第58話

 あのあとは本当に――――本当に大変だった。

 俺は泣きじゃくるマオをなんとか見つけてなんとかなだめて、ようやく一段落したと思ったら、今度はフーフー猛獣みたいにキレ散らかしたミツルをどうどうと落ち着かせなければならなかった。どうもトモノヒ教では混浴がデフォらしい。なんてすばらしい。さすが俺たちの総理大臣だぜ。


 とりあえず二人を別々の部屋にしておくのも心配だったので、同じ部屋に押し込んで俺は自分の部屋のベッドに転がった。あー疲れた。

 ごろごろ。

 ごろごろ。

 ごろごろ。

 ぴたっ。

 俺は転がっていた体を止める。

 身も心も緩むと腹が減るのはなぜだろう。

 そういえばトルカに来てから何も食べていない。


 しかたない。ルームサービスでも頼もう。俺はベッドからひょいっと立ち上がる。ルームサービスはなくても食堂くらいはあるだろう。

 そこでふと、窓の外が目に入る。

「そういや祭りの夜だったな」

 眼下で広がる夜店の群れに、俺は飛び込むことにした。

 

 パレードというのは、言うならば祭りだ。現地民だけじゃなく、余所者もいっぱい来ることであろう。自然、それを目当てに露店が発生する。

「この世界にもテキ屋がいるんかねえ」

 しみじみと呟きつつ、俺は夜道を歩く。一連の騒動で総教皇からお触れがあったらしく、外出しても特に門番には何も言われなかった。顔パスだ。


「お?」

 祭りに繰り出すためか、はたまた商売にならないためか、続々と店じまいする商店街の一角の店の前に、見慣れたものが立てかけてあった。


「ああ、それな」

 懐かしがっていた俺に気づいた店主が片づけをしていた手を止め、こちらを見ていた。

「文字通り掘り出し物で、高値で売れるかもと期待したんだが、異端技術だって鑑定されてな。店にも置いておけないんで捨てちまうんだ」

「それはまた」

「悪いけど捨ててきてくれないか。駄賃やるから」

 断る理由もないので、了承する。


 俺はそれを拾い上げ、チップを受け取った。

「持ってるだけでもどんな因縁つけられるかわかったもんじゃないからな。厄介払いできて助かったよ」

「いえいえ」


 俺は小銭を懐に、細長いそれをくるくる回した。先端にかぎ爪のついた鉄の棒。釣り針を大きくしたような形。何度か見たことはあるが、実際に手にするのは初めてだ。


「ところでこれどういうつもりで仕入れたんですか?」

「え? 鈍器だろ?」

「あたらずといえども遠からずですな」

「?」


 首を傾げる店主に別れを告げ、俺は祭りの会場へ歩を進めた。

到着した俺を迎えた光景に、妙な懐かしさを覚えた。本当に祭りの日の屋台みたいだ。まあ前世じゃ金もなくて価格設定も強気だったからロクに食っちゃいなかったけど。


 パレードで使ったメインストリートがそのまま露店に使われていた。両端には屋台が、中央にはイートインスペースとしてテーブルと椅子が並べられている。卓上にはパンフレットが置いてあり、どこで何が買えるか書いてあった。


「はてさて」

 どっかり腰を下ろし冊子を開く。苦悩と躊躇でうろうろした視線がメニュー表を下に滑り、視界に見知った赤色が乱入した。

「…………」


 なんか行く先でよく会うな。

 相変わらずの腰まで届くツインテールを揺らし、少女は俺を見上げた。

 俺は指先に火を灯す。すると向こうも指先を発火。


 俺が自分の火のついた指を相手に向けると、合わせてきた。

 お互いの火の玉がくっつき合わさり、一つの炎となった。

 ト・モ・ダ・チ。


 謎のコミュニケーションを済ませた俺はメニュー表に視線を戻す。

「…………」

 眠そうな目は依然として俺を見ている。なんだろうか。△の口は何も言わない。

 メニューでも見たいのだろうか。


「ここに載っているものを店で頼んでここで食うのさ」

 軽い説明して渡す。まあ他の席にもメニューはあるし。

 何を思ったのかは知らんが、少女は冊子を抱えて走っていった。夜店目当てに来たのだろうが、付き添いの親はいないのだろうか。ひょっとして迷子だろうか。迷子センターなんてあるのかな。


 うーむ、と唸っていると、少女が戻ってきた。その小さな手には屋台で買ったであろう食べ物がいっぱいだった。それを置いたと思ったら走っていき、またそんな感じで戻ってきた。それを数往復。


 なんかの野菜と肉を焼いた串焼き、焼きもろこし(本当にトウモロコシかは定かではない)、飴っぽいの、お好み焼きとたこ焼きのあいの子のようなの。

 とりあえず、いかにも縁日ですといった風情のフードがテーブルを埋め尽くした。


 これはひょっとして、恩返しというやつでは。

 俺は直感した。今朝ご飯をおごったからな。一飯の恩を返したいのかもしれない。いやー情けは人の為ならずとはいうが。

 うんうんうなずく俺は、席についた少女に微笑む。


「それじゃ食べようか」

 その言葉を待っていたとばかりに少女はがっつく。相変わらず凄まじき食いっぷりだ。この体のどこにそんなキャパがあるのか。おっと、見てるばかりでは腹は膨れん。俺もひとつ……


 うまい! うまい! うまい!

 働かずに食うタダ飯のなんと美味いことか。相変わらず味覚的にはお粗末なものだが、精神的には満たされる。


「うまいかい、あんちゃん」

「うまい!」

 背後からの声にそのままで応じた。ここで正直に「あんまりうまくないですね!」なんて言ったら無粋だ。おごってくれた少女に失礼ではないか。


「そうかい、それはよかった」

 そのときになって俺は振り返った。さて、改めて状況を説明すると、人混みでガヤガヤやってる縁日の中である。何が言いたいかと言うと、俺の背後に強面のオジサンたちがずらりと並んでいることに、ようやく気付いたのだ。


「お代」

 人を殴り倒すのなんて日常茶飯事さ、みたいな手がいっぱい差し出される。いやしかし、人となりってのは手に表れるってのはほんとだね。どう見ても荒くれそのものだもん、この人たち。


 話を聞くと、少女は支払いは後で俺がするから、先に飯だけくれとのたまったそうだ。大量注文だけに、扱う金も多いから、店としても他の客をさばいてからの方が都合がいいと了承。そして客の流れも落ち着いてきたから金を改めてもらいに来たと……


 あれ? これ俺タカられてね?

 当の少女はどこ吹く風で黙々と貪り食っている。

 まあ、知らぬとはいえ俺も食っちまったし……知らぬとはいえ……

 

 俺はしぶしぶ懐から所持金を取り出し、店主たちから金額を聞いて、

 青ざめた。

 まったく全然これっぽちも――

 足りてましぇーん。


 思えば最初の街以外金策もなくずっと使ってただけだからな。旅館か。旅館なのかな。あそこでケチっておけば払えたんじゃ……

 これはイベントバトルか。いや逃げよう。こんな数のヤバそうなオッサンたち相手にできるか。


「? お代……」

「まだ子供が食べてるでしょうが!」

 一喝して時間を稼ぐ。しかしどうするかな。


『選任勇者直々に夜間巡回とは頭が下がります』

『眠れなくてな』

 俺が頭と目をぐるぐるさせていると、なんか聞いたことある声が耳に入ってきた。チラ見すると、少し離れたところにさっき案内してくれた警備兵とさっき見せ物になっていた勇者がおった。


 キュピピピーン。

 俺に電流走る……! 起死回生奇策の一手……!

「あの勇者が払います」

 俺は指さした。

「あいつ俺のマブダチなんすよ。もう、俺のためなら命も投げ出すような仲なんですよ」


 オッサンたちは一斉に勇者を見て、首を戻して一言。

『うそつけ』

「いやいや。マジ。神に誓って。あいつと俺の間には切っても切れない縁が。俺たちの絆は誰にも切れない」

『うそつけ』


「彼の言っていることは真実です」

 するとオッサンの群れの横合いから一人のインテリっぽいのが来た。

「あんたは近所の神父様じゃねえか」

 オッサンの一人の説明台詞。


「彼は『神に誓って』と言いました。これはトモノヒ教徒の真実の呪文です。この呪文を詠唱以後、虚偽と自覚していた事実を発言した場合、激痛や錯乱といった症状が発生します。しかし、彼には何の異変もない。つまり、彼の話は真です」


『そういえばそうだな』とオッサンたちはうなずく。マジかよやべえな、あの糞宗教。そういえば神様に見せられた裁判でもそんなフレーズあったな。ただ、あんな拷問されまくったあとじゃ異常なんてぱっと見わからんし、そもそも処刑前に破門されてる可能性だってある。それでも民衆はそれが真実だと信じて疑わないんだろうな。おめでたいことだ。


「通常は裁判限定の呪文ですが、日常生活でも適用されますからね。間違いないでしょう」

 神父様は太鼓判をおしてくださった。言うまでもなく、俺はトモノヒ教じゃないのでそんな糞みてェな呪いは効いてない。


 騙された店主たちは俺から勇者へロックオン先を移す。

『神父様がそう言うならそうなんだろう』

『ここでグダグダやっても商売あがったりだしな』

『みんな請求書は持ったな! 行くぞォ!』


 ドドドドドドドドド。地鳴りでもするような重さと速さで店主たちは勇者に突撃していった。

「神父、あんた最高だよ」

「いえいえ。聖職者として当然の行いをしたまでですよ」

 俺が指で弾いたチップを彼は受け取った。さっきもらった駄賃をプレゼントである。


「さてと」

 俺は袋で自分の分け前を包む。それから――――

「食え! 今のうちに食えるだけ食っとけ!」

 俺の応援に少女はターボがかかったのか、手をさらに高速で動かし吸い込むように残りの食い物を腹に収めていく。●―ビィかこいつは。


「よし、ずらかるぞ」

 テーブルの食い散らかしたのをそのままに、俺は右腕に少女を左腕に食い物が入った袋を抱えて走り出した。

 オッサンの取り立てに囲まれてる勇者を尻目に、俺は雑踏に飛び込んだ、あとはこのまま姿をくらませば万事丸く収まるってもんよ。


「って、あれ?」

 人の波に流されていると、いつの間にかあの子がいなくなっていた。キョロキョロ見ても見つからん。まあいいか。親のところにでも戻ったんだろう。どっちにしてもこのままお持ち帰りしたら俺が捕まるし。


「ただいま」

 教団本部に戻った俺はマオとミツルを押し込めた部屋の扉を開いた。うわっ、空気重っ。明かりくらいつければいいのに。

 薄暗い部屋でマオは窓を見てふさぎ込み、ミツルはイライラして時々壁ドンしてる。


「はい、それじゃミーティング始めるよ」

 備え付けのテーブルにランプと料理を並べて手をパンパン叩く。

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