第064話●破滅への一本道

 思い出したくもない再会から3日後、指定された15時に再びマツノキ出版へやってきた。


「本日、松埜井まつのい三次さんじ様とお約束を頂戴している雨東と申しますが。」

「少々お待ちください。……はい、承っております。こちらを下げていただき、応接室Aへお入りください。」


 指定された部屋に入って、待っていると少ししてやつが入ってくる。


「これはこれは雨東さん、わざわざお越しいただきありがとうございます。」

「心にもないくせに。」

「いやいや、これから末永くお付き合いいただくんですからね。こちらもそれ相応の対応をさせていただきますよ。……それで、もちろん受けるんだよな?」

「今日はちゃんと回答を用意してここに来ている。だからもう一回、マツノキ出版としての要求事項を話してほしい。この前は五月雨に話をされたから誤解があるといけない。」

「ふっ、相変わらず頭が悪いな。……いいだろう、おまえでも判るようにもう一回説明してやる。まず、雨東晴西とマツノキ出版の専属契約だ。KAKUKAWAとの契約はもちろんお前ごときとタレント契約なんかしてるようなバカな芸能事務所も全部切ってもらう。当然おまえには拒否権はない。拒否したらおまえが甘巻と性行してる映像をうちの雑誌を使ってばらまいてやる。そうなればおまえの名誉は一気に地に落ちるな。」

「契約内容を確認したんだがいまの時点で一方的な解約をすると違約金が発生するぞ。」

「そんなのおまえが払えよ。こっちに負担させるな。表向きはあくまでおまえの一存でマツノキ出版と専属契約するんだ。そこを間違えるな。」

「そんな不義理をした奴と専属契約したらマツノキ出版の評判は悪くならないか?」


 松埜井がテーブルを大きく叩く。


「そんなことこっちは知らねーよ!おまえが悪評が立たないように上手く処理しろよ!」

「……なるほど、それから?」

「おまえが付き合ってる早緑美愛を明日にでも家に連れてこい。」

「どうしておまえの家に連れて行くんだ。」

「俺の愛人にして朝から晩まで丁寧にかわいがってやるよ。ちょっとした仕掛けもあるからな。一日もあれば早緑美愛は俺の性奴隷だよ。そうだな、おまえはタコ部屋にでも送ってその売れるだけのくだらねー小説を死ぬまで寝ずに書かせてやるよ。嬉しいだろ?」

「俺がいまここでそれを断ったら?」

「そのときはさっきと同じだ。俺の持っている中学時代のおまえが甘巻と性行してる映像をすべて放出してやるよ。著名作家の一大スキャンダルに世の中は大喜びで食いつくぞ。あと、おまえの身に何が起きても知らないぞ。いまいるのは俺の会社だ。おまえのことはどうとでも出来るんだぞ?」

「その映像は松埜井三次に命令されて無理矢理性行為をさせられた様子が撮られたもので俺の意思で撮られたものではないけどな。」


 松埜井はテーブルを思い切り何度も叩く。木製のテーブルは見事に破壊された。


「てめー!さっきからくだらねーツッコミ入れてんじゃねえ!おい!ふざけてんじゃねーぞ!んなこと見た奴らには判るわけないだろうが!バカかお前は!確かに俺がおまえに命令してやらせたけどよ!俺が命令してやらせたどうかなんて、映像だけ見てるだけじゃわかんねーんだよ!残っている映像はおまえが同級生とやったって言う証拠になるだけだ!俺たちで映像を編集してあるからな!それともなにか!中学の時みたいに俺の命令で!俺の前で!また女とやるか?相手は早緑美愛でも面白いかもな!」


 やっぱりこいつは頭が悪い。このやりとりは破滅への一本道だ。


「……だそうですよ、どうします?」


 松埜井が部屋に入った時点から扉の向こうに映り続けている二つの人影に向けて、俺はこう声を掛ける。


「ん?なにいってんだおま……。」


 応接室の入り口が開く。二つの人影が中へ入ってくる。


「松埜井さん、すべて聞かせていただきましたよ。」

「誰だ、おまえたちは!」

「私は大崎エージェンシーの太田と申します。こちらは伊予國屋書店いよくにやしょてん取締役の西脇さんです。」

「西脇さん!?」


 俺は隣の椅子へ移動する。陽介さんは青筋を立てながらも笑顔を崩さずに俺が座っていた松埜井の前の椅子に座る。


「三次くん、久しぶりだね。」

「お、お久しぶりです。」

「前にあったときはまだ中学生だったけどもう大学生でインターンをしているとはずいぶんと立派になったものだ。」

「あ、えーと……。」


 陽介さん、何度か自宅を訪問したことがあるといっていたけど、こいつとも面識があったのか。


「ところで、三次くん、君はいま雨東先生に対して何を話していたのかな?」

「いえ、えー、今度こちらで出していただくですね、書籍に関する交渉をですね。」

「そうは聞こえなかったけど、まあいいでしょう。あと、早緑美愛さんを何にするとおっしゃっていましたかね?」

「早緑美愛さんを我々の宣伝大使に使えたらなあ、という話を……。」


 陽介さんは笑顔から一気に怒り顔にチェンジした。


「ふざけるな!太田さん、先ほどの話を再生してください。」

「はい、わかりました。」


 太田さんが松埜井の発言を再生する。松埜井がどんどん青ざめていく。


「えっえっ、なんですかそれ?」

「三次くん、これでも判らないのか?」

「私はそんな話はしていないような……。」

「松埜井、往生際が悪いぞ。これを見ろ。」


 胸ポケットに入れていたスマホを取り出し、Seeoomが会議中になっている画面を見せる。画面にはインカメで撮られている松埜井の姿がはっきりと映っている。


「このWeb会議には伊予國屋書店とKAKUKAWA、大崎エージェンシーの法務担当者と弁護士も入ってリアルタイムに中継、録画されているんだよ。」

「な、あ、えっ。」

「三次くん、いい加減にしなさい。」

「へっ?」

「我々は外で君が脅迫しているのをほぼ最初から聞いていたんだよ。雨東先生のマネージャである太田さんはともかく、私は古くからの知り合いである君のお父様、つまり社長に許可を取って、三次くんが雨東先生に脅迫をもって専属作家となることを要求したという話が事実であるかを確認しに来ている第三者だ。Web会議の録画データとリアルタイムに中継を見ているうちの弁護士、現地にいる第三者である私、これだけの証拠と証人が存在する状況で、これでもまだ言い逃れが出来ると思うのか?」

「ええっ!?」


 応接室の扉を開けて一人飛び込んできた。いきなり土下座をしたこの人は一体?


「西脇さん、受付から連絡があり飛んできました。詳細はわかりませんが、愚息が飛んだご迷惑をおかけしたようで、本当に申し訳ございませんでした。何卒何卒……。」

「えっ、親父!?」

「おまえも何をしてるんだ!早く頭を下げろ!」

「いえ、松埜井社長、もうけっこうですよ。あなたとは古い付き合いなので、昨日の夜、電話で『御社の雨東先生を担当される方へ確認したいことがあるので明日訪問させていただきます』とご説明して了解いただいた際に老婆心ながら『あなたの会社でまずい事態が起きていますよ』と警告させていただいたわけですが、結果は何も変わらずこの状況ざまだ。私もだいぶなめられたものです。」

「それは……。」

「私は、違法な脅迫行為をして作家を引き抜くなどという反社会的行為をオーナー社長の子息が率先して実行する御社の書籍取扱を完全に打ち切る方向で社内の調整を行うつもりです。もちろん社内調整の上で、日本書籍取次とトートリにも打ち切りをの上、させていただきます。そして、あなたとの付き合いはこれでおしまいです。」

「伊予國屋書店さんだけでなく、弊社の法務部も雨東先生と弊社との契約にかかる雨東先生への脅迫行為を用いた解約要請に対して、後ほど御社へのお申し入れ、並びに弊社顧問弁護士が雨東先生の代理人として警察へ刑事告訴させていただきます。KAKUKAWAさんの法務部も御社へ申し入れされるかと思いますので、ご対応ください。」

「雨東先生、こんな所に長居は無用です。一刻も早く帰るとしましょう。太田さんもよろしいですね。」

「はい、私どもも本件に関する事務処理がありますので。」


 応接室には唖然とした表情のまま動くことの出来ないバカ親子が二人残された。きっとこれですべて片がつくんだろう。


 ――――――――――――――――


【作者より】


 今回の内容は、判例を参考に各種法的見解などを考慮しながら慎重に記載したものですが、あくまでフィクションであり、弁護士などによる法的なアドバイスの代わりになるものではありません。個別の事例に関しては必ず弁護士等へ相談していただくようにお願いいたします。なお、西脇取締役は、娘である未亜が圭司と交際している関係から自分が実際には純粋な第三者ではないことを承知した上で、それを知らない三次に対してあえてこのように話していることは付記しておきます。

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