第039話●突然の呼び出し
ホテルの部屋で原稿を進めていると太田さんから突然電話がかかってきた。
『先生、いま時間ある?』
何かトラブルか!?と思ったが、特に慌てた様子ではないので、なんだろう?
『ええ、ありますよ。』
『晩ご飯はもう食べた?』
『いや、まだですね。もう少ししたら、かわもとのネギ焼きでも食べに行こうかと思っていましたけど。』
『実は大山さんが先生に会いたいと言い出したの。』
『明日でも良さそうですけどね。』
『大山さん、明日は最終の新幹線で東京へとんぼ返りなのよ。』
『あー、なるほど。そういうことですか。でしたらぜひにも伺わないといけないですね。』
『良かった、ありがとう。リハはもう終わってホテル近くの居酒屋押さえてあるから場所はRINEで送るわね。』
電話を切ると太田さんからさっそく場所が送られてくる。店の名前を見ると東京にもある普通のチェーン居酒屋だった。これは急遽予約したな。歩いて行けるので早速ホテルを出て居酒屋へ向かう。地下街を通って10分くらいで着いたけど、太田さんは……まだかな?
「圭司!」
「あっ、未亜。お疲れ様。」
「あなたがそうなんだね、よろしく。」
「あっ、は、はい、よろしくお願いします。」
「ここだと人通りも多いんで、とりあえず店に入っちゃいましょう。」
奥の個室へと案内され、席に着くととりあえずドリンクを頼む。もちろん未亜も俺もソフトドリンク。太田さんと大山さんは「とりあえずビール」らしい。
乾杯ののち、改めて紹介される。
「大山さん、こちらが雨東先生です。」
「雨東と申します。よろしくお願いします。」
「先生、こちらが大山さん。」
「大山です。いやあ、いい男だね。」
「あ、ありがとうございます。」
「明後日の舞台がなければ、明日でも良かったんだけどさ。申し訳ないね。」
「そんなご予定が。ちなみにどんな作品ですか?」
「おっ、そこに興味を持つかい?
「そうですね、スケジュールがちょっと厳しそうなので、今回は残念ですが……。」
「まあ、そうだろうねえ。いや、それにしても物怖じせずにちゃんと告げるべき所は告げる。18でその堂々たる立ち居振る舞いはすごいよ。美愛はやっぱりいい男を捉まえたもんだ。」
芸能関係に疎い俺ですら知っている名音楽プロデューサーが、全面的に褒めてくるのは嬉しいけどむずがゆい、とてもむずがゆい。
大山さんからは、いままで何をやってきたのか、小説を書くときの流れはどんななのか、日頃心がけていることは何か、などなど多岐にわたって、一方的に質問を浴びせられる形で時間が経過していった。途中、未亜は全く口を挟めずに淡々とご飯を食べ、太田さんは注文係に徹しながら美味しそうにジョッキの生ビールを飲んでいた。
「いやあ、面白いねえ。あんた、本当に18歳の若者かい?考え方、知識の幅、立ち居振る舞い、自分を客観視しているところに一歩引いて俯瞰しているところとか、かなりの社会経験を積んだようにしか思えないんだが、相当苦労したとか?」
「……大山さんがおっしゃるように確かに先生は何か違うのよね。」
「えーと……。」
「何かいいにくい感じかい?」
「いえ、そういうわけではないんですが……。」
「圭司、高校の頃から本書いているからじゃないかな。」
「まあ、本を書くのにいろいろと調べることも多くて、自然と知識が付いたのは間違いないですね。」
「それだけじゃない感じがするんだがねえ……。まあ、特に心当たりがなくて、あんたがそういうならそれが理由なのかもしれないけど。」
いままでどこにも話をしたことがないようなことまで暴露しながら、2時間以上の食事会は無事にお開きとなった。四人で一緒にホテルの同じフロアまで着いたところで解散となった。
「圭司、突然呼ばれてびっくりしたんじゃない?」
「ああ、びっくりしたけど、いい経験だったよ。芸能人でもないのに大山さんとあれだけ話が出来る機会なんてそうそうないからね。未亜のおかげで世界が広がって本当に楽しい。」
「そういってくれると私も嬉しい!明日のライブ、楽しみにしててね。」
「おう、『後方彼氏面』してるよ。」
「もう、圭司、彼氏面じゃなくて、本当の彼氏じゃん。」
「いや、一度いってみたかったんだよね、『後方彼氏面』。中野はまだ単なるファンだったしさ。」
「あー、たしかにそだね。」
「ステージから見えないかもしれないけど、しっかりと見て応援するよ。」
未亜が満面の笑みでこちらを見ながら首を振る。
「ううん。ステージから客席ってけっこう見えるんだよ。」
「そうなのか!?」
「有名なアイドルがライブでよく『後ろの席までちゃんと見えてるからね』っていっているけど、自分がそういう場所に立つようになって『あれって本当なんだなあ』って実感してるもん。」
あれって本当なのか。本当に見えるのかな?楽しみだ!
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