した顔をして鶴本さんを見つめる。


「……百合さんがデビューされると私のトップアイドルとしての地位が危うくなりますので。」


 うちの両親は驚愕した顔のまま、固まってしまった。様子を見ていた未亜が会話をつなぐ。


「実は私がオーディションに合格したのも鶴本さんに見いだしてもらえたからなんです。鶴本さんは長年トップアイドルとして活躍されていることもあって、自分のライバルになりそうな存在にすぐ気がつく、そんな方です。そして、その鶴本さんをスカウトしてここまでにしたのは。」


 未亜はそこまで一気に話をするといったん溜めて、こう続けた。


「圭司さんと私のマネージャである太田さんです。」


 父さんが目をつぶり、天を仰ぐ。どう展開するのか、読めない空気が空間を支配しそうになった瞬間、鶴本さんが話し始める。


「……あの、百合さんのお父様は、私がチャープのCMへ出させていただいた際に製品のご説明をいただいた方かと思うのですが。」

「……えっ!は、はい、そのとおりですが……。」

「あの時、出演させていただいた一連のCMは、私の代表作の一つだと思っています。いろいろと気がつかない良い点を教えていただけたおかげで心から商品の良さをお薦め出来たのが良かったのでしょう。その節は大変お世話になりました。今回またこうしてご縁をいただけたこと、本当に嬉しく思います。」


 そういうと鶴本さんは素敵な笑顔を父さんへ向けた。父さんは唖然とした表情をしていたが、次第に笑みを浮かべ、笑い出した。


「……ははははっ、いやはや、参りました……。メディアで見ない日はないくらいの活躍をはじめられた未亜さんに私もよく知っているトップタレントである鶴本さん、そんなすごいお二人から百合はここまで推していただけている。しかも鶴本さんには、百合ばかりか私までお褒めいただいて……。もはや、これ以上、反対など出来るものではありませんよ。その上で、二点だけお願いしたいことがあります。」

「はい、どんなことでしょう。」

「まず、第一点目は、先日圭司の身に起きたようなことがもし百合の身に起きた場合は、全力で対応をお願いします。我々にとって、芸能界は何も判らない世界ですから。」

「はい、それは責任を持って対応いたします。もちろん、それ以前にそうしたことが起きないようにすること、それが百合さんを私どもがお預かりする責任だと思ってあたります。」

「判りました。もう一点は百合にも関わるお願いになる。」

「えっ、わたし?」

「ここまでいわれてもなおその先が保証されないのが芸の世界だ。少しでもリスクを減らすために1月にある横宗大学への進学内部試験は絶対に合格すること。あれは合格率7割と聞いている。それに落ちるようでは芸能界で勝ち上がっていくための努力なんて出来ない。まずこれは飲めるか?」

「うん!頑張る!」

「太田さんには申し訳ないのですが、入学がちゃんと決まったあとは卒業出来るように配慮いただけますか。」

「はい、それはもちろん。早緑もご両親から卒業への配慮を条件として頂戴しておりまして、授業期間中は平日日中の仕事を断っています。」

「既に未亜さんという前例があるのでしたら安心ですね。理恵りえ、どう思う?」

「ええ、問題ないですよ。皆さんにここまでしてもらえる百合は幸せ者ね。」

「うん、百合は幸せ者だな。」

「お父さんお母さん……ありがとう……。」


 百合の目から涙がこぼれる。俺ももらい泣きしそうになっていたら太田さんが何やら書類を出してきた。


「ご了承いただけた、ということで早速なんですが、こちらの『レッスン生契約書』と『特待レッスン生特約』をご一読いただき、サインをちょうだい出来れば助かります。」

「いやあ、太田さんは抜け目ないですな!判りました、読んで問題なければサインしましょう。」


 父さんは、太田さんと質疑しながらじっくり読み込み、そしてサインをすると百合もサインをするように促しつつ書類を渡した。


「……こういう方だから圭司のことも救ってもらえたんでしょうな。」

「恐縮です。」


 父さんの本音は正しいと思う。本当に太田さんが担当で良かったと思った。


「じゃあ、これで完了ね。そうだ、百合さん、さっきの話し合いの時に出ていたように本名は使わずに活動を進めるから芸名を考えておいてね。本契約するときまでに考えてくれればいいから。」

「はい!判りました!これからよろしくお願いします!」


 百合のアイドルへの道が開かれた。

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