第12話 ※竜のお遊び



目前に金色の花が突如現れ、発光する。


くっ 両手で目を覆う。と、ヴィクトルが、出て行くのが気配で判った。


油断してしまった。

手を下ろすと、乱れたシーツが目に入る。

側にはヴィクトルが先程まで袖を通していた騎士服が無造作に置かれていた。

それを手にし、顔を埋める。

思い切り彼女の匂いを吸い込む。


甘やかな匂い。

ヴィクトルの……それだけで高ぶる。それだけで果てそうだ。

脳内が痺れて、


「ぅんっ……」


匂いだけで、本当に果ててしまって、苦笑する。

そうだな、この体はまだ清い。

上手く我慢が出来ないようだ。


逃げ出したヴィクトルは、誘導したように、自身を見つけるだろう。

それを想像するだけで……否、落ち着け。

明日を楽しみにしていよう。

リロイ家は男爵に戻り、ヴィクトルは私の婚約者となる。

私の姿に遠慮していたが、もう魂の年齢と同等の体に成長したのだから問題はない筈だ。


壁に掛けられた鏡の中の自身と目線が合う。


己でも、美しいと思う顔立ちと色。

体躯も、均等の取れた筋肉に、長身。

それなりに、満足だ。


開け放たれたままの小さな扉から外へ出る。風が裸体を撫で、心地よい。手に持ったままのヴィクトルの騎士服は持ち帰ろう。


二階から、そのまま地上に飛び降りる。


と、そこへ男が走って来た。


「誰だ?!」


剣を構え、私を威嚇する。


「私はアウローレンスだ」


「はぁ?」


まあ、判らぬよな。裸体の男が外を歩いていれば不審者扱いになるに決まっている。しかも、城内だ。


「第三王子アウローレンスだ」


再び名乗り、眼球に能力を乗せる。

竜の血族のみに現れる、縦長の瞳孔“竜眼”が現れている筈だ。


オッドアイに加え、これが有るから王族だとすぐに判る。


「はっ! すみません! アウローレンス殿下!」


すぐに剣を収め、敬礼する。


「名は?」


「はっ! アンス=バルト。第二第三王女様付き近衛隊長であります!」


「ではアンス、急ぎ私に何か衣服を持って来てくれ。急に成長したからな、元の服はダメになってしまったのだ」


「はっ!」


頭を垂れ、すぐに駆け出す。


ちらりと、私の手に握られた騎士服を一瞥したのを見逃さなかった。


アンス=バルト。

私と同じ程の長身、筋肉隆々の長たるに相応しい男だな。

顔は平凡。髪はエドガーを思わせる茶色で翠色の目の色。

だが、あれから、ヴィクトルの甘やかな匂いがほんの少し香って来た。


ヴィクトルはユーナセリアの護衛をしていた。成程、ヴィクトルの上司なのだろう。


そのまま立ち尽くし、ヴィクトルの騎士服に顔を埋める。

その甘やかな匂いは、それだけで興奮する。何度でも。




「あらあら」


女の声が聞こえて来た。

あぁ、嫌な女だ。


「貴方は……嫌だ、アウロなの?!」


第一王女である五歳年上の姉、ユースローゼだ。


夜間に、見れば男連れで、優雅に立っていた。

男は、婚約者殿か。

確か、又従兄弟である、竜の鱗を有した者だったと記憶している。

姉上の一歩後ろで頭を下げた。


「あら……」


私と同じオッドアイの目が、私の局部に落ちる。


「まあ。」


嫌な視線。だが、年上と言うだけで、滅多に逆らってはならない。その様な力関係。

元々、この姉上は、とても厄介な人物なのだ。


私が何も言わないのをいいことに、自身の犯したの殆どを私に擦り付けて来たのだから。


この姉上も、私よりは劣るが、濃い竜の血を有している。

それだけで、大抵の我儘は通る。

例え、人間を殺したとしても。


「ふーん。己の意思で成長したの? あぁ。あの、アウロがマーキングした女性騎士の為ね? いぃえ、からわざわざ年をとったの?」


だけど、と、開けっ放しのドアを見上げ、ふふふ。と、手にした扇で口元を隠し含み笑う。


「あらあら、逃げられてしまったの? 可哀想に」


扇をパチンと閉じて、それで私の起立した局部を下から上へなぞる。


「初めてなのだから、優しくしなくてわ、ね?」


閉じたままの扇の先端にぬるりと突き出した舌を当て、私の局部をそうしたように上から下へと舐り下ろした。


無駄に美しい見た目だ。

堪えたが、少し反応してしまった。

姉はそれで満足したように溜め息を吐き、扇を開いてまた含み笑う。


「お待たせしました!」


タイミング良く、アンスが駆け戻って来た。


「あぁ、感謝する」


この苦痛から解放される。シャツを受け取ると、羽織り、


「では、失礼致します」


と、アンスを伴い、私室に足を向けた。


姉上は何も言わなかったが、背に視線だけは痛い程に感じていた。






で、だ。

何故か私室まで着いて来たアンス。


成り行きとは言え、もう帰っていい。と、下がらせればいいだけなのだが、その普通に見えて挙動不審なアンスの様子に、思い当たることがあり、遊んでやろうと思い至った。

も、鍛えられるかもしれぬしな。



この、白シャツだけを持ってきた辺り……恐らく、奴の私シャツなのだろう。肩幅が大きく、局部をスレスレに隠す程度の長さ……


扉の側で立ち尽くしてる奴に体を向ける。


「このシャツはお前のか?」


右手で、右側の襟を引っ張ると、局部がチラリと見える。


「はい」


「このシャツだけを持って来たのか?」


「下穿きなどは、サイズが合わないと思い……」


目線が泳ぐ、頬が赤く染まり、息遣いも多少荒い。


衣服が無ければシーツで代用でもよかったろうに。


「お前は男が好きなのか?」


ほんのお遊びだ。

分かり易い人間は嫌いではない。


「意中の相手には、相手をして貰えなかったからな。お前がこの熱を下げてくれるか?」


翠色の目に熱が籠るのが見て取れた。

なるほど、この体は、男にも魅力的と見える。

ヴィクトルには、早急過ぎた。優しくしてやらないとならなかったのか……ヴィクトルは、「……」。と、続く言葉が言えなかった。

 


何故なら、言葉を良いように解釈したアンスが飛び掛って来たから。


本当に、面白いな。

この度の人生は―――……。




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