第020話○少しずつ文字が増えていく

 インタビューの掲載から1週間が経った。


 早緑美愛の曲が各チャートを独占した、と聞いてはいるものの私自身はそのすごさを体感できずにいる。それくらい身体で感じる変化はまだそれほどでもない。

 ただ、これまできれいなままだった手帳に少しずつ文字が増えていくさまを見ていると、これからの変化に対するふんわりした予感だけはしてくる。


 木曜日なので2限までで大学の授業は終わり。今日もライブに向けたレッスンがあるので、アニメ化プロジェクトの打ち合わせに行く圭司とは別行動でいったん事務所へ向かう。11階のマネージャールームに顔を出すと最近ずっと疲れ切った顔をしている太田さんが座っていた。


「おはようございます。」

「ああ、美愛、おはよう……。もう、今日も朝から問い合わせや依頼がすごかったわよ……。昼過ぎてようやく一段落したけど、今週はこれ以上仕事したくないわ……。」

「あはは……。でもこんなに反響があるなんて思いませんでした。」

「あらそう?私はこれくらいの反響は予想していたけどね。」


 太田さんは自信満々の顔をする。


「そうなんですか?」

「KAKUKAWAの気合いの入り方はすごかったしね。先生の知名度も考えればこれくらいは十分あり得たわよ。」


 やっぱり圭司の知名度って考えていたよりもはるかにすごいんだなあ……。私はまだまだおんぶに抱っこ。ちゃんと横に並び立てるのかなあ。友達の反応もファンの反応も雨東先生がメインだったし……。


「……そういえばその後、ファンから批判の声って、かなり出ています?」

「それは安心して。批判の声はあまりなかったから。もちろんゼロではないけれど。私も批判の声がたくさん出るのを覚悟していたけどね。ファンクラブも退会はほとんどなくてむしろ入会の方が多い。」

「そうなんですね、良かった……。」

「事務所としては、正直、ファンクラブの人数もライブの動員も最悪半減しても仕方がないという覚悟はあったのよ。」

「えっ、そこまで考えて公表することにしたんですか?」

「もちろん。私個人としては、あなたたちが真剣に交際していることが判ったから、それを大事にしたかったの。変な形でスクープされてしまうと二人の関係がこじれてしまう可能性もあったからね。」

「そこまで考えて下さっていたんですね。」

「まあ、事務所としては、真剣に交際しているならきちんと世の中に公表して、その上で活動を進めた方が、あなたのファンが一時的に減少したとしても十分挽回出来るっていう打算もあって、そして割とその通りになった。」


 太田さんはそういうとパソコンを操作して笑顔で私を見つめる。


「この1週間を範囲として、Twinsterの反響をまとめた統計データがさっき届いたんだけど、これを見て。」

「この数字とグラフですか?」

「そう、それ。それはいままで早緑美愛のファン層として弱かった10代20代の女性と推定されるアカウントの反響だけを抜き出したデータよ。」

「すごい、肯定評価が圧倒的ですね。」

「交際を公開するかどうかの検討をしていたときに雨東先生のファン層についてのリサーチもしたけど、先生の作品は、中学生から20代がメイン読者層だった。しかも女性の読者が結構多いんだけど、先生に対する疑似恋愛的なファンではなく、純粋に作品に惚れ込んでいるファンが大多数を占めているのね。」

「確かにサイン会は女性が多かったです。」

「でしょ。だからその辺の世代に上手く二人の良好な関係性をアピールしたアプローチができれば、作品への高評価がそのまま美愛への評価にもつながるんじゃないかという打算もあって、インタビュー掲載後はそうした方向性の仕事を入れていく営業をする予定だったの。そうしたら、二人のインタビューが『二人で一緒に前に進んでいきたい』というメッセージを感じられる内容にまとめられていてね。」

「確かにすごい前向きな内容にまとめてくれてましたね。」

「あれはとても大きかった。今の時代、特に20代の女性は『共感』がとても大事なの。いままさに交際していたり、交際したいと考えている20代の女性にとって、そのメッセージは『共感』を持って受け入れられた、ということね。」

「……そうなんですね。」

「良くも悪くもソーシャルの時代だから。そうした時代にあわせて戦略を考えてタレントを売っていくのも私たちの仕事よ。」

「太田さん、いつも本当にありがとうございます。」

「いえいえ、こちらこそ。じゃあ、レッスンの前にライブの打ち合わせ、しちゃいましょ。」


 反響に関しては本当に安心できた。このままいい方向に進めていきたいなあ。

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