第062話●まとわりつく過去※胸糞注意

 あれは中学三年の一学期のこと。当時通っていた中学、松埜井学園大学附属中学校は、千葉の新興住宅街に校舎を構える中高大の一貫教育を売りにしている学校だった。学校の近くに住んでいた俺は大学まで一貫教育という点に魅力を感じて、中学受験をして、この学校に入学したのだ。


 その日は中間試験の最終日で、山無やまなしというやつから打ち上げと称してカラオケへ行こうと声を掛けられた。山無とはほとんど関わりはなかったが、同じクラスメイトだし、これまでもカラオケの打ち上げには何度も同席していたので特に違和感は感じなかった。結局、山無から声を掛けられた男2人女3人に山無を加えた6人でカラオケへ行くことになった。


 カラオケへ向かう道すがら、山無が「このあと高校の先輩が合流する。」と言い出した。いま思えば中学生のカラオケに高校生が来るという時点で既におかしいことなのだが、当時の俺にはそんな考えはなかった。


 カラオケはなぜかステージのある大きなパーティスペースが押さえられていた。俺たちは何を歌うのか決めて、歌い始めていると5人の高校三年生が部屋に入ってきた。そして、カラオケを強制的に止めさせ、歌っていた友人からいきなりマイクを奪ってこう告げた。


「お前らよく集まった。お前らは俺が選んでやった俺の奴隷だ。光栄に思え。いうことをきかないやつは徹底的に追い込むからな。」


 その場にいた全員が固まった。いままで関わりのなかった人からいきなりそんなことを言われても何をいっているのか判らないからだ。


「おい、山無。」


 カラオケを提案した山無がステージに呼び出された。


「脱げ。」

「えっ、あの……。」

「お前いつもやってんだろ?早くしろよ。」


 山無が突然服を脱ぎはじめると女性陣が悲鳴を上げる。


「うるせえな、黙ってろ!」


 まだ名前もわからない高校生が大声で威圧してくる。みんな黙って項垂れるしかなかった。


 山無が泣きながら服を脱ぎ終わるとその高校生はこう命令する。


「しこれ。」


 山無は泣きながら自慰をはじめる。


「お前、全然勃ってないな。おい、そこの女、お前らも脱げよ。あと男どもも全員だ。」


 もちろん全員が拒否をした。特に女性陣は激しく抵抗を試みるが高校生五人の圧力と制服を破るという脅しの前ではなすすべもない。俺たちも含めて全員裸にさせられる。そのあと山無が絶頂に達すると卑猥な笑みを浮かべながらそいつは絶望的な宣言をした。


「俺の名前は松埜井だ。お前らの裸は撮らせてもらった。逃げればこれを学校中にばらまく。親父は松埜井学園の理事長だからな。先生に話をしても無駄だぞ。今日はこの辺にしといてやるが、今後はせいぜい俺たちを楽しませてくれよ?」


 そこからは地獄が始まった。ほかにも同じような境遇の人たちがいて、呼び出されるとだいたいよく知らない人たちと一緒だった。数日に一度、間隔が短いときは毎日、放課後に呼び出されると使いぱしりは序の口で、松埜井たちの憂さ晴らしと称して殴られたり蹴られたりすることもあった。奴らは巧妙で顔や手のような目立つところは傷つけない。女性たちは裸にされて鑑賞されたり、たまに手や口を使って松埜井たちの性的な欲求解消までさせられることもあったようだが、一線を越えさせられた人はその時点ではいなかった。


 地獄のような学校生活が続き、そのまま夏休みに入った。相変わらず呼び出される日々が続き、夏休みが半分くらい過ぎたところで俺は松埜井から朝早くに松埜井の自宅へ来るように命令される。既に心理的に絡め取られている状況で逃げることは考えられず、重い足取りで松埜井の自宅を訪問する。玄関から部屋に入ると同じように呼びだされた女性――悪夢のカラオケにも参加していた甘巻あままき紗和さわがいた。


「二人ともよく来たな。よし、お前らまずはいつも通り脱げ。」


 抵抗する気力もなくなっていた俺たちはいうことに従って服を脱ぐ。


「今日はおまえらには日頃の感謝を込めて、楽しんでもらおうと思っているんだ。だからまずはこれを飲んでリラックスしろよ。」


 いつもは絶対に出さないコップに入ったオレンジジュースを甘巻さんと俺に渡してきた。何があるか判らないので正直飲みたくなかったが、飲まないと暴行を加えられることは確実なので、仕方なく飲んだ。甘巻さんも同じように考えたのかジュースを飲み干した。オレンジジュースにしてはなんか苦みがあった。


「よし飲んだな。じゃあ、あらためて今日はお前らに喜んでもらえるいい話があるんだ。」


 そう前置きをした松埜井は衝撃的なことを言い出した。


「今日、高倉は童貞、甘巻は処女を卒業させてやる。嬉しいだろ?俺たちが丁寧に指導してやるから楽しめよ。」


 甘巻さんは判るくらい顔が真っ青になった。俺は思わず声を出してしまった。


「えっ、そんな、甘巻さんの大切なものを……。」

「ごちゃごちゃうるせえなあ!黙ってろ!」


 松埜井が俺のことを押し倒して馬乗りになる。それを見た甘巻さんは自分で自分のことを抱きしめながら大きく震えている。


 押し倒されたあと、抵抗をするものの俺は両手両足を完全に押さえつけられ、仰向けに寝かされる。なんか身体がだんだん熱くなってきて、意識がもうろうとしてくるがそんなことよりも抵抗する方が先だ。なおも激しく抵抗していると突然頭を殴られた。それほど強く殴られてはいないはずなのに体の痛覚が何倍にもなった感じがして、かなりの痛みがある。あまりにも痛く、体全体が敏感になっていく。さらに性的な興奮が増していくその違和感とで意識が半ば飛んでしまう。もうろうとする意識の中、甘巻さんが「痛い!痛い!」と号泣しながら叫んでいる声が聞こえてきた……気がついたときには甘巻さんが俺の上に乗っていた……。


「無事に卒業式と開通式が終わったな!高倉は卒業おめでとう!甘巻は開通おめでとう!涙を流して喜んでもらえて良かったよ!」


 松埜井たちが卑猥な笑みを浮かべて手を叩いて大喜びしている。それが刺さったままの状態で甘巻さんは完全に俺の上に追い被さって動けなくなっている。強制的に起こされた甘巻さんと俺は、気持ちとは裏腹になぜか二人とも性的衝動は果てることなく、五人の前で性行為をなんども強制される。衝動が落ち着き、その地獄から解放されたのは夕方だった。


 奴の家から放り出されるように外へ出て、大通りまでやってくると甘巻さんは泣きながら「もういや!死んだ方がマシ!」と繰り返しはじめた。いまにも車道へ飛び出そうになる甘巻さんを抱き留め、こんな事で甘巻さんが死ななければならないのはおかしい、親にすべてを告白しよう、と説得する。

 なんとか同意してくれた甘巻さんに妊娠の危険性とたまたまこの前図書館で読んだ新聞にその話が載っていたアフターピルの説明をする。

 甘巻さんもその危険性を思い出したようで、悲しい顔になった。「親にはいいたくない!死ぬしかない!」とまた車道へ飛び出しそうになるのを必死に押さえながらこんな話を親にはいいたくないかもしれないけど、生きていれば絶対にいいことがあるとさらに説得をして、甘巻さんをなんとか自宅まで送り届ける。そのあと、俺も家に帰り、親へ今日までのすべてを告白する。

 もちろん親は激怒した。甘巻さんの親も同様で、甘巻さんはすぐに婦人科へ連れて行かれ、アフターピルを処方された。アフターピルでもダメなことがあるとその新聞には書いてあったので甘巻さんの身体を心配していたのだけど、最新型なるものが処方された効力もあったのか、幸いなことに妊娠はしなかった、と甘巻さんからRINEが来たので少しほっとした。もちろん、甘巻さんも俺もあいつらのRINEアカウントはすべてブロックして番号は着信拒否に入れた。

 それと並行して、うちの親は甘巻さんの両親と連絡を取り合い両家で打ち合わせをした上で、弁護士を立てて学校に対して問題の改善要求と松埜井たちの保護者との話し合いを要求した。


 それに対して松埜井の親と学校側が共同で立ててきた弁護士は「こちらが止めるようにいっているのに性行為をはじめたのはそちらである。監視カメラで撮影された証拠の映像も残っている。こちらを訴えるのであれば反訴する。また事実に基づかない要求を続けるのであれば退学処分も辞さない。」というとんでもない返答をしてきた。俺たちはそもそもそんなビデオが撮られていること自体知らなかったんだが、実際に両家の両親と弁護士でその映像を確認したところ、行為の途中でいわされたセリフをつないだ巧妙な編集がなされていて、甘巻さんと俺が自分の意思で行為に及んだかのような内容になっていたそうだ。


 警察への刑事告訴も検討した両家の両親は弁護士から「松埜井家は江戸時代から続く名家で地元の名士、強制されたという証拠がなく、逆にこういう映像が作られてしまっている現状では告訴をしてもまともな捜査がなされるか判らない。下手をすると変な情報がリークされて、報道による二次被害も懸念される」という説明を受けた。


 もはやこの状況ではどうにもならないということを理解した両親は、いまの学校へ通えない場所への引っ越しによる公立中学への形式的な転校、そして急ではあるけど高校受験を薦めてきた。俺としては現状が変えられるのであれば何倍もマシであると考え、両親の提案に賛成した。


 そして、夏休み中に家族総出で千葉から横浜へ引っ越した。吉祥寺にある横宗女学院という私立女子校に通っていて、事態を何も知らない百合が、家が広くなったと無邪気に喜んでいたのにはつかの間の安らぎを憶えた。


 その後、親が転校の手続きをしたが、中途半端な時期、しかも私立から公立への転校という状況を懸念した両親の考えで、あえて地元中学には通わずに在宅のまま、家庭教師の指導を受けることとなった。かなり優秀な家庭教師だったおかげで、高校から欠員補充として若干名の募集をしている内申書が不要な男子校へ入学することが出来た。


 何も対処が取れないという絶望の中で過去を捨てるためにスマホを機種変更して番号も変えてRINEのアカウントを取り直したあとでうっかり甘巻さんへ連絡を忘れたことを思い出す。古いスマホに残っていた連絡先から甘巻さんへSMSを送ったものの届かず、どうやら同じように甘巻さんもスマホの番号を変えてRINEアカウントを取り直したようで連絡が全く取れなくなってしまった。そのせいで甘巻さんがその後どうなったかは残念ながら判らない。


 俺の身には未だにまとわりつく過去がある。

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