第112話 葛藤【side:カエデ】
私がパーティー会場に向かっている途中――。
今日はヒナタの卒業パーティーだった。
だが私は、遅れて到着することになる。
というのも、途中でとある人物に呼び止められたからだ。
もともと、ヒナタたちとは別行動をしていて、その時は私ひとりだった。
「動くな……」
私が夜道を歩いていると、首筋に冷たいものを感じた。
これは……ナイフだ。
それも、シノビに伝わる特殊な形状をしている。
ということは――。
私は振り向かずに答える。
「コロウ先生か……?」
「そうだ。よくわかったな、カエデ」
コロウ・イシャドラ――私を一人前のシノビとして育て上げた人物だ。
「キサマ、王女の命令を無視して、潜入を行っているそうだな?」
「え、ええ……まあ……すっかり対象は油断していますよ。今もちょうど、対象の卒業を祝うパーティーに参加するところでした」
そう答えると、コロウ先生はナイフをさらに深く突き立ててきた。
やはり彼には敵わない。
「王女は騙されたようだが。この私にバレないとでもおもったか? キサマが裏切っているのは既にわかっている」
「っく……」
「だが……お前は私の育てた優秀な弟子だ。もう一度チャンスをやる」
「あ、ありがとうございます……」
ここで逆らえば、一歩でも動けば、私は死ぬ。
そう感じさせるほどの気迫が、コロウ先生にはあった。
「この薬品を対象に飲ませろ。それで許す。お前の忠誠心を見せてみろ」
「は、はい……」
「それだけだ」
私に怪しげな薬を手渡すと、コロウ先生はまたたくまに暗闇に消えてしまった。
さすが一流のシノビだ……。
私は手のひらに渡された薬を置き、それをしばらく眺めていた。
つまりは……逆らえば殺す、ということなのだろう。
私にはもう、後がない。
だけど、ヒナタにこの薬を飲ませることなんて……!
◇
【side:ヒナタ】
僕はひとり、ベランダで夜風に当たっていた。
ライラさん……。
僕はライラさんに嫌われちゃったのかな……?
とにかく、後でライラさんに謝りに行こう。
パーティーも終わって、なんだか眠たくなってきたな……。
そんな感じで思い悩んでいると――。
人のいなくなったパーティー会場に突如、カエデちゃんがとことこ歩いてきた。
「あれ? カエデちゃん? おそかったね……」
「う、うん……」
どうしたんだろ?
てっきりもうヒナギクたちと一緒に家に帰っていると思っていたのだけど。
「カエデちゃん?」
「…………」
なんだか様子が変だ。
気まずそうな顔でもじもじして……。
もしかして、お腹がいたいのかな?
でも、もっと深刻そうな感じだ。
「どうしたのかな? 僕でよかったら話を聞くけど……」
「それが……この、……」
カエデちゃんは小さな手のひらを開いて、なにやら見せてくれた。
これは……?
薬?
いったいなんの薬品だろう……?
「実は……」
カエデちゃんはさっきあったことを話してくれた。
どうやらこの薬を僕に飲ませないと、カエデちゃんは殺されるらしい。
裏切者であることがバレてしまったんだね……。
でも、そんなこと、僕がさせない。
「私は、ヒナタに迷惑をかけたくない! だからこの薬は……飲ませたふりをする!」
そうか……カエデちゃんなりにいろいろと葛藤したんだろうな……。
でも、心配はいらないよ!
「大丈夫だよカエデちゃん。そんな必要はない」
「え……!?」
僕はカエデちゃんから薬を奪い取り、ひとおもいにそれを飲み込んだ。
「え、ちょっと……!」
「大丈夫、僕がなんとかするから!」
どんな効果の薬かは知らないけど、胃の粘膜を
僕はそう、高をくくっていたんだけど……。
「うぅ…………」
「ヒナタお兄ちゃん……!?」
僕はその場に倒れてしまった。
どうして……!?
「ヒナタお兄ちゃん……!」
カエデちゃんの声が……意識が……だんだん遠くなっていくよ――。
◇
(うぅ……ん?)
どうやら僕の意識ははっきりしている……。
だけど、目が開けられないし、身体も動かせない。
これは……どういう状況なんだろう?
でも、ライラさんの声だけが聴こえる。
「ヒナタくん! ヒナタくん! そんな! あれでお別れなんて嫌ですよ!」
あはは……ライラさん、大げさだなぁ。
僕はしっかり意識もあるのに。
でも、ライラさんに心配してもらえてうれしいよ。
きっとカエデちゃんが呼びに行ってくれたんだね。
「いやぁあああああ! ヒナタくぅうううううん!」
リリーさんも駆けつけてくれたみたいだ。
たくさんの人の声が聞こえる。
「ヒナタ! しっかりして! お姉ちゃんだよ!」
この声は、ファフ姉だな……。
でも、ファフ姉はお姉ちゃんじゃないよ……。
「だれがお姉ちゃんですか! 私がヒナタくんのお姉ちゃんになるんです!」
なぜかライラさんがファフ姉に突っかかる。
だけど、ライラさんもお姉ちゃんじゃないよ……?
僕がいないところでは、みんなこんな感じなのか?
僕が聞いていないと思って、好き勝手言ってるな……。
でも、なんだか新鮮だ。
「うぅ……ヒナタお兄ちゃん……私のせいだ……うぅ……」
カエデちゃんが泣いている。
困ったな、カエデちゃんを泣かせるつもりじゃなかったんだけど。
ごめんね……。
そうだ!
なるべく自力で意識が戻るように、僕にもなにかできないかな?
僕は自分の意識に、
だけど、どうやら上手くいかない。
身体の自由と同様に、意識の操作も上手くいかないみたいだ。
これは……どうしよう――!
◆
意識とスキルを奪われてしまったヒナタ。
そんなヒナタを救うことになるのは――!
●あとがき
■
外れスキル《範囲自動翻訳》のせいで、異世界からきたクラスメイトたちが離れてくれない。戦闘スキルのないゴミはFクラスだ!と言われたけれど、長年の努力とクラスメイトとの《絆》でAクラスまで成り上がります。
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