第101話○百合ちゃんはアイドルになれるのか

「本日はご足労いただき、本当にありがとうございます。」


 百合ちゃんがアイドルになれるかどうか、最後の山場がやってきた。


「いえいえ。大崎さんには初めて伺いましたが、すれ違う社員の方が皆さんしっかりと頭を下げてあいさつをされている。最近の企業ではなかなかないので、良い社風なのだろうと安心しました。」

「お褒めいただきありがとうございます。あいさつは基本中の基本なので、タレントも含めて、必ず教育するようにしております。」

「それは素晴らしい。」


 まずは最初の課題はクリアしたのかもしれない。


「私どもも先週は一週間掛けて、百合とじっくり話をしました。百合の意思はしっかりとしていて、リスクに関しても自分で調べたり、未亜さんに聞いたりして、しっかりと把握をしておりました。そこまで考えての決断であるならば、親としてもできる限り、かなえてあげたいと思っています。ただ、やはり親としては、懸念事項がクリア出来ないとすんなりとOKするわけにはいかない。でも御社からの回答はどれもはっきりしていて、親としての懸念を払拭できるものでした。ですから今日は最後に残った課題を一つずつクリアしていければ、と思います。」


 かなり詰めているのはさすが太田さん。最後も太田さんの腕の見せ所なのかも。


「ではまず、学校の方から。百合が通う横宗女学院高校に確認したところ、在学中のデビューは校則違反となるということでした。ただ、レッスンを受けているだけであれば、単なる習い事になるので、問題ないという話です。ですから契約そのものが現状ですと結べないのですが、この点はいかがでしょう。」


 この課題は百合ちゃんが私に相談をしてきた最初に確認してもらっていたことだ。これはクリアのはず。


「はい、まず前提として、私どもはいきなりプロとしてデビューさせるということをしておりません。最近はほとんど素人同然の状態でデビューさせることを売りにした芸能事務所やアイドルグループなどもありますが、大崎エージェンシーとしては芸能人としての基礎をしっかり整えた上でデビューさせることを貫いています。ですから最初は歌唱・演技・ダンスおよび芸能人として必要なビジネスマナーや日常生活の振る舞い、確定申告を含めた社会的義務のレクチャーといったレッスンから入ります。養成所などを経由せずに何のレッスンも受けていない状態で入った場合、どんなに短い人でも最低半年はかかります。そこにいる早緑の場合は約一年かかりました。これは本人の才能とは関係なく、あくまで人前で芸能人として振る舞うという点に慣れるための期間です。ここまでは問題ないでしょうか?」

「なるほど、大丈夫です。」

「ありがとうございます。その上で、デビューまでのレッスン期間について、弊社では、基本は『仮所属契約』として、正式に契約するまでの確認期間としています。本所属へ至る保証はできないもののレッスン料も取らないという契約になります。ただ、この契約は例えばバックダンサーであるとか、そうした「仕事」が生じ、報酬も出る契約となるので、学校側がおっしゃる『習い事』とはならなくなってしまいます。そこで、今回のような事例に対応するため、もう一つの制度としてレッスンのみを受ける契約、『レッスン生契約』を用意しています。こちらは原則としてレッスン料を頂戴して歌唱やダンスなどのレッスンを行う、ということになります。また、仕事の斡旋はありません。これですと書道や華道の習い事と同じようなスタイルとなるため、問題は回避できると考えています。なお、レッスン料の件ですが、百合さんについては私がスカウトをしておりますので、レッスンを無償で受けていただける『特待レッスン生特約』の対象となります。こちらではいかがでしょうか。」

「はい、それなら学校側の問題もクリアでしょう。」


 よし、OKね。良かった……。


「次はプライバシーの問題です。芸能人はあまりプライベートはないとはいえ、最低でも高校のうちはその辺をきちんとしてあげたいと思います。この辺はいかがでしょう。」

「今回、百合さんに所属していただいた場合、レッスン生となりますので、これは今いらしていただいているこちらの本社ではなく、弊社のグループ会社である『大崎スタジオ&アカデミー』が近隣のビルで運営しているスクールへ通っていただきます。スクールは、各種学校として、生涯教育を行っています。俳優や声優、歌手を目指している人だけでなく、趣味の演劇を楽しみたいお年寄り、プレゼンのために表現力を磨きたい会社員、就職活動でハキハキと話せるようになりたい学生など、いろいろな目的で様々な世代の方が一般生として通われているので、レッスン生のうちはまず芸能人としてみられることはないと思います。」


 太田さんの説明はよどみなく、はっきりとしている。こういう場面を数多くこなしているだろうことがよくわかる。


「また、弊社サイトへの掲載は本所属契約をしているタレントのみとなるので、レッスン生契約はもとより仮所属契約でも掲載はありません。さらに本所属契約への移行時には早緑がそうであるように弊社では芸名の使用を広く認めております。本所属契約時であっても本名がいきなり開示されることはありません。」

「なるほど、様々な配慮があるのですね。判りました。そうすると学校の授業や部活なども問題なさそうですね。」

「はい、レッスンは毎日ではありません。また、スクールの一般生は決められた曜日などで通っていただきますが、レッスン生は一般生よりも通っていただく日数が多いので、学校の状況などに応じてフレキシブルに対応しています。その点もレッスン生契約に明示しています。」


 ここまでは順調に来ている感じ……。


「なるほど、ここまではすべてクリアですね。では最後です。百合がアイドルとして成功することが出来るのか、それを知りたい。」

「その点については確実な保証はやはり出来ません。ただ、百合さんの才能を見いだしたのは私だけではない、ということを証明する人を呼んでいます。」


 ついにこのときが来た。太田さんがメッセージを送っている。少しして、会議室の扉を叩く音がした。その人が来たようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る