第26話 話し合い

私はなけなしの勇気をかき集め一世一代の賭けに出た。


「──!」

「真戸さん…待っていました」


翌日の終業後、私は会社前で真戸さんを待っていた。そんな私を見つけた真戸さんは茫然とした表情で私を見つめた。


「…なんで」


呟くように吐き出したひと言を受けて私は告げた。


「真戸さんと…お話したいです」

「……」

「私の気持ちを…訊いてもらいたんです」

「……」


きっと受け身でいたらダメなんだ。真戸さんの場合、私から…私が強く真戸さんを求めなければダメなんだと思ったから私は勇気を出した。


(真戸さんの過去を知った今なら…前よりも真戸さんのことが解る)


自分勝手に決めつけた感情で私は真戸さんにぶつかって行くと決めたのだった。



真戸さんが私の誘いに乗ってくれて今、私たちは会社近くのカフェにいた。閉店間際の店内に人は少なかった。だけどそんな静かな雰囲気が今の私には丁度良かった。


「お待たせしました」


注文した品を店員さんが持って来て其々の前に置いて去って行った。そのタイミングで私は静かに口を開いた。


「あの…待ち伏せしていてすみませんでした」

「……待ち伏せ?」

「本当ならメールとか…そういうので都合とか訊いてから逢ってもらうべきなんでしょうけど」

「……」

「真戸さんは…苦手だって言っていたから」

「……」

「機械越しじゃ相手の真意が解らないからって…だから」

「…そんなどうでもいいことを覚えてくれていたんだ」

「!」


不意に真戸さんの口元に浮かんだ笑みを見て私は一気に体温が上昇するのを感じた。


品のいいクラシックが流れる店内で私たちは会話を始めた。


「私…三好さんから真戸さんのことを訊きました」

「……」

「結婚…されているって」

「……」

「知らなかったから…驚いちゃったんですけど…」

「……」

「でも…そんな真戸さんの状況を知っても私……やっぱり真戸さんのことが…好き、です」

「……え」


たどたどしく話す私の言葉に初めて真戸さんが反応した。


「真戸さんの気持ちがどうかは解りませんけれど…色々悩んで…一度は諦めようと思った恋だったけれど…だけどやっぱり諦めることが出来なくて」

「それは俺が結婚しているから?だから諦めようと思ったの?」

「それもありました。けど……一番の理由は…真戸さんが……ホテルに…」

「ホテル?」

「…あの日……ホテルで…私に…」

「───あ」


言葉を濁しながらなんとか伝えようとしていると急に真戸さんが口元に掌を当てがった。


「…真戸さん?」

「俺……またやってしまったのか?」

「え?」

「自分の気持ちのままに起こした行動でまた愛おしいものを失おうとしているのか?!」

「───え」


(愛おしいもの…?)


真戸さんから発せられたその言葉は誰を指しているのか。でも少し考えればそれが誰を指しているのかは解ってしまって──


(愛おしいものって…それって……私の、こと?)


そう自惚れてしまいたくなった私に真戸さんは頬を赤らめながら私を見つめた。


「…すまなかった…君の気持ちを無視していきなりホテルに連れ込んでしようとしたことは謝る」

「いえ…それは私が自分で決めて…入ったことでそれ自体はなんでもなくて」

「じゃあ何がいけなかった?」

「…真戸さんが…途中で止めてしまったから…」

「え」

「好きって言ってくれない上に…私が初めてだって知って…なんだか興が冷めたって感じで素っ気なくなって…」

「…!」

「その態度できっと初めての女は厭だったんだろう、とか、面倒くさいと思われたのかなって…色々考えて…真戸さんに嫌われてしまったと思ったから…私」

「っ、ちょっと待ってくれ。俺、そんな厭とか面倒くさいとか…思っていない」

「……え」

「俺は君が好き過ぎて……だからこそそんな簡単に口に出して言えなかったし、好きな子を抱くことにテンパって…性急に求めてしまったけれど、初めてだって訊かされて、そんな大切なものを俺の一時の欲望で奪ってはいけないと思って」

「……」

「22年間も誰にも触れられていなかったなんて……そんな綺麗なものを中途半端な俺が奪っていい訳がないと思ったから…真面でいられなくなって…」

「……」

「俺自身、ちゃんとしようと思って…ずっと踏ん切りがつかなかったことを清算してそれで改めて君と向かい合おうと…」

「清算してって…それって」


真戸さんから告げられるだろう次の言葉に胸が高鳴って仕方が無かった。


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