第038話○大阪公演前日です!

「早緑さん、はいりますー。」

「おはようございます!」


 ホテルに荷物を置いた私は会場となる十三じゅうそうゲイブというライブハウスに入る。


 だいたいライブは当日昼くらいに会場入りして、そのままリハーサル、少し休憩したのちに本番という流れが多い。

 私が前日入りしているのは、太田さんの方針で極力前日から会場を押さえてセッティングをした上で一度通しリハーサルを済ませるということになっているから。以前太田さんが担当していた鶴本つるもとランさんのライブで機材トラブルがあって、危うく中止になってしまうかもしれない、という状況に追い込まれたことがあったそうだ。それ以来、この方針にしているとのこと。もちろん全部のライブで出来るわけではなく、私のライブは会場限定物販とかの売れ行きが良いから出来ることだとは太田さん。


 会場入りするとロビーからドリンクカウンタを抜けて楽屋へ入る。楽屋は4つあるけどBとCはつなげてあった。


「美愛は楽屋Dで着替えてきて。今回はそこをあなた専用にしてあるから。」

「わかりました!」


 楽屋に入ると既に衣装がスタンバイされているけど、今日のリハーサルで着るのは、私の場合、トレーニングウェア。動きの確認のためにブーツとウイッグは本番と同じものを使う。今日はあくまで当日のセトリに沿ってワンコーラスずつ軽く流して、返しの調整をしたり、照明の確認をしたり、ステージの広さを見ながらパフォーマンスの調整をしたり、といったことがメインになる。もちろん当日は最終チェック。なので、衣装を着る必要がない。衣装を着てみての動きの確認は当日でも問題ないから。


 準備を済ませて楽屋からステージへ行くと広い!


「おっ、美愛も来たな。」


 バンドメンバーは既に着いていたみたい。


うた、おはよう!ここ、広いねえ!」

「ステージングが大きく出来ていいぞ。」

「楽しそう!」

「大阪で一番音響がいいそうですよ。」

「あっ、果倫かりん!おはよう!音もいいんだ!いちほと一夏いちかは?」

「ホテルから移動中だな。」

「みんな同じホテル?」

「大阪駅の中にあるホテルですよ。」

「今回はバンドメンバーも同じホテルにしてあるわよ。」

「あ、太田さん。」

「ほー、ってことは美愛の彼氏も同じホテルなんだな。」

「あれ?私、彼も一緒っていったっけ?」

「この前のゲネの時にそうおっしゃっていましたね。早緑の愛しの君、どんな方なのかお目にかかるのが楽しみです。」

「えへへー、明日の打ち上げで紹介するね!」


 ほどなくいちほと一夏も到着、まずは楽器の音合わせから入る。一通りPAさんとの打ち合わせが終わったのでラストは私の調整だ。


「あーあー、早緑美愛です。二日間よろしくお願いします!」

「あー、よろしくお願いします。じゃあワンコーラス流すから軽く歌ってみてくれるかな。」

「はい!」


 イヤモニは使っていないのでステージに設置されたモニタースピーカーの返しを歌いながら確認する。


「どうですか?」

「はい、問題ないです。」

「じゃあ、通しリハで気になる点とかあったら随時お願いしますね。」

「わかりました!」


 このライブハウスは音響がいいと聞いていたけど、返しの確認をしている時点で全然音が違う。すごいライブハウスだ。


 全員そろって、一曲ずつワンコーラスとオーラスの2パートを演奏しながら、音の確認をしていく。大山さんから曲ごとに私たちだけでなくPAさんや照明さんにも指示が飛んでいる。


 3時少し前から始まったリハーサルはそんな感じで進み、7時頃に終わった。


「美愛、そういえばあなたの恋人はいないのかい?」


 大山さんが私に問いかけてきた。


「彼はいまホテルで原稿書いていると思います。」

「リハーサルは彼には見せたくないって感じかい?」

「私は見て欲しいんですけど、彼の方が『ライブスタッフでもミュージシャンでもない単なる素人が興味本位でそういう現場にいくもんじゃない、邪魔になるだけだ』って。」

「ほほっー!またずいぶんと立場をわきまえる御仁だねえ。いや、あんた、本当にいい男を捉まえたと思うよ。あんたと同い年でそこまでの考えが出来るってめったにいないよ。」

「大山さんにそういっていただけると嬉しいです。」

「これは是が非でもあわないといけないねえ。」

「彼は明日の打ち上げには出席する予定です。」

「いやね、庸子ようこちゃんには伝えたんだけど、明後日が演出した作品の舞台初日でね。朝から顔を出さなきゃならないんだよ。だから明日は最終ののぞみで東京に帰らなきゃならないんだ。」


 大山さんがすごく残念そうな顔をしている。


「なるほどそういうことなんですね。」

「そうだ、庸子ようこちゃん!」

「……はい、大山さんなんですか?」

「ちょっとお願いがあるんだけど。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る