第055話●横浜公演に向けて
横浜公演に向けて未亜のスケジュールは極めて過密になっている。
テレビのバラエティ番組やラジオ・配信番組のゲスト、雑誌の取材、公演のレッスンと朝から晩まで仕事が入っている。ライブが終わると大学の秋学期が始まるまで半月となることもあって、一気に仕事をセーブすることになるので、太田さんはここぞとばかりに入れられるだけ入れている感じがする。本人の気力が保たれているのと先が見えているので無理を来すことはないとは思っているけど、いまが一番危ないタイミングだと思う。
精神的なところのフォローだけでなく、疲れをできるだけ残さないようなケアも重要だと思ったので、食事のメニューも疲労回復に役立ちそうなものを選ぶようにしている。
ラノベとかアニメではここで主人公が体調を崩してしまって、ライブの延期みたいなストーリーがパターンとしてよくあるが、実際の現場を見ていると延期なんて難しいくらいの人とお金が動いていることが判る。それでももし現実となったら延期という判断をしなければならないわけで、イベントを仕切る人はいつも胃が痛いのだろうと感じる。
「どんな塩梅?」
「かなりいい感じだった!大山さんから褒められた。」
「それはすごいな!」
週半ばの水曜日に行われた横浜公演のゲネプロもかなりいい感じになった様子で何より。
いままでは開演時間ぎりぎりに会場入りしていたけど、早緑美愛のファンのためにも未亜が万全の体調でライブへ臨めるように一番近くにいるファンとして、当日は朝から付き添って、サポートをすべきかもしれない。
そんなこんなでもう木曜日になった。
横浜公演は家から十分日帰りできる範囲にあるが、太田さんの意向で前日の夜から横浜に宿を取っている。ただ、前日は朝から最終確認、午後は前日リハと予定が詰まっていることもあり、できるだけ睡眠をしっかり取った方が良い、という判断で、札幌や福岡の時と同じく、前々日から三泊四日でホテルを押さえてもらっている。追加の差額分についてはもちろんこちらの負担。
今回は会場の近くにある横浜みなとみらいホテル東鉄が押さえられている。今日も先にホテルへチェックインして、未亜を迎えに行く。今日は渋谷の
今日は21時上がり予定だったはずが押しに押しててっぺんこえそうだという連絡を休憩中の未亜からもらっていたのでほとんど終電に近い電車で渋谷へ向かう。渋谷駅から歩いてNKH放送センターの西玄関を出たところで未亜を待つ。ゲートをくぐる未亜の姿が見えた。
「お待たせ。」
「うん、じゃあいこう。」
ここもだいたいいつもタクシーが待機している。放送局の車だまりで待機しているタクシーはタクシーチケットが使えるタクシーばかりだということもこの1か月で憶えた知識。
「本当にいつもありがとうね。」
「いやいや、好きでやっていることだから気にしないで。」
「感謝の気持ちは忘れたくないからさ。」
「そか。」
タクシーは山手通りを南へ向かって走る。
「そうそう、コントって初めてやったんだけど面白いね!」
「コントだと台本憶えるの大変だったんじゃないか?」
「セリフはあまりなかったから憶えるのはそうでもなかったんだけど、コントって演劇だから演技をするのがけっこう大変だった。」
「まだ慣れないもんな。」
「いままで歌がメインだったからねー。でも将来は目指せ女優だからね。」
「女優の第一歩はどうだった?」
「やっぱり演技って楽しい!」
そんな話をしていたら車は既に第三京浜に入っていた。高速優先で、と伝えていたので、渋滞していた
「こうやって、タクシーで圭司と話をするのも楽しいね。」
「家にいるのとは違う空間だからな。」
「私、どこかへ移動するのってけっこう好きかもしれない。会話も弾むよね。」
「落ち着いたらどこかへ旅行もしたいな。」
「うん!」
横浜を縦断したタクシーはもうすぐ横浜の都心部へさしかかる。
「そういえば百合ちゃん、楽しんでくれるかな?」
今回のライブ、百合が友達と参加することになっている。
会場がライブハウスからアリーナになったことで、コンサートアリーナならライブへ行っても問題ないという両親の判断となり、百合はこっそり横浜公演の追加発売に申し込もうとしたらしい。ところが、10分で売り切れるという状況で入手することが出来ず、百合は未亜に「いけないけど頑張って」とRINEしたそうだ。未亜はそれを見て「関係者席は出せないけど普通の席なら私の分の招待席が余っているからあげるよ!」と連絡して、百合は無事に友達と一緒に早緑美愛のライブを見られることになったのだ。百合に「友達にはなんて説明したの?」と聴いたら「お兄ちゃんの大学の同級生にチケットを余らせてしまった人がいて、その人から回してもらうことが出来たって本当のこと伝えたよ」とのこと。確かに間違ってはいないんだけど、我が妹はそういう所が上手いというかなんというか……。
「このために買った応援グッズ持っていくっていってたぞ。友達の分まで含めて4枚のアリーナ席とか本当にありがとう。」
「ううん、もともと私は4枚、バンドメンバーは2枚ずつ招待席もらっているからね。高校の時は友達には教えてなくて、両親は忙しくてライブにはなかなか来られないんで、毎回余らせていたから有効活用できて本当に嬉しいよ。」
「そか、それなら良かった。」
「うん!」
タクシーは横浜みなとみらいホテル東鉄の正面車寄せにゆっくりと入っていく。車を降りてそのままチェックインしている部屋へと向かう。もう時間は25時を回りそうだ。
「もう遅いから先にシャワー浴びて寝ちゃうといいよ。」
「うん、そうさせてもらうねー。いつも優先してくれてありがとうね。本当に助かっている。」
「気にしなくていいんだよ。ファンのために全力で行こう。」
「うん!」
未亜がシャワーに入って、入れ替わりで俺が出てくると未亜はもうぐっすりだった。本当にお疲れ様。あと少しだよ。ここまでやったんだ、絶対に大丈夫。
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