第007話●突然連れてこられたその場所で

 月曜日の朝、未亜は、あいさつもそこそこに「土曜日に一緒に行きたいところがあるんだけど予定空いてる?」といきなり聴いてきた。もともと週末はどこかへ行こうと話していたこともあって、予定は空けてあったので、一緒に出かけることになった。


 久しぶりの一週間に渡るフル授業をこなし、今日は土曜日。未亜が行きたいという場所へ一緒に行くため、新宿駅東口交番の前で待ち合わせをしている。


「ごめん、待った?」

「いま、来たところだよ。」

「えへへー、なんかこのやりとり恋人って感じがするね!」

「確かにそうだな。なんか照れるけど。」

「そういえば、借りてたCD、ずっと渡せてなかったけど、今日はちゃんと用意したから後で渡すね。」

「おっ、帰るときにもらえればOKだよ。」

「りょうかーい!」

「そういえば今日はどこへ行くんだ?」

「それは着いてからのお楽しみなのです!」


 未亜に連れられてメトロプロムナードへと続く階段を降りる。地下道を延々と進んで新宿三丁目駅までやってきた。


「新宿は地上も地下もほんとうにいつも人が多いよな。」

「私もこの前サイン会の時に思った。」


 C8出口から地上に出て、5月半ばの心地よい日差しが照りつける花園通りを未亜はどんどん進む。しばらく進むと右手に大きいビルが見えてきた。未亜はそのビルを指さす。


「ここだよー。一緒に着いてきてね。」

「ここ?」

「うん、とりあえず着いてきてくれれば判るよ!」


 入り口にさしかかるとビルの名前が見える。えっ、大崎おおさきエージェンシービルディング……って推しの所属事務所だぞ?えっ?そのビルに未亜が何で?何の用事?


「おはようございまーす!」


 未亜が受付の人と警備員さんにあいさつをすると受付の人も警備員さんもにこやかに会釈し返してくれる。エントランスを進んだ先にあるセキュリティゲートの所まで来ると未亜は「圭司は一番右を通ってね。」といいながら、右から2番目のゲートにパスケースをかざして通過している。事態が飲み込めないまま、俺が一番右のゲートへ入ろうとすると警備員さんは慣れた手つきでセキュリティゲートを開ける。なんか皆さん意思疎通が出来ていますねってそうじゃない。


「えっ、あれ?なんで未亜がパス持っているの?受付で名前とか書かなくていいの?」

「うん大丈夫。ちゃんと事前に話は通してあるから。」

「えっ、それでいいの?だってここ芸能事務所だよね?」

「大丈夫だよ。セキュリティはちゃんとしているけど、届け出さえしていれば問題ないから!」


 なんとなく聞きたいことと未亜の返答がずれている感じがするけど、混乱しているので上手い聞き方が判らない。ゲートを過ぎて先へ進むと何台かあるエレベーターのところに誰かいる。


 あれは、大崎のトップアイドル、鶴本つるもとランじゃないか!!!!!


「鶴本さん、おはようございます!」

「あら?みあ、おはよう。今日は?」

太田おおたさんと打ち合わせです!」

「そう。」


 鶴本ランがこっちをちらっと見ているぞ!!


「そっか、もしかして?」

「はい、そうです。太田さんが。」

「あの人、好きよね……。私も太田さんが担当だったときにしつこく言われたもの。」

「あはは……。あっ、エレベータ来ましたね。何階ですか?」

「ありがとう。2階押してくれる?」

「はい、わかりました!」


 未亜、何で鶴本ランとこんなに親しげに話しているんだ?どういうこと?もしかして、未亜って大崎エージェンシーの社長令嬢とか?


「じゃあ、頑張ってねー。」

「はい!ありがとうございます!」


 2階で鶴本ランが降りた。


「未亜?いまの鶴本ランだよな?なんでそんなに親しげに話しているの?」

「ふふっ。今日はその辺も含めてちゃんと説明するから待っててね。」


 3階まで上がるとかなりの数の会議室が並んでいる。未亜はその一つに誘導する。


「この会議室でちょっと待っててね!」

「えっ、すでにもうなんかすごい混乱しているんだけど……。」

「……もうちょっとでここに来てもらった理由がわかるから!15分くらい待っていて欲しいんだ。」

「あっ、うん、とりあえず、はい、判った。」


 未亜が外に出ると入れ替わりに別の人がお茶を持ってきてくれた。……えっ、いまお茶を持ってきてくれたのって、この前週刊少年マンデーで巻頭グラビアに出ていたグラビアアイドルの上水あげみずここなだよね?芸能事務所はお茶出しもアイドルがやるのか!


 高校の頃から推しているアイドルの事務所に連れてこられ、トップアイドルに接近戦して、グラビアアイドルにお茶出しされて、と何が起きているのか全く理解できない状況で、しかもなんで未亜がここに連れてきたのかがみえず、待っている時間が永遠のように感じられた。


「お待たせ、入るよ!」


 扉の向こうから未亜の声がする。


「うん、だいじょ……はあっ!?」


 扉が開くとそこには、アイドル衣装に身を包んだライトブラウンのロングヘアとダークブラウンの瞳が印象的な……えっ、さみあん推し!?!?!?


「圭司、どう?驚いた?」

「……。」

「……圭司?」

「……。」

「圭司?大丈夫?」


 さみあんが近づいてきて、俺のほっぺたをつつく。


「……はっ!?どういうこと?さみあんが俺の名前を呼んでる!?えっえっ!?さみあんにほっぺたをつつかれた!?えっ?なんでさみあんが俺のこと知っているの?」

「ちょっと、みあ。あなたの恋人、大混乱しているわよ。前振りとかしてこなかったの?」


 さみあんと一緒に入ってきたスーツ姿の女性があきれた顔で話しかけている。誰だこの人、事務所の人?いや、いまはそれどころではない!


「言葉で説明しても判らないと思ったんで、いきなり見てもらおうと思ったんですよね、あはは……。」

「あなたねえ、そんなの混乱するに決まっているじゃない……。」

「えっと、あれ?圭司、わからない……かな?」

「何が起きているのか全く判らないよ!?」

「圭司が推してくれている早緑美愛さみあんは実は西脇未亜わたしでした!っていう話なんだけど……。」

「まじかー!!!!!!」

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