第3話 「懸念1」
応援として派遣されている
それでも在過と神鳴にとって、お互いが望んでいた想いを満たしてくれる相手に出会えたのは幸運だろう。
当然、お互いが違う施設になると言う事は、会える頻度が減ってしまう。
その後は、仕事の終わりに夕食を食べに行ったり。夜勤業務の合間に神鳴から電話が掛かってきて繋げると言う事が日常的になっていた。
いつものように、お互いが遅番帯だった今日は仕事終わりに夕食を食べに来ていた。
「ねぇ在過? このまま在過の家に行ってもいい?」
「別にいいんだけど、明日仕事は?」
「明日は休み。明後日、夜勤だけど」
「終電大丈夫?」
「泊まったらダメなの?」
「一人暮らしの部屋だから、かなり狭いぞ」
「いいよ」
「着替えとかないけど、どうするの?」
「持って来てるから大丈夫!」
それから、近場のコンビニに立ち寄り、適当な飲み物を調達して家に帰宅する。
在過の自宅は、駅から20分ほど離れている場所にあり、社宅ではないが職場の会社が運営しているアパートの一室を借りていた。
トイレと風呂は別で1Kの間取りは、狭い空間だったとしても当時の二人にとっては気持ちのいい空間となっていた。
「これが在過の部屋かぁ……なにもない」
「まぁ、狭いからね……」
在過の部屋を見た神鳴は、ベット、机、パソコンとゲーム機に本棚だけがある部屋に、驚きを隠せなかった。
神鳴の部屋は、フィギュア、ゲーム機、アニメのDVDやポスターなど大量に貼っていたり、オタク部屋と呼ばれるほど物が沢山あった。
同じ趣味でアニメもゲームをする在過の事だから、同じような部屋を想像していた神鳴は、予想以上に何もない部屋に「なんで?」と言う疑問が浮かぶ。
「本当に、なにもないんだね」
「悪いね、楽しくないでしょ」
「全然そんなことないよ」
「適当に過ごしていいよ。僕は先にシャワー浴びちゃうけど、湯船入るなら入れるよ?」
「入ろうかな」
「わかった」
在過がシャワーを浴びている最中に、神鳴はワクワクしていた。
部屋には何もなく、どんな小説を読んでいるのか本棚を見ても、心理学や哲学と言った自分では読まない類の本ばかり並んでいる。ちょっとだけライトノベルと呼ばれる小説がありアニメも視聴していたが、そもそも神鳴は小説を読まないので興味が湧かない。
本棚の隣にタンスがあり、シャワーの音が聞こえていることを確認したあと、こっそりとタンスを開ける。タンスの中は上段下段と分かれているタイプで、下段位置には衣類とタオルが畳んで置かれている。
「これだけ?」
衣類もタオル類も、必要最低限程度しかそこにはなかった。
オシャレな衣類と言うよりは、上下ともに黒の衣類で統一されている。
「いつも黒い服だと思ってたけど、全部同じ物しかないんだ」
さらに、上段にはクリアファイルや介護職の資格を得るための教科書、ゲームソフトが数本並んでいる。クリアファイルの中身を確認してみると、契約書や請求書が一ヶ月ごとに分けて保管されている。
几帳面な性格なのかもしれない。
そう感じた神鳴の視界に、一冊のクリアファイルを見つける。他と違い「重要」と書かれた付箋が貼られており、見てはいけないと思う気持ちと、恋人なんだから隠し事はおかしいよね? と言う気持ちが神鳴の行動を活発化させる。
しかし、神鳴は重要と書かれたファイルよりも、許せない物を見てしまった。
クリアファイルの横に置いてある一本のゲームソフト。ゲームソフトのパッケージには女の子のイラストが描かれており、パッケージ裏を確認すると登場人物であろうキャラクターが描かれているが、どれも女の子ばかりだった。
「………」
神鳴は、嫌な気持ちが全身を包み込んだ。
どうして神鳴がいるのに、女の子が出るゲームするの?
神鳴よりも、このゲームの女の子の方が好きなの?
神鳴よりも、違う女の子のことが気になるの?
不安な気持ちと、嫌な気持ちが思考を鈍らせていく。問い詰めたいが、まだ付き合って数週間ほどなのに重いと思われたくはない。
所詮ゲームのキャラクターなのだが、神鳴は嫉妬心が強く、イラストだったとして不快な気持ちになっていた。シャワーの音が消えた瞬間に、神鳴はタンスを閉めて、何事もなかったように装った。
シャワーを浴びた在過が戻ってくると、神鳴は床に座りテレビを観ている。
いつも一人で過ごしている在過は、嬉しい気持ちが心を満たしていた。
「お待たせ。風呂の準備してるから、もう少し待って」
「うん」
「何もないから面白くないでしょ」
「そんなことないよ? なんだか秘密基地みたいで楽しい」
「秘密基地って…」
苦笑しながら、神鳴と過ごす時間はゆっくりと流れていく。
コンビニで買った飲み物を飲みながら、在過は彼女に触れていることが最高の幸せだった。
この人は側にいてくれる。
そんな気持ちが、ゆっくり、ゆっくりと在過の孤独な苦しみを癒していた。
神鳴も入浴を終えると、ドライヤーで髪を乾かしている姿を見てドキドキする在過。
シャンプーの香りが部屋中を満たし、普段から使っている同じシャンプーのはずなのに、いつもと違ういい香りが在過の心拍数が跳ね上がる。
「ドライヤーありがとう」
「はいよっ」
「明日は日勤だから、そろそろ寝ようかな」
「そうだね」
すでに、23時を過ぎており在過は明日も仕事があるため床に寝転ぶ。
「床で寝るの?」
「あぁ、ベット一つしかないし使っていいよ」
「……別に隣で寝ていいよ」
「うん」
部屋の電気を消し、電気スタンドの青色の光が微かに部屋を照らす。
シャンプーの香りと、お互いの温もりが心地よく、二人は無言で手を握った。
天井を見ていた在過は、こっそり顔を右に向けて神鳴を見る。
「ふふ、なんかいいね」
「だな」
ずっと在過を見つめていた神鳴と目が合い、お互い恥ずかしながらも、握った手をより強く力を込めた。
緊張と疲れがあったのか、神鳴は寝息を立てて眠る。
明日は、日勤帯で仕事があるのだが、在過は考え事をしていて眠りにつけなかった。
この幸せの時間を守りたい。
もっと彼女と一緒に過ごしていきたい。
しかし、在過には懸念材料がいくつも存在した。
両親が蒸発して存在せず、精神病棟で入院している妹の存在。
今までお付き合いしてきた女性は、在過の家族事情を話すと、そばから消えてしまう人ばかりだった。それもあり恋愛自体諦めていたし、妹の症状が悪化したこともあり、在過自身が生きていくことが辛く死を考えていた時期に神鳴と出会った。
もし、家族の事情を話したら「同じように、消えてしまうのではないか?」 そんな不安が、隣で眠っている彼女を見て恐ろしくなっていく。
また、在過は家族の憧れが強く結婚願望も強かったため、彼女と過ごしていくには金銭面の確保もどうにかしなければと考えていた。
妹の病院費用に生活費、今後、彼女と一緒に過ごしていくための貯蓄。
そうなると、現在働いている介護職では圧倒的に給料が足りない。
在過は、この時から転職も考えながら、眠る神鳴の髪を撫でながら考え続けた。
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