第051話●名古屋公演のあと

「そういえば今日の帰りはみそかつ弁当買って帰るの?」


 チェックアウトの時に未亜はそんな問いかけをしてきた。


「もちろん。あっ、エッセイもう読んだのか。」

「うん、今回は見る時間があってね。」


 いつもは帰ってから読むことが多いのでちょっと意外だった。未亜と並んで名古屋駅の中に入る。その駅弁は桜通口から駅舎に入ってすぐ右側で売っている。今回もちゃんと並んでいたので未亜の分も購入して、新幹線改札口へ向かう。


「私の分までありがとう!」

「期待されちゃうとなあ、やっぱり買うしかないよね。」

「えへへー!うれしいなあ!」


 ホームへ上がると一本前のひかりがちょうど出るところだった。


「相変わらず圭司はナイスタイミングだね。」

「一応計算して動いているからな。」

「ほんと、さすがだよねー。」


 新幹線が動き出すと早速駅弁を楽しむ。ここの駅弁は何度食べても本当に美味しい。未亜にも気に入ってもらえたようで、あっという間に食べ終わっていた。

 食べ終わって、ゴミを捨てがてらトイレに行って戻ってみると未亜はもう夢の世界だった。タオルケットを掛けて、俺は原稿に取りかかる。早めにこなすようにしているとはいっても突発で何が起こるか判らないので、余裕を持たせておくに越したことはない。


 原稿に集中していたらあっという間に新横浜のアナウンスだ。


「未亜、そろそろ新横浜しんよこだよ。」

「うーん、もうそんななんだ。今日は帰ったら家でのんびりしようね。」

「そうだな、このところ未亜は忙しすぎたからゆっくりした方がいいな。」

「うん、そうさせてもらう。」


 これまでと同じように乗り継いで家まで帰る。


「ただいまー!」

「着いたなあ。」


 汚れ物を洗濯機に入れてもう回してしまう。二泊三日でも二人分だとやっぱりそれなりの量になる。特に未亜はライブでたっぷり汗をかくのでタオルやTシャツなんかがたくさんある。


「ライブで汚れ物が一度にたくさん出るのを何度か経験して思ったけど、やっぱり量があると全自動で全部乾燥させるのは時間かかるよね。試しにガス乾燥機で回してみるか。」

「そうだね、試してみよう!」


 ガス乾燥機を初めてフルに使ってみたら、量があるときは圧倒的に早い。しかも仕上がりがふんわりしている。


「普段は全自動の方が楽だし、便利だけど、二泊三日とかで一度に洗濯する量が多いときは、ガス乾燥機で乾燥した方が圧倒的に早くて仕上がりもいいね。」


 未亜の感想は俺も同感だった。旅行の後始末を一通り終わらせたらソファーでのんびりする。


「今日はまた、さみあんの出演番組を見てしまおうか。」

「そだねー!」


 録画を確認するとまた20本くらいになっている。歌番組だけでなくバラエティやトークショーなどなど、早緑美愛がいまいろいろなところから求められていることが判るラインナップだ。


「そういえばこの前お父さんから録画と視聴が追いつかないってRINEが来てたよ。」

「そりゃそうだろうなあ。これだけ出ていたら間に合わないと思う。」

「ブルーレイにして保存するのもお願いしちゃっているからね。実家は結構大変かも。」

「でも、そういいつつ、ご両親は喜んでやってそうだけどね。」

「もともとアイドルにしたかったみたいだからね。子どもの頃に劇団とかへ入れようと思ったこともあったみたい。」

「へー、でもはいってないよね?」

「ものすごい奥手で人見知りだったからね。」

「いまはそう見えないけどね。」

「いろいろあって、自分を変えなきゃって思ってね。高校1年の秋に思い切ってオーディション受けたんだけど、そのときの構想では、大学卒業する頃くらいにはある程度名前が売れて、25歳くらいで女優に転身して、なんて思っていたんだけど。」

「想定より早く売れっ子になりつつある、という感じだね。」

「そうなんだよね。」

「デビューしたくらいからのファンとしては嬉しいことだけど。」

「えへへー!そういってくれるのは嬉しいなあ。でも、私がここまでになったのは圭司のおかげだよ。雨東先生の知名度に引っ張り上げてもらった感じがする。」

「最初のきっかけはそうだったかもしれないけど、いまのこの状況はさみあんの実力だよ。そこは誇っていいと思うよ。」

「圭司にそう言ってもらえると自信になるね!ありがとう!」


 未亜の満面の笑顔。この笑顔がある限り、俺は進める、大丈夫。

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