第110話 パーティー


僕は特例で、1年生にして医師免許を持つことを許された。

これもみんなのおかげだ。

僕の卒業を記念して、世界樹ユグドラシルのみんながパーティーを開いてくれた。


「ヒナタくん、卒業おめでとう!」


――パーン!


ライラさんが大きな音のする果物を割って鳴らす。

クラッカラッカーという木の実だ。

こういったお祝いの席でよく使われる果物だそう。


「みなさん、ありがとうございます。まさかこんなに早く卒業できるとは思っても見ませんでしたよ……」


「ヒナタくんならすぐに帰ってきてくれると信じてましたよ!」


「ライラさん、過大評価しすぎですよ」


そう言えば、前にもこんなふうにパーティーをしたっけ……。

でもあのときはガイアックのせいで中断されちゃったよね。

今回は思い切りたのしみたい。

ギルドの内装も広くなって、パーティーはより豪華なものになった。


「ヒナタごめーん、授業が遅くなって遅れちゃったよ……」


と、遅れてやってきたのは……ファフ姉だ。

僕の大学でのよき学友。

みんな、初めて会うファフ姉に注目している。

とりわけ大きく反応したのはライラさん。

目と口を開けて、硬直してしまっている。


「あの……ひ、ヒナタくん? こちらのスタイルのいいお姉様はどなたなのかしら……? お、怒らないですから、正直に答えてくださいね?」


ライラさんの目が笑っていない。

目から光が失われていて、僕なんだかとっても怖いよ。


「ライラさん、紹介します。こちらは大学での学友、ファフニール先輩です」


「おいおい、ファフニール先輩はよしてくれよ。いつも通りファフ姉と言って甘えてくれていいんだぞ? ヒ・ナ・タ……?」


――ゴゴゴゴゴゴゴ。


なんでだろう……ファフ姉に対するライラさんの圧がすごい。

まるで親の仇のように睨みつけている。


「ヒナタくん……? ずいぶんと仲がよさそうですが……?」


「え、そうかな? ま、まあ……学校ではずっと一緒でしたからねえ」


「へぇ……それは……たいそう楽しかったんでしょうねぇ……?」


「え? まあ、楽しかったですねぇ……」


僕はライラさんの質問に、素直に答える。

何がいけなかったのかは分からないが……、

ザコッグさんが――


「ヒナタさん、もうその辺んでやめておいてください……」


「……?」


僕が首を傾げていると……。


「もう! ヒナタくんはすぐこれだから……!」


と、ライラさんは拗ねてしまった。

後でお詫びをしておこう。

なぜだかはわからないけど……。


「さあて、ライラさんは放っておいてパーティーの続きっス!」


とグラスを鳴らしたのはウィンディ。

ウィンディは酔っぱらっているようで、僕の肩に手を回してきた。


「ヒナタ先輩は、私のほうがいいっスもんね? あんなぽっと出のお色気お姉さんよりも」


「え? なんのこと……? ちょっと、酔っ払いすぎじゃないかな?」


今日はなんだか、みんな様子がおかしい。

僕が変なことを言っただろうか?


「ちょっと君たち、ヒナタくんが困っているじゃないか!」


そう言ってウィンディを引きはがしたのは、ユーリシアさんだ。

勇者の仕事が忙しいだろうに、わざわざお祝いの席に来てくれた。


「ヒナタくんはぼくのものだ!」


「えぇ……!?」


勇者さんも顔が赤い。

酔っぱらっているようだ。


「ちょっとさっきから聞いていれば、みなさん勝手なことを……! ヒナタくんは私のお嫁さんなんだけど……?」


「えぇっ!? それはどうなんです……!?」


リリーさんが一番酔っているのかもしれない。

この人は……まあ、前から少し変なところがあったけど……。


「もぅー! 兄さんは私の兄さんなんですからねぇ! なのー!」


「そうだね! ヒナギク! 兄さんはどこにもいかないよ!」


僕はとっさにヒナギクのもとへ駆け寄り、頭を撫でる。

不安にさせちゃったかな?

でも、僕が常に一番に思っているのはヒナギクだ。


「ははは……ヒナギクちゃんには敵わないな……」


ということで、どうやらみなさん落ち着いてくれたようだ……。

ふぅ……。


みんな、お酒を飲むとこんなにテンションが上がるんだなぁ。

僕は飲めないからわからないけど、楽しんでくれてそうでなによりだ!


「ではみなさん、今日は僕のためにありがとうございました!」


ということで、会はお開きになった。





「ライラさん……さっきはなんかごめんなさい。無神経なことを言っていたのかもしれません」


みんなが帰路につき、静まり返ったパーティー会場で、僕はライラさんに話しかける。

ライラさんはベランダに出て、夜風に涼んでいた。

お酒で顔が赤くなっているのか、それとも別の理由なのかわからないが、とにかく顔が赤い。

そしてむすっとした顔で僕を見る。

夜風が顔に当たって冷たい。


「もう……! ほんとですよ、ヒナタくんは……。いつもいつも……!」


「う……なんか……ごめんなさい……」


「なんで私が怒っているのかもわかってないくせに!」


「うぅ……重ねてごめんなさい……」


「もう……いいです……」


ここはなんとかして挽回しないと。

ライラさんの中の僕の好感度がどんどん下がっていってしまう……!

僕なりに、ライラさんのことが大事なんだと伝えないと!


「ぼ、僕は……! ライラさんが好きです!」


あ、あれ……!?

な、なにを言ってるんだ僕は……!?

そんな大それたこと、言うつもりはなかったのに。


「ヒナタくん……? それ、本当ですか……? もしもご機嫌取りで言っているだけなら、もっと泣いて怒りますよ?」


「う、嘘じゃないですよ!」


今言うつもりではなかったけど……。

僕の中に、そういう気持ちがあることは事実だ。


「ヒナタくん……!」


「ライラさ……ん!!」


ライラさんは振り向くと同時に、僕に無理やりキスをした。

たった数秒で、唇は離れる。

だけど僕にはそれが、数時間もの出来事に思えた。

その瞬間、僕の中には幸せだけが満ちていた。

ライラさんに受け入れられたという肯定感と、満足感、安堵。


どうして今までこうすることができなかったのだろう。

たった一言伝えるだけでよかったはずなのに……。


「ヒナタくん……私はヒナタくんなんて嫌いです。このすけこましいいぃぃぃ!」


「えぇ!?」


そして、ライラさんはそのまま走ってどこかへ去っていった。


「ど、どういうことなんだろう……!?」


僕にはまだ、女心は難しいようだ――。

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