第15話 恋愛慣れ

待ち合わせ場所のビル前に着くと既に真戸さんが立っていた。


「真戸さん」


私の呼びかけに気が付いた真戸さんは弄っていた携帯から視線を上げポケットに仕舞った。


「すみません、ずいぶん待ちましたか?」

「いや、そんなには。今日はたまたま作業が早く終わったから先だったが、多分これからは俺の方が遅く来ると思うよ」

「その方がいいです」

「え」

「私、待つ方が好きみたい。待たせてしまうことに抵抗があるっていうか…待っている方が色々考えられて愉しいと思うから」

「色々考えられて愉しい…」

「──あ、すみません、訳が解らなくて」

「いや、解るよ」

「え」

「俺も今、そんな感じだったから」

「…!」

「昨日二時間待った実績があるので待つのは苦じゃないし」

「あ」

「お互い気兼ねなくていいんじゃないかな」

「! はい、いいです」


(なんだろう…不思議)


真戸さんが語る言葉がまるで和紙が水を吸い取るが如く私の心に沁み込んで行く。声も話し方も返し方も、その全てが私は好ましいと思った。


(どうしよう…真戸さんと言葉を交わせば交わす程に好きって気持ちが溢れて来る)


恋とはこんな風に私の中を侵食して行くのかと今、身をもって経験している処だった。


「じゃあ行こうか」

「はい」


歩き出した真戸さんが自然に私の手を握った。


「っ!」

「あ、ごめん。思わず繋いだけど…厭だった?」

「い、いえ。全然……厭なんて…」

「そう」

「……」


多分、真戸さんにとっては何でもない行動のひとつだったのだろう。ひとりあたふたしている私と違って真戸さんの様子はとても冷静だった。


(真戸さんって恋愛慣れ、しているんだろうな)


事も無げに私の手を取った行動ひとつでそう思えてしまった。


恋愛初心者の私にとっては未知の世界の行動ではあるけれど、そうされるのが厭という気持ちはない。(っていうか、真戸さんになら…)なんて恥ずかしいことまで考えてしまう始末だった。



ビルの中に入っているお店で夕食を摂ることになった。


「わぁ、真戸さん上手ですね」

「そう?誰でも出来るんじゃない」

「いえ…恥ずかしながら私、上手く出来なくて…」

「そうなの?じゃあ俺が焼いて行くよ」

「ありがとうございます」


そのお店は自分で焼くスタイルのお好み焼き屋さんだった。真戸さんは注文したお好み焼きのたねを鉄板に流し入れ、そして器用にひっくり返して行く。その見事なまでの手裁きに見惚れてしまう。


「粉物、好き?」

「はい、好きです。お好み焼きもたこ焼きも」

「大阪出身の友人がいるんだけど、そいつにいわせると外食でお好み焼きを食べるなんて信じられないと言われたことがあって」

「え、なんでですか」

「大阪じゃお好み焼きは家庭料理だから。わざわざ金払ってまで食べるものじゃないらしい」

「それは…でもお好み焼きに限りませんよね。他の家庭料理だってお店で食べたくなること、あるじゃないですか」

「ハンバーグとかカレーとか、ね」

「はい。あ、そういえば大阪の人って家に絶対たこ焼き器があるって本当ですか?」

「絶対とはいえないかも知れないけど、持ってる人は多いんじゃないかな」

「へぇ…凄い。なんだかいいですね」

「いい?たこ焼き器があるのが?」

「はい。家でたこ焼きを作るなんて考えたことなかったから」

「…君、面白いね」

「え」


私は何か面白いことを言ったのだろうかと考えてみるけれど、その面白ポイントを私自身が見つけることは出来なかった。


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