第074話○秋と変化と活動方針

 まさかというか、やっぱりというか。太田さんという人はすごすぎて言葉が出なくなる。

 そして、儘田さんって、実力のある音楽家なんだなあ。そんな人に曲を書いてもらっていて、しかもプロとしてのデビュー作品が私の曲とか本当にありがたいし、嬉しい。最初にお目にかかったきっかけは余りいい理由ではなかったけど、今後はそんなことを忘れるくらいの交流をしたい!そしてこんなにも尊敬できる素敵な女性とどんどん親しくなっていきたい!


「そうそう、雨東先生、儘田ままだ先生に関しては、基本的に儘田さんとか儘田先生って呼んでね。」

「それは?」

「本名をどうしてもオープンに使いたくなくて。」


 儘田さんはそういうととても悲しそうな苦しそうな顔をした。


「高校の時も最初は適当なハンドルで、途中からは儘田ままだ海夢みゆという名前で通していたの。あのときのことは一応解決はしたけど、まだ心の中に不安が残っていてね。いまはまだ……。」

「判りました。私もその辺は気をつけます。昔からの顔見知りみたいな対応も避けますね。あらためて儘田さん、よろしくお願いします。」

「はい、雨東さん!」


 本当はプライベートではファーストネームで呼び合いたいけど、いまはまだ難しいよね……。よし、私も気持ちを伝えよう!


「儘田さん!どんなことがあっても私は儘田さんのことを尊敬しているし、友達だと思っている。すぐに気持ちが変わることは難しいと思うけど、これからも仲良くしてね。」

「早緑さん、ありがとう、本当にありがとう……。いつかそのうち、お互い本名で呼び合いたいって、思っているから。いつになるか約束は出来ないけど……。」

「大丈夫、そう思ってもらえるだけで嬉しいからね。」


 圭司が真面目な顔をしてこちらを向いた。


「ふと思ったんだけど、他の人がいる前では俺たちも芸名で呼び合った方がいいような気がする。まだ何があるか判らないから……。呼び名を変えるのはいやかもしれ」


 私は思わず割り込んだ。


「うん、そうしよう。別に家と大学では普通に呼べるんだし、事務所とかライブ会場とかだけ変えるのは問題ないよ!」


 太田さんが重ねて話をしてくる。


「うん、そうしてもらえると助かる。雨東先生も大変だけどいろいろと配慮してくれてありがとうね。」

「いえ、まだ完全に危険が去ったわけではないって改めて自戒するいい機会でした。じゃあ、よろしくね。」

「うん、!」

「あっ、先生じゃないのか!?ちょっとドキドキしちゃったよ……。」


 儘田さんは私たちのやりとりをニコニコしてみている。


「すごい久しぶりに遠出をしたけど、本当に来て良かったです。これからもよろしくお願いします。」

「こちらこそ!」


 そこまで話をすると「そろそろ飛行機の時間だから」と儘田さんは帰って行った。私は太田さんと今後の活動方針についてこのまま打ち合わせ。圭司は16階のタレント休憩スペースで原稿を進めるとのこと。


「美愛の下期しもきの活動について話す前に伝えておくと雨東先生の件は、あなたの活動はもちろん先生の活動にも悪い影響はなし。昨日もいったようにいろいろ流れている話はほとんど信用されていない。それなのにあなたがイベントを辞退することになったり、先生の連載に中傷コメントがついたりで、むしろ、同情が集まっていて世の中の評価は上がっているから安心してね。」

「……私もそうですけどそれ以上に雨東さんに悪い影響がなかったのは良かったです……。」

「まあ、完全に被害者だからね。それで、次は、はい、これ。」


 太田さんが封筒からストラップの付いたカードを4つ出してきた。


「これは?」

「左から日本公共放送、ジャパンテレビ、みずほテレビの入構証。」

「テレビ局のパスですか!?」

「そうよ。このところ、かなりの頻度で通っているでしょ?あなたのいまの訪問ペースだと入構証を出してもらえるの。」

「私、そこまで来たんですね……。」

「CBSとテレビ有明、テレビ首都は届き次第渡すわね。あとこれは文明放送の入構証。」

「文明放送ってそんなに私出てましたっけ?」

「これから出るのよ。」

「えっ?」

「ラジオ局はプロ野球が終わるとゴールデンタイムに野球中継の枠がなくなるからそこに春までの番組を入れるのは知ってるわよね?」

「はい……。あっ、それってもしかして……。」

「うん、10月末から3月末まで毎週金曜日21時15分から15分のレギュラー番組が決まった。あなたにとって初めての冠番組よ、おめでとう。」


 私は感動のあまり何も言えなくなってしまった。しかも文明放送のその枠って……。


「ちなみに知っているかもしれないけど、野球オフシーズンの月金に生放送をしているこの帯枠は『若手女優の登竜門』って呼ばれている。アイドルであるあなたが入るのは前例がほとんどない快挙。それも放送局側から直々のオファーだからね。」


 あ、まずい涙が。太田さんがそっとハンカチを出してくれる。


「……頑張ります。」


 私はそれだけいうので精一杯だった。そして太田さんはしばらくそのまま見守ってくれていた。


「それでね、申し訳ないんだけど、ライブの回数はぐっと減らすことにした。」

「えっ。」

「もちろん完全になくすわけではないわ。あなたの知名度や活動の幅を考えると狭いライブハウスを使って数をこなすことでファン数を拡大したり、経験値を溜めたりする段階はもう過ぎたから。」

「1万人の会場があっという間に売り切れですもんね……。」

「そうなの。3月に話していたとおり、年末から春にかけて全国の細かい都市を回るライブハウスツアーを想定して、実は各地にある100人から500人キャパくらいの会場押さえたり、諸々の手配をしたりで既に近藤さんも動いていたのだけどね。」

「確かにそういう話でしたね。」

「今のあなたがそれくらいの規模の箱でライブするとチケットの争奪戦だけじゃなくて、事前物販に人が押し寄せるのも想定できるし、確実に混乱を招くからキャンセル費用が出ても見送りやむなし、ね。」


 その話は楽しみだったけど、まあ仕方ないよね。


「代わりといってはなんだけど、4thアルバム発売のイベントはちょっと覚悟しておいてね。」

「えっ!なにがあるんですか!?」

「サイン会ツアー。」

「ええっ!?サイン会のツアーですか!?」

「といっても基本は東京周辺なんだけどね。発売日は12月1日に決まったんだけど、当日から10日までびっしりサイン会が詰まってる。4日と5日は土日だから大阪と名古屋へ行ってそれぞれ3か所。合計14か所ね。実はラジオの話よりも先にこっちが日程決まってしまっていたから、大阪へ前日夜に入らないといけない関係で12月3日分だけは収録で放送することになってる。」

「初めてですね、そんなサイン会にたくさん行くの。一番多かった3rdでも3店舗しかなかったのに。」

「ブラジリアさんの気合いの入り方もすごいんだけど、各店舗からの要望もすごかったんだって。古宇田こうださんも断るの大変だったみたいよ。ちなみに大阪では夜に地元のラジオ局にもゲスト出演の予定で調整中。」

「ほえー……。」

「ちょっと気を抜かないでよ。まだあるんだから。」

「えっ!?まだあるんですか!?」

「12月11日にはオンラインショップ購入者向けに昼夜二回公演のシークレットライブ。場所は伊予國屋ホール。」

「それってもしかして……。」

「美愛もだいぶ勘が鋭くなったわね。西脇取締役から直々に伊予國屋書店ウェブストア向けにも特典を出せないかっていう依頼が横浜公演の直後にブラジリアさんへ来たんだって。まあ、そこから頼まれるとね。かわりに伊予國屋ホールを丸一日押さえてもらうことと一応ほかのオンラインショップも対象にするということで、ね。」


 お父さん……。あとでRINEして突っ込まないと……。あっ、そうだ。シークレットライブって招待席もらえるのかな?


「その、シークレットライブって招待席もらえるんですか?雨東さんにも見て欲しいなあ、って。」

「いつも通り、4枚出すわよ。でも先生はその4枚とは別枠で用意するから安心してね。あと今回は生演奏じゃなくて、オケを使うから、それは気をつけてね。」

「わかりました!それにしても父が私のことでねじ込んでくるなんて初めてですよ……。」

「あなたの現状を考えると判らなくもないけどね。」


 ちょっと自分の立ち位置が判らなくなる状況に驚いている。


「なんかすごいですね……。」

「雨東先生との交際宣言以降、本当に潮目が変わったのよ。」

「雨東さんの知名度に完全に乗ってしまった感じですけどね……。」

「うーん、半分あたっているけど、半分間違っているかな。」

「そうですか?」

「ええ。だってあれだけで人気が確実に上がるのであればみんな人気のある人と交際して宣言するわよ。確かにきっかけにはなったけど、そこから人気がちゃんと定着したのはあなたの実力。そこは誤解しないでね。」

「……はい!わかりました!」

「それで、今度のライブは、5千から1万のアリーナクラスを予定している。当初の予定になかったから会場の空きを交渉していて、まだちょっと時期は調整中だけど、2Daysにするつもり。だからライブの回数は減るけど動員数は桁違いに増える。」

「それも面白いですね!」

「でしょ?でね、大きな会場にしてライブの数を減らした分は、いまの延長で、番組やイベント、配信に出てもらう。」

「なるほど。」

「早緑美愛という人は歌だけではないということを広めるいいチャンスだからね。この前のコントみたいにその中に演技の機会があればちゃんと入れていくから。」

「ありがとうございます!」

「だから下期は演技レッスンを新たに追加する。来年に向けた準備ね。」

「えっ、それって……。」

「来年はドラマ出演とそのドラマの主題歌を取りに行くつもり。」

「本当ですか!」

「もちろん、いきなり主役は無理だから、まずはドラマに出たっていう実績から作る感じかな。そのためには今年度の後半が本当に重要だからね。特にNKHの仕事が増えて、いろいろと大変だと思うけど、そこは頑張ってほしい。」

「はい!頑張ります!」


 もう、楽しみなことばかりだ!


「実はあともう一つあるの。」

「えっ!」

「実はライブツアーの前から仕込んでいたんだけどね。クリスマスディナーショーが決まった。」

「えっ!ディナーショーですか!?」

「横浜公演に検討してくれているホテルを5つ招待していたんだけど、そのうち4つのホテルが手を挙げてくれたのよ。」

「……ありがたいですね。」

「ちなみに5つともホテル側からのオファーだからね。美愛はちゃんと成長できているの。安心してね。」

「……はい。」

「10月15日に生配信で正式に発表予定だから近くなったらまた打ち合わせしましょ。そろそろ時間ね。今日は上でレッスンだから雨東先生、呼んできてほしい。」

「判りました、呼んできますね。」


 本当に本当に嬉しい。一つ一つの努力が次の道をちゃんと作ってくれている。早緑美愛がようやく雨東晴西に並べた、そんな気がした。

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