第034話○私生活が充実していると

 試験期間の終わった翌日。今日はライブのゲネプロがある。


 これまでも一曲ずつスタジオを使って、当日の進行やアレンジなどをチェックしてきたけど、今日は初めて全部の曲を通しでリハーサルする。ライブ前の恒例とはいえ、今回は初めてのツアーということもあって、緊張する。圭司は当日まで楽しみにしたいということで家で留守番だ。


 授業がなくなったので午前中から時間は取れるものの試験期間中にずらしてもらっていた仕事などもあり、レッスンも含めた準備時間はかなり少ない。今日は、現地での確認を除けば、最初で最後の通しリハーサル。ここで現状を把握して、残りの期間でまだちゃんと出来ていないところをものにしたい。


 圭司の方は試験前にもう原稿を納品済みだそうだ。私も当日現地で見ることにしているので内容はまだ知らない。


「美愛ちゃん、そこは抑え気味でいこう。」

「はい!わかりました!」


 今回のライブは初めて外部の音楽プロデューサーがライブプロデューサーとして就いてくれている。大山おおやま三重子みえこさんといって、私が生まれる前からプロデューサーをされている方だ。フォークソングに始まり、アイドルや声優アーティスト、演歌、ロックなど多彩なジャンルをプロデュースしている。

 そんなすごい方がなぜ私のプロデュースをしてくれているかというと太田さんが別の現場で一緒になった大山さんへぜひ聴いて欲しいと三枚のアルバムを手渡して、それを聴いた大山さんがライブのプロデュースをしてみたいと申し出てくれたから。もちろん、元々太田さんが大山さんと何度も仕事をしたことがあるということもあったとは思うけど、私は本当に人の縁と運に恵まれていると思った出来事だった。


「ギター、ちょっと弱いかな。この曲はギターの強さが大事なアレンジにしたからもっと勢いを付けてね。」

「判りました。」

「じゃあ、曲頭からもう一度。」


 ちなみにアイドルのライブだとインストを流して歌うケースも多いけど、私のライブは太田さんの方針もあって、最初からフルバンド構成。しかもなんとバンドメンバーは全員女性という珍しい編成だ。別に固定バンドを組んでいるわけではないはずなのにファーストライブから同じメンバーでここまでライブをこなしている。


「美愛、乗ってるね!」

「たしかにな!」

うた!いちほ!ありがとう!」


 敬語なしで会話しているけど、年齢はみんな非公開なので詳しくは触れないが、実は全員私よりも年上だ。

 ギターの二瀬にのせうたさん。スタジオミュージシャンがメインで、ライブの演奏では技巧派タイプ。

 ベースは舟守ふなもり"アンティーク"一夏いちかさん。ミドルネームが示すようにアンティークが大好きで、それがニックネームになり、ミドルネームとして付くようになったという人。

 ドラムスは時森ときもりいちほさん。ゴスロリが大好きでドラムの演奏をするときでも衣装は絶対にゴスロリという方。

 キーボードは果倫かりんさん。メンバーの中で唯一私と同じ大学生。ほんわかしていて普段はのんびりタイプだけど、いざ演奏をはじめると人が全く変わる。

 みんな一癖も二癖もある人たちだけど一緒に音を作り出していると本当に楽しい。


 曲を全体通して調整したあと、進行を止めずに完全な通しリハをした。今回はアンコールまで全20曲、MCの時間も含めて2時間くらいのライブだ。2時間を通しでやってみると疲れたけどいまからものすごい楽しみになってくる。


「よし!これなら大丈夫!細かい課題はまとめておくから見て練習しておいて。」

「「「「「ありがとうございました!」」」」」


 大山さんのOKが出た!嬉しい!


「このバンド、すごくいいね。美愛の曲にあった演奏をする。リハなのに楽しくなってきちゃったよ。庸子ようこちゃんは本当によく見つけてくるよね。」

「三重子さんにそういっていただけると。」

「……おつかれさまでした!」

「美愛、お疲れ。あんた、本当にいい声で歌うね!」

「ありがとうございます!」


 女優を目指してアイドルになった私が歌で注目されるのは本当に面白いけど不満どころか、自分の気がつかなかった一面を見いだしてくれた太田さんには感謝しかない。


「やっぱり私生活が充実していると顔も声もつやが出るってもんだ。」

「確かにプライベートも充実していますね。」

「あたしも二人のインタビューは読んだけど、いい男を捉まえたもんだよ。芸能界で生きる女はさ、シンガーだろうとアクトレスだろうといい恋をすること。それがあたしの持論。でも、二股やとっかえひっかえはダメだよ。恋の方に無駄なパワーをもってかれちまって肝心の芸がおろそかになる。まあ、あんたんところは問題なさそうだけどね。」

「そうですね、自信を持って大丈夫といえます!」

「あはは!たいしたもんだ!そこまで言い切れるなら大丈夫だね。ライブツアーも乗り切れるよ!」


 すごくいいことを聞いた!圭司にも伝えよう!

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