第33話

 白くやせ細った髪はまばら、皮膚のあちこちが剥がれているか不自然に固まっている。爪は無事なものが一枚もない。失明か、視力が著しく低下しているのか、焦点がはっきりしていない。あの目には何も映っていないのだろう。


『え……? なに? どうして?』

 理解が追いつかないのか、現実が受け入れられないのか、少女の反応は困惑一色だった。先に聞いていた俺でさえ気が滅入る光景だ。無理もない。


『お父さん……? お母さん……?』

 処刑場にまた一人誰か現れた。格の高そうな修道服を身にまとった……神官だろうか?

『傾注!』

 その神官が声を張り上げ、何やら懐からA4くらいの紙を取り出し読み上げる。

『この夫婦、周辺の村々の井戸に猛毒を混入させ、犠牲者多数! また、魔族とも手引し集落を襲撃させ、残った金品を売りさばき――――』


 つらつらと、これでもかと盛られた罪状の数々。たいした期間もないが、マオの両親がそんなことをするとは到底思えない。

 濡れ衣。

 冤罪。

 そうとしか思えなかった。


『――――以上の罪過、《神に誓って》相違ないか!』

 父親のひび割れとうっ血だらけの唇がゆっくり開く。俺は思わず目を伏せた。

『《神に誓って》……間違い、ありません……』

 精一杯、絞りきって、それでも足りずに更に絞り出したような声。拷問の末、衰弱しきり、もはや肯定するしか許されず、そこまで追い詰められ……


 それでもまだ、彼らの虐げは終わらない。

『殺せ!』『殺せ!』『殺せ!』

 罪を認めたことで、民衆に火がついた。怒号と怨嗟の絶叫が場内に反響した。


『悪魔の手先め!』

 投げられた石を避けることもせず、傷と血がまた増えた。

『静粛に!』

 木槌が叩かれる音が数回あって、少ししてから有象無象の声がやんだ。


『判決を下す!』

 処刑台のそば、裁判官席とでも呼ぶだろう場所に腰かけた男は木槌を片手に民衆や俺たちを見上げる。おそらくはあの男が裁判長なのだろう。

『死罪!』


 俺は足元の石を拾い上げようとして――失敗した。手が通り抜ける。うるさい群衆か神官にでもぶつけてやろうと思ったが。

「無駄じゃ」

 視線は処刑場のまま、老人は俺に忠告する。


「おぬしの姿がここにいる者に見えぬように、おぬしはここでは干渉できぬ」

「タイムスリップ……時間遡行じゃなくて、あくまで過去の映像を俺に見せてるだけなんだな」

「さよう」


 やっぱりか。タイムパラドックスなんて知ったことかと阻止したいところだが。

『これより罪人に処刑を執行する!』

 結局――わかりきっていたところだが――俺は救えなかった。


 拷問の果てに背信者と罵られ殺されたマオの両親も。

 大斧が振りかぶられ、ようやく両親の運命を悟り泣き出すマオも。

 目の前で繰り広げられる凄惨のすべてを微笑でもって済ませた総教皇も。

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