三毛猫現象 〜男の割合が三万人に一人になった世界〜

＃４ 即決！？女子寮に入る為の許可。

「シュっ、シュウ！！」

「佐久間君〜ッ！！」

　僕が県警宿舎…、いわゆる婦警さん達が利用している女子寮の敷地にある食堂に入った時、美晴さんをはじめとして中にいる人達が一斉にこちらを振り向いた。

　何やら緊迫した場面のように思える。

「ど、どうしてここに？」

　尚子さんが驚いたような顔をしている。

「それは…」

　僕が理由を言おうとした時、後ろからついて来ていた多賀山さんと大信田さんも入ってきた。

「プリティ佐久間がな、自分が寝泊りするのかも知れないのに、美晴達だけに頼み込ませる訳にはいかない…ってな」

「多賀山（タガ）の言う通りだぜ。車に乗って通用口からこっそり出てきた。マスコミが張ってたらな、ちょっと余計に時間がかかっちまったぜ」

　二人の説明に補足する感じで僕は続ける。

「もっとも僕はこの場所を知らなかったんでお二人に連れて来てもらった…、そんな感じでして」

　照れながら僕が伝えると時が止まっていたかのようにシーンとしていた場が動き出した。鼻をすするような音がすると、

「さ、佐久間君！マジ天使！」

「あたし達が勝手にやってるだけなのに！」

「佐久間君来た、これで勝つる！！」

　何やら婦警さん達が感激している。中にはうっすら涙ぐんている人もいる。

「シュ、シュウ…。オレ…」

　そこにふらふらと美晴さんがこちらにやってくる。普段の元気で少しやんちゃ…、そんな雰囲気が微塵もない。

「も、もうダメかとか思って…」

「すいません。泊めてもらう僕がお願いに来るのがスジでしたでしょうに」

「修さん…。私(わたくし)達がしたくてした事ですのに…」

　尚子さんもやってくる。

「いえ、尚子さんも…。それに皆さんも…、遅くなってすみません」

　僕は頭を下げる。

「お、男…」

　そう呟かれた声に振り返ると、そこには食堂で働く女性がよく頭にかぶっている白い布、そして平成…いや昭和と呼ばれた時代から女の子に親しまれているリンゴ４個分の体重の猫のキャラクターがプリントされたエプロンが印象的な背が低めの人がいた。何やらブルブルと震えている。

「ア、アンタ…。あ、あのテレビに映ってた男の子かい？」

□

「まったく！この子達はッ！男の子が来るなら…、それならそうと早く言ってくれれば…」

　そう言っているのはこの寮の寮母である和泉一子（いずみかずこ）さん。先程、僕を見たらすぐに『ちょっと失礼』とばかりにダダダッとどこかに走って行ってしまった。

　取り残された僕達が仕方がないので食堂で皿洗いをしていた。慣れないがこれだけ頭数がいればすぐ終わる。その後、食堂の椅子に座って僕の日課でもある夕方のニュースを見ていると和泉さんが帰ってきた。なぜその必要があるのか分からないが頭巾やエプロンなどを取り、化粧までしてやってきている。

掃除はともかく皿洗いが終わっている厨房を見て僕達が皿洗いを終わらせていたのを見て、

「ア、アンタ達が洗ってくれたのかい？」

　そう言って驚いていた。

「私達だけじゃないよー。佐久間君もだよー」

「お、男の子が皿を洗ってくれたのかい？」

「洗うって程の事は…。警察署にあった食器洗い機と同じような機械でしたし…。乾燥機もありましたし…。機械で洗いにくい小鉢とかくらいしか手洗いした訳ではありません。そもそも皆さんと手分けしてやった事なので…」

　僕がそう返事すると和泉さんは椅子から立ち上がると、ビシッと僕を指差して

「君、合格ッ！！」

「えっ！？」

「良いじゃない！だいたい男ってのは家事とか何にもしないでふんぞりかえって座ってるだけ。たまに口を開いたと思ったら『フロ』、『メシ』、『寝る』しか言わない。大体、そのアンタが入って食ってる風呂に飯、誰が世話してやってると思ってるんだい！アタシが昼間パートしてクタクタだってのに用意してやってるんじゃないか。それを礼の一つもなく当たり前のように流れ作業みたいに食って寝て。同じ流れ作業ならこの食器洗い機のベルトコンベアの方が何倍もマシさ！ああ、やだねやだね！何もかも当たり前だと思っている男、苦労知らずでメシ食って。用意してるこっちの身にもなれってんだい。あー、やだやだ。１５年前の事件の後からはなおさらそうみたいじゃないな！男とくれば最優先、まったくロクなもんじゃないよ！アタシの二十歳（ハタチ）ぐらいの頃なんざ『草食系男子』男子なんて言葉が言われ始めてねえ…、まだそういうのなら文句も言わずに……………」

　突如始まった和泉さんの早口言葉かマシンガントークか、何やらやさぐれて延々と続く。何か嫌な思い出でもあるのだろうか。しかし、そこは触れちゃいけないような気がしたのでスルーを決め込む。

「………だからね、こうやって一緒に皿を洗ってくれる男なんて天然記念物…、いや世界遺産モノだよ。ぜひウチで暮らすと良いよ」

「あ、はい。ありがとうございます」

　長かった…、本当に長かった…。結論だけで言えば『合格、入寮を許可する』で終わる話だが、和泉さんの愚痴に巻き込まれ僕も含め聞いていたみんなはゲッソリ。

「それで？いつこっちに来るんだい？」

「金曜日の夕方になります。荷物もバッグ一つで足りますし…」

「そりゃラクだね。よし、じゃあ部屋割りはどうするか…。その荷物の量ならアタシの部屋に居候（いそうろう）しても…」

　さりげなく自分の部屋に誘導しようとするが、即座に周りの婦警さん達が反応した。

「１０１が良いと思いまーす！」

「.あっ、それ良い！あそこなら量の入り口から必ず前通るし…」

「そうだよ！佐久間君！そうしなよ、それならみんなで送り迎えしながら警護も出来るよ！」

「それしかない！他は四階の端っことかだし１０１にしなよ」

「シュウ！来ちゃいなＹＯ！寮の１０１に来ちゃいなＹＯ！！」

　和泉さんが何か言おうとしていたが、婦警さん達一丸となった１０１号室推しの声にかき消された。そんな訳で僕の入寮は許可された訳で…。

「そう言えば１０２号室は空き部屋でしたわよね？私（わたくし）あの部屋に入りたいのですが…？」

「「「隣ッ！？」」」

　ちなみに僕の１０１号室入寮が決まった後、１０２号室に入りたいという希望が殺到していた。しかし、どんな抽選方法を採用したとしても婦警さん達の間に遺恨が残るとして結局１０２号室への転入は誰にもさせないという事になり、僕のプライベートを守る為の緩衝（かんしょう）地帯とするらしい。

「では、金曜日の夜からよろしくお願いします」

　僕はそう言って集まっている人達に挨拶した。