おひめさまが包丁ほうちょうもどってくると、部屋へやのドアがセンチほどひらいていました。真顔まがおのおひめさまは、ドアを包丁ほうちょう刃先はさき使つかって、もうすこしだけけてから室内しつない様子ようすをうかがいます。


 部屋へやにはだれもおらず、らされた痕跡こんせきもありません。6畳間ろくじょうまのいつもの景色けしきだけが、平穏無事へいおんぶじえました。おひめさまは、真顔まがおのまま安堵あんどのためいきくと、包丁ほうちょう廊下ろうかほくげて部屋へやへとはいっていきました。



 施錠せじょうませたおひめさまは、なにかなくなってはいないか、いろいろと確認かくにんはじめました。ぬいぐるみや衣服いふく下着類したぎるい、どれひとつけてはいません。勉強机べんきょうづくえしにしまってある、鍵付かぎつきの日記帳にっきちょうもちゃんとあります。


 ふと、何気なにげなく本棚ほんだなれば、どこか違和感いわかんおぼえました。そうです。おひめさまが大好だいすききな、海外かいがい童話どうわがたくさんかれている古典こてん文学ぶんがくほんです。そのほんおさまっている位置いちが、なんと、いつもとちがっていたのです!


 おひめさまは、もと場所ばしょもどそうとしてほんりましたが、ねんのためになか確認かくにんしてみました。

 すると、どうでしょう。ちょうどなかすうページぶんから乱暴らんぼうやぶかれているではありませんか!


 それは、大好だいすきな古典こてん文学ぶんがく冒涜ぼうとくする行為こういでした。はらてたおひめさまのほん両手りょうてふるえます。いったいだれがなんのために……こんなひどいことをするだなんて、おひめさまへのいやがらせなのでしょうか?


 部屋へやこもったなぞ人物じんぶつは、海外かいがい童話どうわがたくさんかれている古典こてん文学ぶんがくすうページぶんだけをり、どこかへとえたのでした。


 あおざめた顔色かおいろのおひめさまは、やぶかれた古典こてん文学ぶんがくほんをそっとつくえいてから椅子いすにすわり、しをけて大学だいがくノートをしました。


 なにもかれていないしろ大学だいがくノートをひらくと、おひめさまはペンケースからくろいボールペンをって、やぶかれたページにかれていたであろう文言もんごんうつはじめました。おひめさまはなん百回びゃっかいとそのほんんでいたので、一語いちご一句いっく丸暗記まるあんきしていたのです。




 正確せいかくうつえたおひめさまは、深呼吸しんこきゅうをしてから、やぶかれたページとおなじように大学だいがくノートを器用きよう千切ちぎって、それをセロハンテープでほんけました。


 修復しゅうふくえた古典こてん文学ぶんがく本棚ほんだなもどされたとき、また6畳間ろくじょうまにおひめさまのおなかおとひびわたりました。まどそとからは、新聞しんぶん配達はいたつのバイクのおとこえてきます。そろそろ、よるけそうな時間じかんになっていました。本当ほんとうにおかあさんはどこへったのでしょう?


 おひめさまは、すわったまま勉強机べんきょうづくえ一番下いちばんしたしをけると、そこから大袋おおぶくろはいっていた個包装こほうそうのお菓子かしして、中身なかみ一口ひとくちかじりました。


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