そのくらいの痛みなら、すでに体験している

ちびまるフォイ

一生残る痛み

「いてっ」


紙で指の先を切ってしまった。

一瞬だけ指先に「10」の文字が浮かんで消えた。


「今のは……?」


なにか見間違いか気のせいだと納得させ、

絆創膏を探そうとしたときタンスの角に小指をぶつけてしまった。


「あいったぁぁ!!」


思わずうずくまったとき、足の小指から一瞬「55」の数字が出て消えた。

やっぱり気のせいじゃなかった。


自分の仮説を確かめるため、拳を壁にうちつけるとまた数字が出た。

今度は「32」。


「まさか……ダメージ表示されてるのか……?」


紙で指を切るのより痛く、小指をぶつけるより痛くはない。

それが数字となって見えていた。


この数字が見えるのは自分だけのようで、

街にでかけてわざと痛い思いをしても数字の表示に目をやっている人はいない。


ふと目をやると、「100」「172」「136」とダメージ数字が風に運ばれて目に入った。


数字が流れてくる方向を見ると歯医者さん。

ぴったり入り口は閉じられていても中から子供の悲鳴と高音ドリルの音が耳に届く。


目にはダメージの数字が出たり消えたりするのがわかる。


こうして数字となって見えるようになると、逆に気になるのが自分の限界。


「俺の最大の体力ってどれくらいなんだろう」


自分の限界を知れば、これ以上はダメージを受けられないと自分を守ることもできる。

足つぼマッサージへいくとマッサージ師さんに細かい注文をした。


「本当にやっちゃっていいんですか?」


「ええ、お願いします。とびきり痛いやつを」


「わ、わかりました。では……ふんっ!」


「あだだだだ!! ぎゃああーー!!」


マッサージ師さんはアフリカ象でも昏倒するほどの痛いツボを押してくる。

「4000」とか見たことないダメージ数値が目に飛び込む。


「お客さん、これ以上は無理ですよ!」


「いいえ、自分の限界を知るためには必要なんです! もっとやってください!」


「ドMかあんたは!」


「ぐぎゃああーー!! 痛いーー!!」


その後もどんなに痛いツボを押しても、自分の体力が尽きることはなかった。

尽きたのはむしろマッサージ師さんの体力だった。


「これだけツボを押しても気絶しないなんて、あなたすごいですよ……」


「知らなかった。自分にこんな特技があるなんて!」


自分の限界を知る過程で明らかになった長所。

これを生かさない手はない。


自分から売り込んだかいあって、テレビのバラエティ番組へ出演が決まった。


「さあ、ということで今日は痛みに強いという激痛三銃士を連れてきました!」


「うっす、よろしく」

「よっす、どうも」


「負ける気がしません!」


番組ではさまざまな痛い体験をさせて我慢できなくなった人から離脱するという。

自分が体験する前に、ゲストの芸人さんが熱湯風呂や痛い足つぼマットに乗って実演する。


「いたたたた!! こんなの耐えられないよ!!」


みんな芸人さんのリアクションに目を奪われている。

自分だけは芸人さんから発せられるダメージ数字を見ていた。


(420くらいの痛み、か。だいたい小指ぶつけたくらいか)


事前に数字を見れば過去に感じたダメージを割り出せる。

ダメージを受ける前に規模感がわかるので覚悟も作りやすい。


「それでは激痛三銃士に受けてもらいましょう!!」


自分たちのパートとなった。

いざやってみると、予想通りのダメージで驚きはない。


「す、すごい! 激痛三銃士のうちのひとりだけが涼しい顔をしています!!」


人間の体は不思議なもので事前に「これだけ痛い」がわかれば耐えられる。

いきなりビンタされるのと、カウントダウンしてからビンタされるのとでは天と地の差がある。


「はっはっは。どんなダメージでもどんとこいです」


スタートこそ深夜のマイナーバラエティだったのが、

自分の我慢強さはしだいに話題となって引っ張りだことなった。


番組が用意したさまざまな激痛トラップにも耐えられてしまう。


激痛を体験すればするほどにダメージ数字のストックが増え、

「ああだいたい〇〇と同じくらいの痛さか」と把握できていく。


経験が増えるたびますます痛みに強くなっていく。


「どうだ。俺に限界はない! 俺の体力は無尽蔵だーー!!」


テレビカメラに向かって高らかに宣言した。

どんなに痛みを重ねても自分の底が見えることはなかった。


その日の収録終わり。


帰り道を歩いていると、小さな女の子が泣いていた。


「どうしたの? こんな遅くにひとりで出歩いちゃ危ないよ」


「お母さんとはぐれちゃったの……」


あたりを見回しても母親らしい人はいない。

この近くは街灯も少なく、人通りもまばらなので放っておくわけにもいかない。


「それじゃこの先に交番があるからそこまで一緒に行こうか。

 きっとお母さんも探していると思うから。

 交番でならきっとお母さんと会えるよ」


「うん……」


はぐれないように手をつないで交番まで引率する。

暗い夜道の孤独感からか女の子はますます泣きじゃくる。

交番が見える頃には大泣きだった。


「あれは……?」


交番にはすでに母親らしき姿が見えた。

暗闇から大泣きする娘の声を聞きつけると、すぐにこちらへ駆け寄った。


暗がりに娘の手を握る男が目に入るや母親は叫んだ。


「私の娘をどこに連れていくつもり!? この変態犯罪者!!!」




その瞬間、自分の目の前に「9999」と赤い数字で表示された。



ショックで倒れたらしく次に目が覚めたのは病院だった。


「あの、看護師さん……」


ベッドそばにたつ看護師さんに声をかけた。


「俺ってどこか怪我してますか?」


「いえ? どこも怪我はしていませんよ」


「変だなぁ……」


「変ってなにが?」



「なぜか、さっきから赤い数字のダメージ表示が消えないんですよ。

 ずっと胸のあたりから同じ数字が出っぱなしなんです……」


俺の頭にはまだあの母親の言葉が延々と繰り返されていた。

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