第82話 屈辱と侮蔑と誠意【side:ガイアック】


俺が親父の病気を救うため、やってきたのは――。



「クソ……悔しいが……こうするしかねぇよな……」



――我が城。


元俺の医術ギルド……現在はグラインド・ダッカーが率いる、あの・・



【医術ギルド】である。



「失礼するぜ……」


俺は慣れた手つきでギルドの扉を開ける。


懐かしい、だが懐かしがっている場合ではない。


「おや? 珍しいお客さんだな……」


「……っ! グラインド・ダッカー……!」


「おいガイアック……その右手はどうした? ずいぶん見違えたじゃないか。っくっくっく」


グラインド・ダッカーは想像通り、うれしそうな目つきで、俺を見下してくる。


当然だ。のっとったギルドの元リーダーが、のこのこと、どの面下げてやってきたんだという感じだろうからな。


っく……! 予想していたとはいえ、俺にとってはすごく屈辱的だ。俺は見下されるのが、人に舐められるのが、一番キライなのに!


入口に立ち尽くす俺に、レナがゆっくりと近寄ってくる。


元上司にかける言葉とは思えないほど、冷たい口調で彼女は言う。


「診察ですか? ご予約がないのでしたら、こちらに名前をお書きになってお待ちください」


あくまで事務的に、過去のことなどなかったかのごとく……!


俺のことを知らないのかというくらい、彼女は冷淡だ。


くやしくて涙が出る……。だが我慢だ。レナはもともと、そういうやつじゃないか!


俺は親父のためなら、どんな屈辱も甘んじて受け入れる!


「レナくん。いいよ、彼は特別なお客さんだ。話があってここに来た……だろう? ガイアック?」


ダッカーがレナを下がらせる。すっかりダッカーの部下になってしまったのだな……。


「ああ、今日は大事な話があって来たんだ。非常に不本意だがな……」


俺とダッカーはギルド長の事務室に入る。


昔俺が使用していた部屋だ。そこが今では、ダッカーの私物であふれている。


なんだかここにいるだけで、みじめさで鳥肌が立ってしまう。


「で、話というのはなんだ? まさか職がないから雇ってくれとでも言うつもりか? まあ、キサマの屈辱的な表情を肴に、仕事をするのも悪くはないがな……はっはっは」


ダッカーめ……調子に乗りやがって、天狗になっているな。


思い返せば俺も、ギルド長になったときは同じように、思いあがっていたっけな。


それが決して、自分の力ではないのに……権力こそが自分自身だとばかりに……。


「そんな話をしに来たんじゃない。今日はお願いに来たんだ。実に不愉快だがな……」


「おやおや? 元ギルド長さまがお願いに? それはまあ、わざわざどうも……。だがね、ガイアックくん? それが人にものを頼む態度かなぁ……?」


「……っく」


「どうしたんだ? 俺の顔になにかついているか? そんなに睨んでも、ギルド長の椅子は戻ってはこないんだぞ?」


ダッカーのやろう……。俺を挑発して楽しんでいやがる。


「……お、お願いだ……助けてほしい患者がいるんだ……だから、頼む!」


俺は怒りたくなる気持ちを我慢して、テーブルに手をついてお願いをする。


「はっはっは! あのガイアックがなぁ! 丸くなったものだ! あのガイアックが、俺に頭を下げるとは……! 面白い!」


クソがっ! 舐めてると潰すぞ! だが、ここは我慢だ……。


俺は自分の中の、暴れだしそうな獣を押さえつける。


「頼む! この通りだ!」


「ふーん、どうしようかなぁ……。俺は患者を選べる立場にあるんだけど? 見ただろう? うちの患者の予約リストを。大盛況なんだよ。お前の時代と違ってな」


クソ……。ダメか……。こいつがこういう態度に出ることも、予想のうちだったが……。


もっと誠意を見せるべきなのか?


正直、もう限界だ。ここまでしたくはなかったんだがな……。しょうがない。


「頼みます! お願いします! この通りです! 話を聞いてください!」


俺は、地べたに頭をつけ、これ以上ないほどの誠意をみせた。そのつもりだ。


「ほうほう。これはこれは、あのガイアックがここまでするか! 楽しいなぁ! いやいや、人は変わるものだなぁ……! いいだろう。話だけならきいてやるよ」


こいつ、どこまでもこの状況を楽しんでいやがる。許せない。


今までの俺ならここで殴りかかっていたところだが……。もうかつての俺ではない。


「実は……俺の親父が倒れた。もう長くないだろう……このままじゃ、な。だがアンタの力をもってすれば、なんとかできるはずだ! だからどうか! お願いします! なんでもしますから! 俺の親父を……救ってください!」


「ん……? 今、なんでもするって言ったか? ほう……面白い……。いいだろう。術後を楽しみにしておくんだな!」


っち……いらないことを口走ってしまったか?


だがそれが功を奏したらしい。だとしたら、それで結構だ。


「……ということは?」


「ああ、さっそくガイアック。キサマの家に出向こうじゃないか。おい、レナ! 出張オペの準備を!」


「ですがギルド長、他の患者様が……」


「黙れ。そんなの、他の医師に任せておけばいいだろう。私は今、忙しい」


ダッカーは、まるで新しいおもちゃを与えられた子供のように、いきいきとはしゃぐ。


だがこれでいい。これで親父が助かるのなら……。


俺はもうどうだっていいのだ。

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