#5 あいまいな十五歳と中学時代の同級生。 


「おお、少年。外出していたのか?」


「あっ、署長さん」


 多賀山さんと大信田さんと共に警察寮から戻った僕に声がかかった。


「実は教育委員会から面会の申し入れがあってな。少年の高校復学をどうするか聞き取りをしたいって話なんだと」


 15年前、僕は入学したばかりの高校生。生年月日を元に判断すれば三十歳、しかし肉体的なデータはその15年前とほとんど変わりがない。


 そこで国としては三十歳ではなく十五歳相当として扱う事にしたのだという。この十五歳相当、なかなかに曲者くせものだ。十五歳ではないし、ましてや三十歳といものでもない。


 国の公式見解としては『社会的に十五歳として扱うが、十五歳ではない』というものらしい。と言っても一般的には十五歳として暮らして良いし、周りにもそう公言して構わないらしい。一般的じゃない事が起こったら…、その時どうなるのかはあいまいなもの言いの裏側については聞いてみたいものだ。


「高校生に戻れるかどうか…って話ですよね。当時通っていた学校は今日学祭でしたけど今や統廃合されたりしてるし…。というより女子校ですもんね…。仮に再入学するとして場合によっては再試験とか…、って言うよりもう入学シーズンは過ぎてるから来年に入学は持ち越しとか…。うわあ…」


 僕は再び振りかかってきそうな入試とそれに伴う受験勉強、あるいは前例の無い僕という存在はどんな風に扱われるのか…そんな不安に悩まされるのだった。



「えっ?無試験で入学可能なんですか?」


 翌日午前九時、署内の一室で僕はやってきた人の言った事に戸惑い、疑問をそのまま口にしていた。


「いや、無試験と言う訳ではありませんよ。面接試験を受けていただいて…その上で判断しようという事でして」

「ははは、良いじゃないですか鍋尾なべお理事長。佐久間君は不安なんだ。有(あ)り体(てい)に…、ああ若い人はこう言うのかな?って…。そう意味では実質的に無試験と言えるんじゃないかな?」


 挨拶もそこそこに入学案内を出して説明をしてきたのは県内でも昔から名門私立女子高校と名高い貞聖女子高校の理事長さん。県内だけでなく都内にも複数の系列校があり、これまた名門女子高校として知られている。


 そしてその隣には隣町…政令指定都市でもある県庁所在地である市の教育長という人。教育長というのは教育委員会の長という事だと先程教えてもらった。五十代くらいの人の女性で、なんと言うかエネルギッシュな印象を受ける。


 それにもう一人、こちらは若い…、と言っても多賀山さんや大信田さんより歳上に感じる。少なくとも二十代後半か三十代に入ったくらいか…。訪ねてきた三人の中では一番若いだろう。


「えっと…、その…というのは…?」


「それについては私から…」


 そう言って


「久しぶりね。覚えてる?」



 正直に言って誰だか分からない。僕の記憶ではこのくらいの年齢の人に知り合いはほとんどいない。せいぜい小学校か中学校の時の先生か?いや、間違いない、知らない人だ。


 そう言えば、先程渡された名刺には『貞聖高等学校 庶務』という肩書が書かれていた。名前は…。


「まだ思い出さない?迫池あかり、中学ン時、一緒だったでしょ」


 そう言って『アタシ、アタシ』と繰り返し、早く思いだせとばかりにかしてくる。


「え?あの…?」


 僕としてはつい最近の記憶のはずだけど…、ああ思い出した。中二の時にクラスが一緒だったっけ。ただ、接点はまったくと言って無かった。


 と言うのもこの迫池と言うこの人、いわゆる陽キャ。それも騒がし過ぎるタイプで、クラスの女子生徒のリーダー…、悪く言えばボス的な存在。


 進路先は確か…、ああ貞聖ココだ。家も小金持ちだったっけ。中学受験は失敗してたけど、高校はここに合格したって廊下で騒いでいたっけ…。


 僕はいわゆる陽キャではなかったので、この迫池あかりと、中学の時に何かを特に話したという記憶はない。


「思い出した?」


「あー…。二年の時…クラスが一緒だった?確か貞聖女子に行ったんじゃなかったっけ…?」


 僕がそう返すと、中学時代の同級生は望み通りの返事が来たとばかりにうなずいた。


 正直言って記憶にある顔と、今この場で相対あいたいしているその顔は同一人物かと問われると確信を持って『はい』とは言えないのが正直なところだ。しかし、時折うるさく耳障みみざわりだった声には記憶がある。


「そーそー!なんだ、覚えてんじゃん!!最近ニュースで見て、まさか…って思ってたけどホントだったんだねー」


 ああ…、その声と話し方だよ。少なくとも僕にとっては関わり合いになりたいとは思えないそれは十五年過ぎたという今になっても同一人物だと確信させるには十分なものだった。


「高校入ってすぐにいなくなって家出とか行方不明とかウワサになってたけど、その後すぐ男性消失現象オトコいなくなったじゃん。だからウワサはすぐになくなったけど…ふーん、ホントに歳も取らずに変わってないんだ?」


 そう言って迫池はこちらを値踏みするように見ていたが、再び口を開く。


「…で、本題なんだけど」


 そう言って迫池は説明を始めた。一言で言ってしまえば勧誘である。貞聖高校に来ないかと。かつては貞聖女子高校と呼ばれていたこの学校は今では女性ばかりの世の中になった為にわざわざ女子校と銘打つ必要がないので貞聖高校と名を変えて現在に至っているという。


「高校入学…、あれ復学になるんだっけ?希望なんでしょ?」


 これは間違いない、最初僕が保護された時に医療センターで各種健康診断や検査などをするのと同時にこれからの生活についても聞き取りを受けていた。その時に高校に通いその後は進学するなり就職するなりしたいと。もっとも家庭の事を考えれば選択の幅は広くないのは理解していた。


その話を聞いてここにやってきたのだという。先程渡されたパンフレットにチラッと書いてあったのを見るとやはりそこは名門私立、入学金に授業料…お高くていらっしゃる。とても通えないなあと言うのが正直なところだ。


 しかし、そこは学校側からのオファー。入学金に受験料、制服や学校で使う物品に至るまで全ての費用を出してくれると言う。また、寮完備であり、生活面のサポートもバッチリ、もし東京都内で高校生活を送りたいなら都内の系列校への編入はいつでもご自由に…そんな風にする事も可能なのだという。


「どうだろうね、良い条件と思うんだけどウチに来てくれないかな?」

「もちろん市の教育委員会としてもバックアップさせてもらういますよ。それにね、市長もこの話には乗り気でしてね、市としても佐久間君を歓迎させてもらいますよ」


 うーん、オファーってやつだな、これ。


「正直、ビックリしています。貞聖女子…いや今は貞聖高校ですか、そんな名門校からお声がかかるなんて」


 僕の言葉に理事長さんや教育長さんは笑みを浮かべた。少なくとも15年前…、仮に僕が女子だったとしても入学なんて…、たとえ入学出来たとしても金銭的に三年間通えるなんて思えない。


「んで、ニュースとか見て思い出したから理事長に話を上げてこうやって勧誘に来たの。まあ、中学校の時の友人って事でね」


 ロクに話をした事もなかったけど友人ねえ…、少なくとも派手な女子グループにいた君とは無縁だったと思うけど?僕は心の中でそんな事を考えた。


「ところでどうだろう?この条件でウチに入学…っていうのは…。佐久間君さえ良ければ回答だけでも今もらって、書類の方は後でゆっくりと記入してもらえばいいから…」

「貞聖さんに今日決めてもらえれば、我々行政側としても余裕を持って準備が出来るからここはひとつ…」


 理事長さんと教育長さんはそう勧めてくる。


「良い話だと思うんだよね。決めちゃえば?そうすればあとは入学(はい)っちゃえば良いだけだし?入学したらアタシが学校との専属の窓口になるし」


 さてさて…この降って湧いたような勧誘話、どうすべきだろうか。


 



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