――――これは勇者が魔王を倒す物語
成実ミナルるみな
プロローグ
「おぬし死んだぞい」
初っ端から飛ばしていくなあ。
六畳間の和室。円形のちゃぶ台を挟んで座る老人は日本茶を啜る。ねえ俺の分は?
「それでな、今後の段取りじゃが」
長い
「あ、茶柱」
「転生する?」
「いや、まあ、できるなら」
「チッ。ええと、それじゃあの」
めっちゃ面倒くさそうに、老人はそばのタンスをあさり始めた。舌打ちしたよね、今。
「手続きめんどくさ……成仏なら消せば済むのに……」
声に出てるぞ神様。
「現世に転生するとしても、記憶や人格は初期化されるからの。おぬしの生前の徳じゃ生まれる先は選べんし、庶民のあたりから無作為に」
「それなんですけどね」
契約書らしきものとパンフレットを並べる神様に俺は待ったをかけた。
「ほら、最近異世界ものって流行ってるじゃないですか。ああいうの出来ないんですか?」
うわ。ものすっごく嫌そうな顔してる。
「一応可能じゃよ」
「じゃあそれで」
「取り消せないぞ。世界の選択もできないぞ。先の保証は一切しないぞ」
暗にやめろという警告の数々。これが心配じゃなくて、ただ単純にこの老人が面倒なだけという意図だとわかる。
「誰が始めたか知らんが……最近はそればかりで余計な仕事が増える一方じゃて」
ほらね。
越境手続きがどうのとか、異界転生許認可の申請だとか、人格・記憶の保全とか、言語の共通・転換作業だとか、現世転生じゃ一枚で済む書類を何枚も書かされた。そのチェックや用意もしなきゃならんから、そりゃ神様も嫌がるだろうな。
「話は以上じゃ。がんばっての」
まとめた書類をトントンしながら神様は形だけの励ましをした。すげえお役所仕事だったな。
「入ってきたふすまとは逆のふすまがあるじゃろ。そこを通ったら転生完了じゃ」
老人は入ってきた方を指差し、向かいの方へ指を滑らせる。
「ああ、はい」
…………。
…………。
…………。
「何じゃ」
立ち上がり、いつまでたっても動かない俺に向けられる年老いた視線。
「いや、なんか餞別というか……」
「は?」
「あ、向こう行ったら装備されてる感じですかねこれ」
「ないわ。そんなもの」
真正面からぶった切られた。
「最初に言ったじゃろ。世界は選べぬと。ここでチートアイテムだのチートステータスだの与えれば、おぬしのために当該世界の理そのものを書き換えなければならぬじゃろ。なんでそんな面倒――――もとい、不条理なことをしなければならぬ」
急須でお茶を補給しながら神様は続ける。
「そこまでの便宜を図るとすれば、生前の善行や偉業が多大であった場合じゃ。ろくに天寿を全うすることすらできず、たいしたこともしていないおぬしにそこまでする道理などないわ」
神様つめたい。いや、まあ、返す言葉もないのは事実だけど。
「む」
そこで、ふと神様は何かを思いついたように自身の髭を撫でる。
「が、まったく譲歩する余地がないわけでもない」
「はあ。と言いますと」
「働かざる者食うべからず。要求する者はそれに伴う対価を支払わねばならぬ。何もしていない者が欲するのであれば、何かを成させねばならぬ」
「えーと、俺に何をしろと」
転生前にここまでもたつくやつも珍しいだろうな。
「おーい」
老人はどこからともなく取り出した杖で、壁をどんどん叩く。
数秒待つ。
しばらく待つ。
「……あの」
俺が口を開くのと、老人が背後のふすまをガラリと開くのはほぼ同時。
「呼んどるじゃろ! ミツル!」
「るっせーな……んだよ……」
出てきたのは、ギャルだった。
もう、そう言うしかなかった。
これでもかと焼いた肌。目立ちすぎて目に刺さる金色の髪。ドギツいメイクのまつげ。
はっきり言って関わりたくない、苦手なタイプ。
「ジジイ、金よこす時以外は話しかけて来んなっつってんだろ」
畳の上にズカズカと厚底ブーツでやってきた。ああ、なんてことを。
「あ、お孫さんですか」
「不服ながらな」
「セッキョーなら手短にしてくんない? 今日はトモと遊び行くから」
ストラップが本体じゃないかというくらい装備してるスマホをいじってるけど重くないのだろうか。
「こいつをおぬしに託す」
「あ、いらないです」
「そういうことではない」
ざっくり話をまとめると、孫娘のミツルちゃんはグレたんだか反抗期なんだか知らんがこの有り様。このままでは死んでも死にきれぬ(神様は死ぬのか?)と神様は奉公に出したいという。
その奉公先は俺か……
「ギャラは前払いということで……」
「ダメじゃ。どうせ向こうへ行ったら捨てて逃げるじゃろ」
バレたか。まあ、生前の様子は把握されてるからな。
「孫を真人間にしたと確認した時、おぬしの願いをなんでも叶えてやろう」
…………ひとつだけな、と小声で付け足した。ケチりやがって。後払いのチート付与なんて聞いたことないぞ。
「は? アーシそんなの聞いてないんだけど」
「今言ったからな」
「なんでこんなチャラいのと一緒なんだよ」
それはこっちのセリフ。口には出さないけど。
「アーシがこいつに襲われたらどうするんだよ」
『それはない』
神様と俺でハモった。
欲をかいたら面倒なことになった。つまり転生先でこれの面倒を見つつ、転生先でうまくやっていくとかそういうノリか。順番的には神様の願いを叶えてチート能力をもらってからの方が合理的か。
「じゃあの。後は頼んだぞ」
行き先のふすまを開きつつ、杖で俺と孫娘をぐいぐい押し込む神様。雑! 送り出し方雑!
「ちょ、行った先の世界の話とか、この先の段取りとか」
「知らん知らん。神は忙しいんじゃ。現地でどうにかせい」
ふすまの奥は光なのか、それともただ白いだけなのか。先が見えない。これ地獄行きとかそういうオチじゃないよな。
「あー、なんじゃ。神の加護を」
それが最後に聞いた言葉だった。加護を与える神がやる気なくて加護を一ミリも与える気がないのだけはよくわかった。
こうして俺はご多分にもれず異世界転生した。
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