第49話
俺たちは大通りに出た。そこは荒縄で脇道と本道が仕切られていて、俺たちは脇道の見物客の一部になった。本道と脇道を仕切るのは荒縄だけでなく、その内側には聖職者らしい黒衣の人間が一列に並んでいる。黒いカーテンでも頭からかぶったような見た目だ。
「現役の勇者候補生ですよ」
俺の視線を追った案内人の警備兵は言った。
「皆さん当代の勇者に勝るとも劣らない実力者ですよ」
つまりはスペアか。
俺は見回す。
この大通りはトルカの正門と直結しており、このまま右折して真っ直ぐすれば正門から出られる。左は大広場となっており、いかにもといったお立ち台が用意されている。
「もともと、選任勇者の任命や宣託は教団内部の人事にすぎません」
そりゃそうだ。
「しかし、ここでは選任勇者とは希望であり、象徴なのです。結果、こうして対外に公表する行事が自然発生することになったのです」
そりゃここはトモノヒ教の総本山。そこで大抜擢された勇者がどんな人間かは最大の関心事だろう。無味乾燥な発表よりは、こうやって大々的にやった方が盛り上がるし教団の威信の誇示にもつながる。
プロパガンダというやつだ。
右奥から歓声がこだまする。
始まったか。
「始まりました」
そいつはなんというか、いかにもVIPといった感じだった。まず一〇人の真っ黒な勇者スペアが円形で囲い、そいつは中心にいた。そいつの左右にはガタイのいいおっさんと趣味の悪いローブを着た女がいた。わかりやすい前衛職のタンクと後衛職のマジシャンだな。
左からもどよめきが。
見れば、お立ち台に一人の男が立っていた。
マオが息をのみうつむき、俺は目を伏せた。
「総教皇猊下」
警備兵の信教しきったつぶやき。
「いつ見ても神々しいお姿だ」
夢で見た姿そのままで、そこにその男はいた。
勇者一行はやがて総教皇のもとまでたどり着き、勇者のそいつ以外は跪く。唯一、勇者のそいつだけが壇上に上がり、周囲を見下ろす。
聞いた通り、そいつの年格好は俺たちと同じくらい。紫を基調とした、いかにも勇者ですといった服装で、背中には緑色のご立派な剣がある。俺の着てるレプリカと違って、あれはそいつ専用にあつらえられた本物の勇者服だろう。
民衆の歓喜や期待、畏怖や敬服のうねりは、総教皇が両腕を高くかざすことで止んだ。
「皆々様」
よく通る、低く重たい声。それは、俺もよく知った声。夢で聞いただけではない。もっと前から、その声は、メディアを通して俺に届いていた。
「ご機嫌麗しゅう」
いかにも政治家然とした笑みに、何か霊験あらたかなものでも感じたのか、近くの信者がすすり泣くさまが見える。ずっとフードをかぶり下を見ているマオとは対照的だった。
「皆様のたゆまぬ信仰により、今日という日を迎えられたこと、まことに感謝いたします」
総教皇の目線が民衆から隣の勇者に移る。
「ご紹介いたします。彼こそが我らの代表者。教団の剣となり、光となる者――勇者でございます」
そいつは一歩前に出た。
「バロン・ルメド・スーフィ・ラフォン」
そいつの目は、眼下の人間を誰も映しちゃいなかった。仏頂面で、石ころでも眺めているようだった。
実際、その通りなのだろう。
見下ろすそいつにとっては俺たちは石ころで、見上げる俺たちからすればそいつはお星さまなんだ。ほとんど同じもののはずなのに、その高み低みが価値や優劣を決める。
権威。
社会か政経の授業で、そんなことを聞いた気がする。
俺が戦わなきゃいけないのは、そういうものかもしれない。
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