第065話●想定外の事態※胸糞注意

 マツノキ出版での一件の翌日、7日は特に何かをするわけでもなくただ一日を過ごした。世の中の動きも見たくなかったので完全に何もかもをシャットアウトする。太田さんも察してくれたのか何も連絡はなかった。


 さらに翌日の8日、昼過ぎから事務所で打ち合わせをする未亜にあわせて起床して、なにげなくテレビのニュースを見ると今回の件が大きな騒ぎになっていることが判った。


 7日15時過ぎに伊予國屋書店、KAKUKAWA、大崎エージェンシーの三社共同でマツノキ出版に対する抗議文がリリースされ、夜にはそれぞれの取締役の出席する共同会見が開かれていた。

 会見では、俺に対して脅迫を用いた強引な引き抜きがあったという事実がつまびらかにされている。

 その上で、伊予國屋書店はマツノキ出版が刊行する全書籍の取扱停止と一斉返本、KAKUKAWAは電子書籍取次などの契約解除をそれぞれ宣言した。また、同時に大崎エージェンシーは所属タレントに対して脅迫を行ったとしてマツノキ出版および松埜井三次について刑事告訴を行うと発表している。

 一方、マツノキ出版は、松埜井家が100%株主のオーナー会社で上場していない。今回はオーナー社長の息子が事件の主犯ということもあり、広報部門は沈黙するしかないようで、ホームページには反論すら載っていない。


 そして会見から2日後、9日木曜日の昼下がり、今度は松埜井三次とその取り巻き4人が違法薬物を隠し持っていた容疑で現行犯逮捕されるという衝撃的なニュースが一斉に報道された。


 大崎エージェンシーからの刑事告訴を受けた家宅捜索が9日朝から実施された結果、松埜井や取り巻きたちの自宅、そしてなんとマツノキ出版にある松埜井や取り巻きたちのロッカーでも覚醒剤やコカインなどの違法薬物が押収され、しかもマツノキ出版の社内で現行犯逮捕された。

 ニュース番組ではもちろんトップニュースで報道されており、警察官に前後両脇を固められた5人がマツノキ出版の社屋から出てくる映像を俺も未亜も呆然と見ていることしか出来なかった。


 報道ベースの話になるが、刑事告訴から家宅捜査までが2日という異例の早さで実施されたのは、もともと警察が松埜井たちのことを麻薬取締法違反などの各種違法薬物がらみで狙っていたかららしく、違法薬物の所持は現行犯で逮捕できるので、別件捜査になることは前提で捜査差押許可状を取って強制捜査に踏み切ったとのこと。また、同じく報道によると松埜井は連んでいた4人と高校の頃から所謂危険ドラッグに手を染めていたそうだ。もしかしたら、あのときの不可解な性的衝動は、最初に飲まされたオレンジジュースに何らかの危険ドラッグが混ぜられていたせいだったのかもしれない……。

 奴らは松埜井学園大学へ進学したあと、覚醒剤やコカインなどの闇取引にまで手を広げたと伝えられている。しかも最近では、違法薬物の取引を5人のインターン先であるマツノキ出版の応接室で堂々と実施していたという驚きの話まで報道されていた。


 さらに奴らは大学でも高校の時の延長のようなことをしていたらしい。その脅しなどに使用していたと思われる画像や映像、音声ファイルの中には奴らの高校時代に撮られた被害者の映像も多数残されていて、長年にわたって脅され続けていたそうだ。あそこで逃げなければ甘巻さんも俺もいまでも奴らの慰み者にされていたのだろう。


 泣き寝入りさせられ続けてきた被害者による共同訴訟のため、連絡会が結成されるということで記者会見も開かれていた。会長は、名前をみる限り、あの悪夢のカラオケで俺に声を掛けてきた山無のようだ。あいつはあのあとも長年虐げられていたのかと同情する。正体がばれたくない俺はそれには参加しないつもりだが、奴らは民事でも追い込まれるしかないらしい。松埜井家は江戸時代から続く千葉の地方財閥でかなりの財産があるがこの一件ですべてを失うのではないだろうか。


 どうやっても通用するはずのない脅迫を平然とやる、自分の親の会社で違法な薬物の取引を行う、自分が脅迫したという証拠をすぐに判るような形で残しておく、など、すべて、子どもの頃から親の七光りが通用する狭い世界で好き勝手やっていたのが、社会に出てもそのまま続けられると思い込んだ末路なんだろう。そんな子どもにしてしまった親の責任も大きいだろうからすべての財産が無くなるのも自業自得だといえるのかもしれない。


 もちろん、大本の事件の舞台であった松埜井学園は、報道を受けて大炎上。保護者や生徒学生からの反発も激しく、転校の希望が相次いでいる。中高のほぼ全校生徒のみならず、松埜井学園大学に通う学生も転学を希望するような状況になっていて、急遽教育委員会が事態収拾のための検討会を設置するための準備を始めたほか、あまりにもひどい惨状に文部科学省も対応策の検討に入ったという報道も行われている。


 脅迫と薬物による逮捕というダブルコンボにその薬物がマツノキ出版社内からも見つかり、そして会社から連れ出される映像が実況中継されるという状況を受けて、伊予國屋書店以外の様子見をしていた書店チェーンも続々とマツノキ出版の書籍取扱の見合わせと返本を行うという発表を行った。また、大手書籍取次である日本書籍取次やトートリ、Yakuten Books Agencyは書店側のこうした動きを受けて、マツノキ出版の配本を停止、書店側より届いたものから順次マツノキ出版へ返本するとの発表をした。











 しかし、話はこれでは終わらなかった。











 三社の会見が行われた翌日の8日からワイドショーを中心とした芸能マスコミで、雨東は中学三年の頃に奴隷のような生活をしていた、性行為を強制されたなど、俺が受けた被害の詳細が報道されてしまったのだ。しかも9日の午後には俺自身が受けていない被害の状況や俺が加害者に同調してほかの人に同じようなことをしただとか全く身に覚えのない話まで多数盛り込まれて、どんどん報道が流れていくようになってしまった。ゴシップネタは下世話な人々の関心を呼びやすく、ワイドショーなどでは俺が脅迫されたことよりも身に覚えのないでっち上げられた内容の方が大きな話題となってしまう。しかもそうしたでっち上げを元にして俺のことを叩く評論家やコメンテーターまで出る始末。想定外の事態に何が起きているのか理解ができなかった。


 この辺のセンシティブな話は、記者会見はもちろん警察発表でもぼやかされていたらしいので、そうなると一番最初に流れた事実関係を知っているのは、松埜井たち5人、甘巻さん、うちの両親と甘巻さんの両親、双方の弁護士、大崎とKAKUKAWAの一部関係者しかいない。自分の親にすら疑心暗鬼になる中、同じように不審に思った太田さんが、大崎のコネクションで調べてくれ、松埜井の取り巻きたちが謝礼金ほしさのあまり、逮捕される前に週刊スクープという雑誌へ次々と情報を売り、この雑誌が根も葉もないことを勝手に付け足して、書きまくっているのが原因だと教えてくれた。

 原因がわかったところで俺としてはなにもなすすべがなく、ただただ、日々流れていく嘘に塗れた下世話な芸能報道とそれによる俺への批判を見ていることしかできない。俺の身に起きた真実をすべて把握している太田さんと白子さんの二人は、本件に関する取材を完全にシャットアウトしてくれているもののせっかく問題が解決しそうだったところにこんなことが起きてしまい、怒りや悲しさを通り越して、気分が落ち込んでいくばかりだ。


 さらに三社の会見以降、雨東の交際相手である早緑美愛は、「混乱を避けるため」人前に出るイベントをすべて辞退することになってしまった。俺としては未亜とイベントを楽しみにしていたファンに対して申し訳なさで一杯になる……。


 余りにもひどい状況にとても何かを書ける精神状況ではないため、9日の夜に太田さんへ連絡をして、現状の仕事はすべてキャンセルをお願いした。違約金が生じるのであれば、それはこれまで貯めてきた貯金から支払うことも伝えてある。

 また、太田さんにお願いして、大崎から小説投稿サイトへ申し入れを行って、投稿した小説のコメント欄をすべて投稿不可・全件非表示にしてもらった。冷やかしや中傷コメントを見ながら自分で作業するのはとても無理だった……。


 報道による二次被害が広がっている現状を憂慮した太田さんの手配で、10日金曜日の午前には、大崎の法務部が公式サイト上に「弊社所属タレントへのフェイク記事、誹謗中傷記事、過度の憶測記事等について」というニュースリリースを出してくれた。そのおかげか、週刊スクープ以外は一気にフェードアウトしてはいる。だけど、一度流れてしまった情報は、たとえ大部分が嘘であったとしても一切の訂正がないままである現状ではそのすべてが真実として人々の記憶に残りかねない。それが精神的にかなりつらい。


 奴らは行き着くところまで勝手に突き進んで壊滅した。壊滅はしたが、輪を掛けてひどくなってしまった事態に太田さんへ連絡してからは気力がなくなり、会話をするのもおっくうになってきている。何をして一日を過ごしたのかも定かではない。このまま暗闇の中へ飲み込まれてしまいそうだ……。


 ――――――――――――――――


【作者より】


 今回の内容は、判例を参考に各種法的見解などを考慮しながら慎重に記載したものですが、あくまでフィクションであり、弁護士などによる法的なアドバイスの代わりになるものではありません。個別の事例に関しては必ず弁護士等へ相談していただくようにお願いいたします。

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