第041話●大阪公演打ち上げ

「まずは初日大阪!お疲れ様でした!乾杯!」


 未亜、いや早緑美愛の発声で9時から打ち上げが始まる。場所は昨日と同じ居酒屋。二日続けて同じ店で怪訝な顔をされるかと思ったがそうでもなかった。ちなみに未亜は既に早緑美愛さみあんモードから未亜の姿に戻っている。


 ライブが終わったあと、後片付けがあるということで俺はいったんホテルに戻った。顔が知られていないのでほかのファンと交じって退出しても全く問題なかったのはありがたい。

 関係者スペースには大崎エージェンシー大阪支社や早緑美愛の所属レーベルであるブラジリアミュージックエンタテインメント大阪支社から偉い人たちがけっこう来ていて、始まるまでは割と居心地が悪かった。ちなみに物販で大阪公演限定グッズであるTシャツを密かに買っている。既に未亜から1枚もらっていたのだけど、長年早緑美愛のファンをしている俺としてはちゃんと売り上げにも貢献したい。今回買った方は早緑美愛のサイン、そして可能ならバンドメンバーのサインも入れてもらって家宝にしようかと思う。


 未亜やバンドメンバー、太田さんが先に大手チェーン居酒屋打ち上げ会場へ入ってから俺に連絡が来て、遅れて合流という段取りだった。店の前に太田さんがいて目線が合うと手を振られる。太田さんに誘導されて会場の個室へ入る。


「みんなに紹介するね。彼が雨東先生です!」

「雨東です、よろしくお願いします。」

「「「「おおっー!」」」」


 席は未亜の右隣が用意されていた。目の前にはバンドメンバー、未亜の左隣には太田さんという並びだ。

 今度は未亜から一人一人バンドメンバーを紹介される。


「左からドラムスの時森ときもりいちほ、ギターの二瀬にのせうた、ベースの舟守ふなもり"アンティーク"一夏いちか、キーボードの果倫かりん。」

「あらためて雨東です。よろしくお願いします。」


 自己紹介をお互いにしたあとは雑談に入る。皆さん雨東作品を読んでくれているようで、その感想なんかをもらってとても照れくさくなってしまう。話しているうちに果倫さんがなんかそわそわし始めたと思うと鞄を膝に置いた。


「あの、雨東先生にお願いがあるのですがよろしいでしょうか。」

「はい、なんでしょう?」

「こんなところでこんなお願いも失礼なんですが、ぜひサインをいただきたく……。」


 果倫さんはサインペンと一緒によく見慣れた表紙の本を三冊出してきた。あっ、俺の本だ。


「ああ、いいですよ。」

「果倫ずるい!」

「果倫さん、まさかそんなことをされるとは思いませんでしたよ。」

「果倫ちゃん!あたしも持ってくれば良かった!」

「私の作戦勝ちですよ。」


 未亜は隣で大爆笑、太田さんは苦笑いをしている。みんなのすごい勢いに圧倒されたけど、とりあえず3冊サインを書いた。


「はい、これで。私のサインでよろしければいつでも書きますよ。えーと、かわりにですね。」


 鞄の中からさっき物販で買ったTシャツを取り出す。


「これにもみなさんのサインを……。」


 今度は太田さんまで大爆笑している。


「あれ?圭司、Tシャツ上げたのに!」

「あれは未開封で取っておく。こっちはみんなにサインもらって記念にしようよ。」

「なるほどね!じゃあ私から書いていいかな?」

「もちろん!早緑美愛さん、おねがいします!」


 雨東先生って本当に熱心なファンなんですね、と舟守さんから感心されながら、皆さんに書いてもらう。


「太田さんにはサインないと思うので、日付を書いてもらえますか。」

「いいわよ。」


 最後、太田さんにもちゃんと参加してもらって、大阪公演版の記念Tシャツが完成したのと同時に未亜が太田さんの方を向いた。


「これ、写真撮って、Twinsterに流していいですか?」

「いいんじゃない?」

「圭司もいいかな?」

「いいよ。さみあんが発起人ってことにしておいてね。」

「うん!みんなも撮って、一斉に上げようよ!」


 5人が一斉に写真を撮り始める。


「先生はいいの?」

「ええ。自分がファンなんでよく判るんですけど、たとえ恋人でも出演者と一緒になってそういうのを上げるのは違うかな、っていう感じがするんですよ。そもそも打ち上げに来ているのを私も未亜も書いていないのはその辺の配慮です。」

「……うーん、そんなに気にすることもないし、そもそも先生も原稿書いてもらっているんでメンバーなんだけどね……。まあ、その辺はおまかせだけど。」


 太田さんはそういうけど、やっぱりファンとしては複雑な気持ちになるのが判るから。自分も早緑美愛のファンだからこそ、ほかのファンの気持ちを考えたいと改めて思った夜になった。

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