君が見たい海と俺のやり残した事

葉月

「つまらない人生だった」 


 ある秋の日。

「がんです」

俺、篠崎修二しゅうじは宣告を受けた。何気なくテレビで見た、芸能人が健康診断をする番組。ある芸能人が、肺がんと言われていた。俺は、それを見ながら笑っていた。まさか自分ががんとになるなど思って居なかったかった。

 何も考えられず、自分ことではないと言い聞かせていたが頭が真っ白でどこか上の空で何も考えられない。


「大丈夫ですか?」

 医者の声が聞こえ、我に帰った。医者は淡々と診断の結果を伝えていった。

「ありがとうございました」

 俺はそう言うと診察室から出ていった。廊下を歩きながら、さっき医者が言っていた事を思い出した。

「肝臓ですね。肝臓は沈黙の臓器といって、特にがんの症状などがなく、気づいた時には手遅れになっている事が多いです。それと……」

 一時間ほど話していたが、話が頭に入って来ない。唯一覚えていた事が、五年後生きている確率は二十パーセントも無いと言う事だった。

「余命五年か……」

 俺は、ため息をつきながら、帰路についた。

 一週間がたった。会社にがんのことを伝え、会社は退職という形になった。今まで、大学卒業後の二十五年間、仕事の毎日だった。上司のご機嫌を取ったり、成果を出して、昇進しようと努力していた。しかし、この一週間で全てが変わった。俺の二十五年間は、一千万の退職金に変わった。最悪な終わり方だった。仕事仲間も声を掛けてくれたが、会社を辞めてからは、関わりもなく、連絡もない。なんて、寂しい人生なんだ。

 俺は、そんな事を思いながら、治療の為、病院に治療に向かった。

 半年後。

「がんが全身に転移している」

と言われた。

治療していても効いている感じがなく薄々気付いていたけれど、言葉にして言われると絶望しかなかった。これまで思い返しみれば、つまらない人生だ。やり残した事すらも思いつかない。

「もう、いいです」

 俺は、そう言うと、医者に治療は今後、行わない事を伝え、部屋を出た。

 廊下を歩いていると、何かにぶつかって倒れそうになった。ふと足もとを見ると、女の子が倒れていた。

「大丈夫ですか」

 俺は、反射的に答えた。すると女の子は

「ごめんなさい」

 と言い、去っていった。悪い事をしたなと思いつつ、ふと足元に目をやると、なんだかノートが落ちていた。拾ってみると

 『西本海風うみか

 そう書いてあった。もしかして、さっきぶつかった女の子の物かも知れない。俺は、受付の人に名前を言って部屋を教えてもらった部屋向かっている途中、日記の中身が気になった。興味があり開いてみた。そこには、

『生きてるうちにやりたい事』

そう書いてあった。読み進めてみると、この持ち主の西本海風は、幼い頃から、心臓が悪く、この病院でずっと入院していると言う内容のことが書いてあり、二百個以上のやりたい事が書いてあった。自分には、やりたい事などここ二十五年考えたこともなかった。でも、今考えたところで、もうすぐ死ぬのに意味が無いと思いながら、読み進めた。ふと、最後のページに目が止まった。そこには、大きな文字で、

『海を見てみたい』

そう書いてあった。俺は、その文字に興味を持ったが、部屋の前に着いたので急いでノートを閉じて、ドアをノックした。

「すいません。西本さんいますか?」

看護師さんが出てきた。

俺は、さっき起こった話をした。

すると奥の方から女の子が出てきて泣きながら

「見つかったー」

と叫んでいた。

俺は慌ててノートを渡すと、女の子が笑顔になった。良かった。大事にしていたものなんだな。と思い、部屋を後にしようとした時、「ありがとうございます」

そう元気な声が聞こえた。


季節は夏になっていた。がんが全身に転移してから約1年がたった。外では、蝉が鳴いており、夏本番の季節になってなんだか騒がしい。体調はどんどん悪くなるばかりで、もう長くは無いと自分でも分かっていた。自分で治療は行わないと言っておきながら、やっぱりやっておけば良かったと思う時もあり、もう一度病院に行って、診てもらおうとしていた。歩いていったので少し病院内のベンチで休憩していた。やっぱり暑いので何か涼しい事を考えようと、スマホに手を伸ばした。調べいると、海の特集記事が出てきた。海なんて子供の時以来行っていないないな。昔のことを思い出していると隣の方から声が聞こえてきた。

「それ、海ですか?」

小さな声が聞こえた。隣を見てみると、女の子が座っていた。俺はびっくりして立ち上がった。

「ごめんなさい。急に声をかけて」

女の子が謝っていた。前にもこんな事があった気がするがなんだろう。俺は違和感を覚えながら、

「大丈夫だよ。どうしたんだ」

と声をかけた。すると女の子は恥ずかしがりながら答えた。

「その、スマホに映っているものって、海ですよね?」

俺はスマホに目を向けた。さっき見ていた、海の事を言っているのかと理解して女の子に説明した。女の子は、さっき恥ずかしがっていたが、話すにつれてどんどん声が大きくなっていった。

「私、一度海を見てみたいんです。このノートに小さい時から、自分のやりたい事を書いてて…」

女の子は、ノートを見せながら話していた。あれなんだか見覚えがあるノードだなと思い、見てみると、名前のところに

西本 海風うみか

と書いてあり、思い出した。

この女の子、一度会った事がある。あれは、一年前くらいに、病院でノートを拾った時に、あったあの女の子だ。女の子の方は俺を覚えていないいようだった。一応、自己紹介をしようと思い、

「篠崎修二です」

と女の子の話が終わったタイミングで言った。すると女の子は、

「急に名前も言わないで話し始めてすいません。西本海風です。今年で16歳になります。海風と呼んでください。」

やっぱり半年前に会った女の子だった。

そのあと一時間くらい話して、別れた。それから一ヶ月間毎週、海風に会いきた。

一ヶ月後、海風はベンチに座っていた。

「私の夢は海を見る事なんです。私の名前って海風なので、名前に入っている海がどんなところなのか、見てみたいと思っているんです」

と話し始めた時に海風はいった。

「小さい頃からの病気で入院していて海はどうしても遠いので見えなくて一度見てみたいんです」

と話した。

「俺も病気で前まで治療していたんだけど、今は治療していないんだ。今は元気で生活もできているから、海風も絶対に海を見れるよ」

と俺は言った。元気だと少し嘘をついていたが、治療していないのは本当なので、海風を励みそうとした。

「そうなんですか!私も病気で治療しているんですがど、治る見込みが少ないと小さい頃から病院の先生や親に言われていて、篠崎さんは治ってよかったです!私も頑張ります」


がんは治っていないが海風を励ませて良かったと思った。

帰り際に俺は言った。

「今度、海でも行こうよ」

自分がいつ死ぬか分からないが、今度があれば一緒に行こうと思い海風を誘った。

すると、意外な答えが返ってきた。

「すいません。今度手術があり1年間病院の外に出れないんです。それに、親や先生にこの病院から出てはダメだと言われて、私は今すぐにでも海を見てみたいのに大人たちが行くなと言うんです。」

そうか、海風は今まで病気でどこにも行った事がなく、自分の見たいものも見に行かないのか…。俺は考えた、もう、俺は長い命では無い。最後に自分のやり残した事をやろう。そう決心して言った。

「じゃあ、今から行こう。」

俺がそういうと海風は目を丸くして、涙を流しながらこう言った。

「はい!」

そうして、俺たち二人は海に向かうことにした。スマホで見ていた、沖縄の海だ。すぐに、チケットを取り飛行機に乗り沖縄に向かった。時間が時間なので、着くのが夕方になってしまうが、夕日の海が観れるだろう。

時間は経ち沖縄に着くと、海風が言った。

「ありがとうございます。海に連れてくれて」

海風は言った。

「それは、海に着いたから言ってくれ」

俺たち二人は笑いながら沖縄の海に向かった。海風は暑さをものともせず目を輝かせながら歩いていった。海の近くまで来た時、

「ここからは、海まで目をつぶって行こうよ。その方がいい気がする!」

二人は海に向かった。

波の音が聴こえる。潮の匂いが鼻にくる。砂が足について行く。目をつぶっていると普段何気なく聴いている音や匂い感触がより伝わってくる。

「海風もうそろそろ海の近くまで来るぞ!」

俺は声をかけた。

「すごい…。波の音が聴こえる、思っていたよりも大きくて綺麗な音。」

海風は静かに、波の音を聞いていた。

「そろそろ目を開けようか?」

俺は海風に言った。

「分かった。やっと、夢だった海を見れるんだ!」

興奮を抑えたような声で答えた。

俺と海風は一緒に目を開けた。

夕日が金色に染まっていて、海に反射している太陽が海を茜色に染めていた。

隣にいる海風に声を掛けようとしたが、泣いている声が聞こえたので、そのまま、三十分くらい一言も喋らずただ、茜色に染まっている綺麗な海を見ていた。

海風が話し始めた。

「私、篠崎さんにあった時、何かあるんじゃないかと思い始めたんです。一年くらい前に一度、病室でお会いしましたよね。あのとき、何か感じたんです」

海風も覚えていたのか。なんだか嬉しかった。

「今、海を見て、とても綺麗だと思いました。今までは本や写真でしか見た事がなかったけど、予想していた何倍も綺麗でびっくりしました」

海風が続ける。

「篠崎さん。ありがとうございます。海に連れてってくれて」

そう海風はそう言った。

今まで人に感謝された事など数えるほどしかなかった。今までの人生はつまらないと思っていたけれど、俺はこのために、この海風にありがとうと言われるためにいたのだと思った。

海風の顔はとても笑顔で、なんだかスッキリしている顔だった。

夕日が沈みあたりが暗くなった。

俺は言った

「いい人生だった」と。

波の音が聴こえる中、俺はそっと目を閉じた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君が見たい海と俺のやり残した事 葉月 @hazy_no

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ