第056話○横浜公演当日です!

【作者より】


 ライブ当日の朝からの流れ、そして早緑美愛の楽曲と世界観について紹介したく、1万文字以上あります。


 ――――――――――――――――


 今日はツアーの最終日。いよいよ始まる千秋楽!朝から本当にワクワクしている。


 私のバラード曲は、間奏などをゆったり取っていて、1曲あたり6分とか7分とかのものが多い。ゲネプロで大山さんと近藤さんでの協議が行われて、MCの時間も多めに取ることにした結果、今日は当初の東京公演と比べて1時間延びることになった。終演時間の告知はしておらず、さらに近藤さんによると会場の撤収自体は万が一伸びてもいいように元々21時スタートで組まれていて、1時間の延長なら問題ないそうだ。3時間の公演はソロライブとしては初めての経験。体力が切れないように頑張らないと。


 朝7時半に目が覚めるとシャワーを浴びて、着替えてしまう。ほかの会場もそうだったけど、楽屋入りの段階から特典映像の撮影があるので、服装も含めて、今の時点でウイッグ以外はさみあんモードにしてある。関係者入り口のところでウイッグを付けて中に入ることになっている。


 8時頃、頼んでいたモーニングのルームサービスが来たので、圭司と一緒に食べて、9時頃、部屋を出る。


 これまでの公演で圭司は開演時間ギリギリに来ていた。でも、今日は、買い出しとか、私の手伝いをしてくれるということで一緒に会場入りしてくれることになった。きっと圭司のことだからこれまでで一番忙しい状況にある私のためにいろいろと支えようとしてくれているんだと思う。本当にありがたいし、嬉しい。

 圭司と楽しく話をしながら会場へ到着する。それだけで緊張もほぐれるというもの。


「おはようございます!よろしくおねがいします!」


 圭司と一緒に関係者通用口で警備の方にあいさつをしてバックステージパスを見せる。オーディションに合格したあとのレッスンでも繰り返し強調されたけど、やっぱりあいさつって大事だよね。


「早緑さん、雨東先生、すみません!バックステージ映像の収録があるので、ウイッグをつけて早緑さんだけで入ってきていただけますか。その間に雨東先生はいったんこちらへいらしていただいてお待ちいただければ。申し訳ないです!」


 そうだ!特典映像の収録があったんだ!わざわざさみあんモードで来ていたのにうっかりしていた!緊張がほぐれすぎたかもしれない。


「私の方こそ、うっかりしていて、ごめんなさい!いったん出てウイッグを付けてからもう一度入り直します!」

「おっと、ごめんなさい。俺はこっちで待ってるからね。」


 いったん外に出て、眼鏡と帽子を外して、バッグから取り出したウイッグを付けて、5つ数えて……。


「おはようございます!よろしくおねがいします!」

「早緑さん、おはようございます。いよいよ千秋楽ですが、一言お願いします。」

「はい、いよいよツアーラストだと寂しいですが、皆さんが楽しみにしてくれているかと思うとワクワクもします!なんか複雑な感じです!これをご覧の皆さんはもう終わったあとですけど、来ていただく皆様はもちろん、映像でご覧いただく方にも楽しんでいただけるように一日頑張ります!」


 そのあとも撮影スタッフさんが質問をしてくる。これまでの会場でもあった、こんな感じのやりとり。これが最後でしばらくないかと思うと少し寂しい。


「……はい、ありがとうございます。適当に撮影していきますので、雨東先生にお声がけして少しよけていただくこともあると思いますが、ご協力のほど、よろしくお願いします。」

「もちろんです。承知しました。」


 中に入ると圭司がものすごいきれいな楽屋に驚いている。私も昨日初めて入った時に驚いたから気持ちはよく判る。通路もおしゃれでまるで映画館の入り口みたいなんだよね。


 楽屋に入るとまずは本番用衣装とアンコールで着替える東京公演あらため横浜公演限定Tシャツが、着用するものと予備のものとで、2つずつ用意されていることを確認する。

 私の衣装はアイドル衣装ではあるけど、CDR80とか道玄坂19みたいなアイドルグループの衣装と違って、割とアーティスト寄りの衣装になっている。一番大きな違いはスカートではなく、ショートパンツスタイルやキュロットタイプ、ズボンタイプが多いこと。胸やおなかの締め付けもゆるめにしてもらっているので、おかげで動きやすくて歌いやすい衣装に仕上がっている。


「衣装は問題ないね。」

「了解。じゃあ、報告がてらちょっといってくるよ。」


 圭司は楽屋に荷物だけ置いて、関係者控え室へ向かった。太田さんと今日の流れを最終確認してくれている。

 私は、このかんに本番衣装を着用して、ストレッチで身体をほぐしてから、発声練習をして軽くのどを温める。


 コンコン

「未亜はいるよ。」

「いいよー!」

「おっ、早緑美愛だ!」

「うん!さみあんモードへチェンジしたよ!」

「決まっていていい感じだね!あっ、そうそう、リハの間は、予定通り、原稿書きながら楽屋で待機してるから、何かあったらスタッフさん経由で呼び出して。」


 圭司にもリハを見て欲しいなあ、と思うものの楽屋に圭司がいてくれると緊急で楽屋から何かを持ってきて欲しいときに一番安心してお願いできるので、楽屋での待機をお願いした。めったにないけど、例えばお財布とかね。


「りょーかい!よろしくね!」

「おう、まかせて。そこのモニタでリハを見せてもらうよ。」

「あっ、そうだね!あまり面白くないかもだけど。」

「いや、もしかしたら作品の参考になるかもしれない。」

「そか、うん!じゃあ、いってくる!」

「頑張って!」

「ありがとう!」


 楽屋を出ると袖でマイクを受け取り、上手かみてからステージに出る。いったんいまのステージ周辺の状況を見て、昨日と特に変更がないことを確認する。そしてマイクを通じて会場にいる皆さんへ話しかける。


「おはようございます!早緑美愛です!今日は一日皆さんよろしくお願いします!」


 ホール内にいるスタッフさんからまばらに「よろしくおねがいしますー。」みたいな返答が返ってくる。

 袖にいったん戻って、軽く発声練習をしていると10時になった。いよいよ最終の通しリハが始まる。今回はアリーナなので、モニタースピーカーではなくイヤモニにしている。だから返しの確認はいらないけど、音の強弱は綿密に確認しないといけない。昨日かなり細かく確認したので今日はそれで問題ないかをチェックしていく。あと、万が一に備えて用意している予備のイヤモニの最終確認も入る。とはいえ、曲をすべて歌うのではなく、ワンフレーズだったり、1番だったり、最終的な確認が出来て、喉に負担がかかりすぎない程度で歌う感じだ。

 あとは、私のライブでは、私やうた一夏いちかがけっこうステージ上を動くので、立ち位置や流れを見て、場ミリを剥がしたり追加したりしてもらうのも大事な最終リハでの作業。

 それと今回の横浜公演では舞台両脇と背景にスクリーンが追加されたので、最終リハではカメラワークの確認なんかも入ったのが新鮮だった。カメラ位置まで意識している余裕はなさそうだけど、撮れる範囲は聴いたので、アップのカメラで追い切れないような位置には行かないようにしよう。


 そんな感じの最終リハは14時くらいに終わり、あとは開場を待つだけになった。いったん楽屋に戻って、圭司と一緒に関係者控え室へ顔を出す。太田さんはいなかったので会場の中でいろいろな調整をしてくれているのだろう。


 私のライブでは関係者控え室のケータリングにホットミールが用意されている。メニューはパスタ・焼きそば・グラタン・サラダ・スープ・中華系のおかずと洋食系のおかずが何品かずつ、そしてライス。もちろん、ホットミール以外に定番の飲み物やお菓子、果物なんかもある。

 なぜか私が最初にチョイスしてから皆さんが取り分けることになっているので、戻ったらすぐに選んでしまう。私はだいたいパスタにグラタン、サラダ、スープという組み合わせ。縁起を担ぐとかそういうつもりはないんだけど、なんとなくいつも同じ感じになってしまう。

 ケータリングで大事なのは腹八分目。私は満腹になるまで食べてしまうと良いクオリティが出せなくなってしまうんだよね。

 今回はミールを選んでいるところと食べているところも撮られた!いままで撮られなかったのに!なんかちょっと恥ずかしいなあ……。

 圭司はそんな私を映像に映らないところから興味深そうに見ている。


「これは出演者以外も食べていいの?」

「うん、ほかのライブはどうだか知らないけど、私のライブはスタッフさんもみんな食べているから圭司は間違いなく大丈夫だよ。」

「じゃあ、遠慮なくもらうね。」

「美味しいから堪能してね。」

「おっ、雨東先生がケータリングを食べるのは初めてだね!」

うたさん、あんまり冷やかすと選びにくいですよ。」

「……なんか、照れますね。」


 バンドメンバーと圭司の交流を見ているとなんか安心する。バンドメンバーは、開演まではそれぞれ、自分の楽屋にこもったり、声出し部屋で瞑想したり、客席でぼんやりしたり、各々の精神集中方法で時を過ごす。楽屋で雑談をする感じではないのは、なんか職人気質だなあ、といつも感心してみている。


 ケータリングをゆっくり食べたあと、二人で楽屋へ戻ると15時を過ぎていた。手を拭いていたらアルコールタイプのウェットティッシュが切れてしまったので圭司にお使いを頼む。私がこの格好で外出たら大騒ぎになっちゃうからね……。


 コンコン

「ただいま。」

「あっ、圭司、買い出しありがとう!」

「さみあんとファンのためだからね。気にしないで。ざっと会場の外を見てきたけど、こんな感じ。」


 15時半くらいに買い出しから帰ってきた圭司が撮ってきた写真を見せてくれる。すごい行列だ!でもなんかみんな楽しそう。


「みんなすごい楽しみにしている感じだよ。」

「うん、これは頑張らないとだね!」


 そんな会話をしていたら開場の16時になった。楽屋で白湯を飲みながらモニタに映る場内の様子を見ているけど既にみんなコンサートライトを振って盛り上がっている。


「すごいねえ。」

「全力で楽しもうって感じだよな。俺も中野の時はそんな感じだったよ。……おっと、もうすぐ16時半になるか。関係者控え室で太田さんと少し話をしてから席へ行くね。頑張って!」

「うん、圭司も楽しんでね!」

「ありがとう!楽しませてもらうよ!」


 圭司が楽屋を出るとついに一人きりだ。お手洗いを済ませて楽屋へ戻ってくるといよいよ緊張感が高まってくる。でも、いやな感じではなく、むしろ奮い立つ感じ。なんかとてもリラックスできているのが判って、ライブのスタートが楽しみになってくる。


 コンコン

「早緑さん、上手かみてそでで待機をお願いします。」

「はい!」


 ライブスタッフが呼び出しに来た。時計を見ると16時45分すぎ。いままでのライブハウスみたいに楽屋がステージすぐ横というわけではないので、場内アナウンスの前にあらかじめステージへ移動する。


〈ブーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ


「本日は早緑美愛ライブツアー『First Impression』千秋楽、横浜公演へお越しいただきありがとうございます。まもなく開演いたします。ロビーにいらっしゃるお客様は会場内へお入りください。」


 時間は16時55分、ステージ脇まで着いたところで場内コールが聞こえる。みんなは下手しもてそでで待機、私は上手かみて側だ。音楽ホールだけあって、ここも開演のブザーが流せる。続けて注意案内と開演の陰ナレだ。軽くジャンプしたり、屈伸したり、腰をひねったり、そんな感じで軽くストレッチをしながら今日のそのときを待つ。


「場内のお客様にお願い申し上げます。ホール内は蓋の付いたペットボトルを除き、飲食物は持ち込み禁止となっております。

 ……携帯電話、スマートフォンなどお持ちのお客様は、電源をお切りになるかマナーモードに設定の上、鞄などの中へしまっていただくようにお願いいたします。

 ……本公演には撮影用のカメラが入っております。客席内を撮影することもございますので、あらかじめご了承のほど、お願い申し上げます。なお、お客様による録音・録画・写真撮影等は固くお断りさせていただきます。

 ……公演中、両手を左右に激しく振る、腕を振り回す、上半身を反らすなどの過激な応援行為が行われた場合には、ご退去いただくこともございます。

 ……本公演では、演出効果のため、避難口誘導灯を一時消灯いたします。非常の際は、点灯の上、係員が誘導いたしますので、指示があるまでお席にてお待ちください。

 ……それでは長らくお待たせいたしました。早緑美愛ライブツアー『First Impression』千秋楽、横浜公演、まもなく開演となります。」


〈ブーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ


 さあ、いよいよだ!30秒の開演ブザーが終わるとバンドメンバーが下手から入る。


 ♪~


「アイマイ」のイントロがスタートした。スタッフさんの合図で私もステージへ!


「みんな!早緑美愛だよ!今日は私のライブへようこそ!」


 広い!前日リハでも体感したけどファンのみんなが入るとさらに広く奥行きを感じる。そして歓声がすごい!右から左から正面から。歓声に包まれる感覚は初めてで嬉しくなってくる!


「アイマイ」の出だしは順調、でもなんか違う。違いに戸惑いながら2番に入る前の間奏でふと詩を見る。あっ、みんなの演奏がいつもよりパワーアップしているんだ!そうか、みんなもこの空間を楽しんでいるんだね!これは私も負けられない!

 2番に入ってギアをチェンジ、アクセルを全開にする。一夏いちかを見ながら歌うと驚きながらも満面の笑みを向けてくれる。


 楽しい!みんなも楽しいよね!


 Cメロの間奏でいつものように会場中を見渡す。関係者席は3階の正面スタンド席。遠いけど……あっ、圭司が見えた!服装を憶えていたのが勝因だね!


 2曲目はこれまでの3曲目「Magic Of The First Time」になる。北御門きたみかど道央みちおさんが作詞、樺嶋かばしま紳司しんじさんが作曲というデビュー曲「アイマイ」と同じ構成で作られたプログレッシヴロック。イントロで会場が少しざわめいた。きっとほかの会場にも来てくれた人だね。この曲はロックサウンドなので会場が一気にボルテージを上げたことが判る。2番まで歌いきった!今日はこの間奏でメンバー紹介だ!


「ギター、二瀬にのせうた!」


 今日も詩のギターは冴え渡る!


「ベース、舟守ふなもりアンティーク一夏いちか!」


 一夏のベースはクールに響いてくる!


「キーボード、果倫かりん!」


 いいね!指裁きがキレてるよ!果倫!


「ドラムスアンドマリンバ、時森ときもりいちほ!」


 いちほ!スティックがきれいに舞ってるね!


「そして、ボーカルは早緑さみどり美愛みあ!」


 詩がハモリ用のマイクで今日も私を紹介してくれる!


「今日はみんなで楽しもうね!」


 大歓声が上がる!このままCメロいこう!いいね!いいよ!2曲目も大盛り上がりだ!

 そして、3曲目は5曲目だった「私発あなた行き」を歌う。作詞を田靡たなびき虹花ななかさん、作曲を大木戸おおきど世津子せつこさんがそれぞれ手がけられたユーロポップで、私の名前を広めてくれた大事な曲だ。やっぱり知っている人が多いみたいで、会場の盛り上がりも一番!ここまでとても楽しく歌いきった!


「あらためまして、早緑美愛だよ!みんなー!今日は来てくれてありがとう!!!」

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

「今日は早緑美愛ライブツアーFirst Impression千秋楽東京公演あらため横浜公演へようこそー!初めての人も多いかな?美愛はいつもここで水を飲むの。みんなもちゃんと水飲んでね!」


 いつものように給水をしてMCをつづける。


「今日のオープニングナンバーは私のデビュー曲『アイマイ』、そして『Magic Of The First Time』と『私発あなた行き』でした。やっぱり知っている人も多かったみたいで盛り上がったね!」

「わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「ありがとう!実は、千秋楽がイプロプラスアリーナに変わることが決まったあと、みんなで会議をしたの。それで、いろいろと話し合いをして、せっかく広くて音のいい会場になったので、これまでの会場とはセトリを変えることになりました!だからほかの会場に来てくれたみんなもライブでは初めて聴く曲とかがけっこうあると思うんだ、みんなで楽しんでいきたいな。じゃ、次の曲いくね!」


 ここからはすべてバラード。しかも気持ちの入れ方が曲によって全く違う。まずは「First Impression」からはいる。トークの間に詩はアコースティックギター、一夏はアコースティックベースへ持ち替えている。いちほはドラムスの横にあるマリンバへ移動済。果倫がイントロを丁寧に弾き始める。大阪のことを思い出しながら気持ちを入れて歌いきる。

 そして、札幌で歌った「時計台の下で」、名古屋で歌った「広い道で向かい合う二人」、福岡で歌った「あなたがくれた人形」とツアー会場をテーマにした3曲を丁寧に、でも大胆に歌っていく。


 今回のライブツアーの各会場へ来てくれたみんなに感謝の思いを込めながら4曲を続けて歌った。よし、イメージ以上のいい感じだ!MCも気合い入れよう!


「ここまで、各会場だけで歌った4thアルバムの新曲を歌ったよ!」

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 ここのMCは少し長め。曲の流れや曲の感想、各ライブ会場の思い出なんかをMCしていく。

「時計台の下で」は中学を卒業するときに引っ越しで離ればなれになった二人がいっしょの大学へ進学して時計台の下で再会しようという約束をする甘酸っぱい恋愛ソング。レッスンでも胸がキュンキュンしてしまった。

 逆に大学への進学で別れることになってしまう二人を描いたのが「広い道で向かい合う二人」で、オーラスのCメロは名古屋名物の100m道路での再会が盛り上がる難しい曲だ。

 打って変わって、子どもの頃の大切な思い出を博多人形とともに振り返る「あなたがくれた人形」はとても幻想的な一曲。変拍子なのでリズムを取るのに悩まされた。

 そして、「First Impression」を含めたこの4曲は、曲調やタイプが全く違うバラードなのにすべて宇野原うのはら征利まさとしさんという方が作詞作曲されている。宇野原さんは、フォークソングの時代からシンガーソングライターとして長年活動されている方で、ご自身で歌う曲以外は鶴本ランさんにしか曲を書いていなかった。太田さんがずっと「いつかは早緑にも」と口説いてくれていて、今回、ブラジリアの古宇田こうださんがライブ会場連動の楽曲という企画を持ち込んだところ、ついに書いて下さることになったそうだ。

 そんな感じの話をトークしていった。もちろん、太田さんとか古宇田さんとかの名前は出さなかったけどね!


「こんな感じで4thアルバムもいい感じの曲がたくさん入っているから楽しみにしていてね!それで、いつもここのMCではいろいろなことをみんなに聴いているんだけど、今日はちょっと変わったことを聴こうと思うの。」


 前から聞いてみたかったんだよね!大山さんにも太田さんにも「いいね、それ」っていってもらったから、安心して聴いてみよう!


「該当する人だけ拍手をしてね!いくよ!男子だんしのみんなー!」


 ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち!!!!


「すごい拍手だね!行くよ!次は女子じょしのみんなー!」


 ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち!!


「すごーい!三分の一くらい女の子だ!女性のファンが増えてくれるってうれしい!今回、横浜公演限定グッズは、女の子でも普段使い出来るポーチとかサコッシュとかも並べてあるの。デザインは私も参加して、協賛メーカーの皆さんと頑張って考えました!普段使いしやすくて、でも知っている人が見たらお互いに早緑ファンだって判るような、そんなデザインに出来たと思う。終演後も1時間くらい物販やっているので良かったら見ていってね!」

「ポーチ買ったよー!」

「おおおおおおおおおおおお!」


 会場からファンの女の子が叫んでくれた!嬉しいハプニング!


「ありがとう!うれしい!それじゃあまだまだ楽しんでいってね!」


 ここからは、ライブで一回も披露したことのないバラード曲が5曲続く。

 実は1曲目から4曲目までは大佐古おおさこカズユキさんの作詞作曲による連作になっていて、「出会い」「片思い」「両思い」「すれ違い」という流れになっている。5曲目の「新たなはじまり」は2ndアルバム収録の曲で正確には連作ではないけど、同じ大佐古カズユキさんが作詞作曲してくれた曲で、すれ違っていた二人が改めて自分たちを見つめ直して再スタートを切るという曲なので5曲目として入っている。大山さんは特に情報もないのにそれに気がついたということなのでやはりすごいプロデューサなのだと思う。


 一曲目の「無花果いちじく林檎りんご」は緩やかなバラード。秋にそれぞれ恋人と別れた二人が冬に出会うというストーリーが無花果と林檎をモチーフに描かれている。

 二曲目の「あなたのそばで眠らせて」は両片思いになった二人がなかなか気持ちを打ち明けられずに寒い冬を過ごすというややアップテンポな曲。

 三曲目の「勿忘草わすれなぐさの咲く頃に」でいよいよ二人は両思いであることが判って付き合い始める。ミディアムバラードな曲調がそのストーリーを盛り上げている。春先に勿忘草の咲く瞬間を恋の成就になぞらえた素敵な曲で、この4曲の中で一番歌うのに苦戦した曲だけど、今日は順調に感情を込められた。

 そして、付き合い始めた二人は些細な誤解が原因ですれ違いを繰り返してしまう。「容赦なく降り注ぐ雨」は梅雨の長雨と二人の心模様を重ねた楽曲で一転してスローで重いバラードになっている。

 最後の「新たなはじまり」で二人は再び前を向いて歩き出す。前向きな明るいバラードでここをきれいに締められた。


「ライブ初披露の4曲『無花果と林檎』『あなたのそばで眠らせて』『勿忘草の咲く頃に』『容赦なく降り注ぐ雨』、そして『新たなはじまり』まで5曲続けてお届けしました!美愛はバラードってとても好きなんだけど、曲に込められた思いや心をちゃんと伝えられるようにレッスンを頑張っているよ。みんなにこの思いが伝わっているといいなあ。」

「わあぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 そんな感じで曲の感想やライブへの想いをMCしてからいよいよアンコール前のラスト。


「さてさて、横浜公演もあと少し。最後まで楽しんでいってね!」


 ここからは、大渡おおわたり恭正きょうせいさんが手がけて下さっている「渋谷バラード」3曲に4thアルバム収録の新しい「渋谷バラード」を加えて、神例かんれい有栖ありすさんが作って下さったカーテンコールで締める流れだ。

 最初の「神泉駅徒歩2分」は、通称裏渋谷通りといわれている細い通りを舞台にした男女のすれ違いを描いたミディアムテンポのバラード。

 次の「円山町の夜に」は、円山町にかつてあった焼酎バーにおける人間模様を歌っている。ジャズの要素も入っていて、初めて歌ったときは全く歯が立たなかったのも懐かしい。

 神泉から円山町まで来た流れで歌うのは「井の頭通りで雨に濡れて」。人通りの多い井の頭通りで一人傘もささずに彷徨うという楽曲は気持ちの揺れ動きを表現するのが本当に難しい。

 そして、いよいよ新曲の「宇田川町裏通り」だ。宇田川という川があった跡を道にした路地で繰り広げられる男女の友情を歌っている。こちらはポップス寄りのバラードでこれまでの渋谷バラードとは趣が異なっていて、これも感情を込めるのに苦労した。

 そして、最後は定番の「カーテンコール」で締める。舞台が終わって、また新しい舞台に向けて、観客へお礼をするというテーマの曲で、アンコール前のラストにぴったりな曲だ。


「今日はありがとうございました!早緑美愛でした!」


 メンバーは下手、私は上手へ手早く、下がる。アンコールの手拍子を聞きながら楽屋へ急ぎ、横浜公演限定Tシャツに着替える。汗を拭いて水分を取ってまたすぐに舞台袖へ戻る。告知映像がちょうど「ライブツアー全公演のブルーレイ発売決定」のシーンに入るところで、会場中の大歓声がすごい!チケットが買えなかった人も多かったよね。みんな本当にありがとう。


 告知映像が終わった。静寂の中、バンドメンバーがステージへ姿を見せるとまばらな拍手が起こる。定位置にバンドメンバーが付くやいなや、スタッフからのゴーサイン!

 私がステージへ入ったタイミングで、それを確認したいちほのスティックがカウントを刻み、そしてすかさずアンコール一曲目「ハートを捉まえて」のイントロが始まる!


「アンコールありがとう!残りも楽しもうね!」


 アイドルとファンのやりとりを歌詞に落とし込んでいる川宿田かわしゅくだ理衣りいさん作詞作曲の作品で、アンコールにはふさわしいなあ、と思いながらいつも歌っている。

 次の「神様が微笑む森」は「カーテンコール」の神例有栖さんによるもので、とても幻想的な一曲。アウトロの余韻がとても素敵なポップスだ。


「今日は本当にありがとう!『ハートを捉まえて』『神様が微笑む森』を聞いていただきました。いつもだとここでおしまいなんだけど、今日の本当のオーラスにこの曲を持ってきました。最後、これで締めるのは本当に緊張するけど、聴いて下さい。『主役』。」


 いつもはバラードゾーンの最後に歌っている大事な一曲をライブツアーの最後に届ける。この曲は人生に絶望していた人が、自分も人生の主役なんだと教えてくれる人の存在によって立ち直り、教えてくれた人へ自分にとってあなたが大切な存在であることを告げる、という、儘田ままだ海夢みゆさんが作って下さった素敵な曲。いつも泣きそうになりながら歌っている。今日も涙が出そうになったけど、最後まで歌いきった。会場中が泣いているのがよく判る。


 いつもだとみんなであいさつをするけど、今日は演奏が順番に終わるアレンジとなっているので、演奏が終わったメンバーから一人ずつ下手袖へ下がり、最後は私だけが残る。

 最後に残った私は、詩が下手袖に下がったのを横目で確認してから深く静かにゆっくりとお辞儀をして手を振りながらステージをあとにする。


 袖にある時計を見ると20時ちょうど、時間通りに終わらせられた、とほっとしながら袖で一息ついた。そして、そのまま楽屋に帰ろうとするとスタッフから止められる。


「早緑さん、すみません、オールスタンディング状態で拍手が全く鳴り止む気配がないので、近藤こんどうさんから早緑さんをそのまま袖に残して欲しいという指示が来ています。もしかしたら再度ステージに出ていただいて一言あいさつという可能性があるのでお待ちください。」


 本当だ!全然拍手が鳴り止まない。袖のモニタを見ると会場全体がスタンディングオベーションだ!


「近藤さんからもう一度全員そろって、曲なしで一言あいさつだけする、という指示が出ました。バンドメンバーに先に入ってもらいます。合図したら出てください。」

「わかりました!」


 袖で見ているとバンドメンバーが戸惑ったような嬉しそうな顔をしながらステージへ出てきた。拍手がさらに大きくなる。


「早緑さん、お願いします。」


 真ん中の空いているところを目指して、ステージを進む。拍手とともに大きな歓声も上がる。0番にたどり着くと拍手も歓声もすっと収まり会場全体が静かになる。メンバー全員で手をつなぎ、見渡して頷く。あいさつはもちろんマイクなしの肉声だ。


「せーの」

「「「「「本日はご来場ありがとうございました!」」」」」

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