#5 ミラーリング・イージー
「同じ動作をする事は良くなかったんでしょうか?」
ドラッグストアの駐車場で僕が婦警さんに手を振り返した事を懸念した浦安さんに僕は尋ねた。
「いや…、法に触れるというようなものではないのだが…」
浦安さんはそう応じるのだが何やら歯切れが悪い。
「佐久間君ね。コレ明日から詳しく研修するけど、あなたの一つ一つの行動の意味するところはとても大きなものなのよ」
崎田さんが何やら真剣な表情で訴える。
「確か『ミラーリング』…、だったっけ?
「そうそう、浦安さん。『ミラーリング』!!佐久間君ね、あの子はあなたに手を振っていた…そして佐久間君は手を振り返した…」
「は、はい。で、でもそれが何かまずい事だったんでしょうか?」
「実は佐久間君のした手を振り返した事…、何の気無しにした事だと思うの。でも、それがあの子…
「ええっ!?」
「あー、その、なんだ…。心理学の言葉に『ミラーリング』って言葉があってね。相手と同じ動作をしてみせるとその相手は好感を抱きやすい…確かそんな話だと思ったが…」
「その通りですよ、浦安さん。それでね佐久間君。あなたは手を振っている久能ちゃんに手を振り返した。つまり一時的にとは言え、お互いに手を振るという動作をし合った…、まさに『ミラーリング』なのよ」
「で、でも、その『ミラーリング』…ですか?それをしたからと言って何か問題があるとは…」
「いーえ!大アリよ!ちょっと美晴ちゃん、あの久能ちゃんは
「あー、大卒二年目だから24…。あっ、でも誕生日まだか…。んー、23だね」
「わ、若いわね…。私との差は…、やだ!考えないようにしなきゃ!」
崎田さんが何やら呟いている。結構、年齢の事は気にしているようだ。今後、年齢の話題は極力出さないように気をつけよう。
「と、とにかく彼女の身になって考えてみて。地球から男性が姿を消して十五年…、彼女が男性と接していられたのは八歳まで。思春期なんかまだまだ来てないわ。男性が消えたそれ以来、彼女はずっと男というものに触れる機会は無かった。つまり、男性を異性として意識するような時期に接した事はない。男性への免疫なんて
「そ、それは…まあ、分かりますが。でも、だからと言って何か問題があるとは…」
「甘い、甘いわよ!それはとってもスウィートな考えってヤツよ、佐久間君!そんな男の子への免疫ゼロの子がいきなり現れた『天然』の男の子に『ミラーリング』、しかも自分にだけ手を振り返してくれている…そんな風に考えたらもう…イチコロよ!」
「それにあの子は根っからの真面目な子で、思い込んだら一途なところもある。これはもしかすると…」
浦安さんまでがそんな事を言う。
え、まさか…。そ、そんな訳無いじゃ無いですか…。そんな…簡単に…、ねえ?
僕は助けを求めるように周りを見回す。しかし、全員が真面目な顔でこちらを見ていた。考えたくはないが、どうやら本当の事らしい。
「恋愛ゲームで言えば、修さんはイージーモードですのよ」
尚子さんが最後にまとめるように言った。
□
「なあなあ、シュウ。このシャンプー、どっちのニオイの方が好みだ?」
ドラッグストアに入り買い物カゴに必要な物を入れていくと、美晴さんが二つのシャンプーを持ってやってきた。
「えっと…それならこっちかな…」
僕が片方を指差す。
「おっ、そうか…。サンキュー!オレ、ちょっとコレ買ってくる」
そう言って美晴さんはレジに向かって走って行った。
「修さん、修さん。ボディソープなんですけど…」
なぜだか尚子さんもボディソープの好みを聞いてきた。好みの香りを伝えると尚子さんまでがいそいそとレジに向かった。僕の警護とは何だろうか?
まあ店の外にはぐるりと警官隊が布陣しているし、安全ではあるんだろうけど…。
「そう言えば佐久間君、署の食堂は昼だけの営業だから夕食と朝食の用意も考えておいた方が良いね」
「あっ、そうなんですね。じゃあ…」
浦安さんの助言に僕はパンや冷凍のパスタなどを買い物カゴに入れていく。ナポリタン、カルボナーラ、どちらも大好きだ。
「これで大丈夫です」
「えっ?もう良いの?私達の事は気にしなくて良いのよ。ゆっくり時間をかけて選んでも」
「いえ、必要な物はこれで大丈夫そうです」
「
「そうなの?あらやだ、やっぱり男の子っていうのは違うわねえ」
「あっ!もし浦安さんや崎田さんも何か必要な物があったら…」
「ありがとう、でも大丈夫だよ」
「分かりました。では会計してきますね」
買い物を終えて外に出ると何やら店の敷地の外ではまたもや芸能リポーターと思しき人達がマイク片手に何やらまくしたてている。
「なんだか色々と騒がしいなあ…」
ため息混じりに呟いていると、浦安さんがそろそろ戻ろうかと声をかけてきた。その言葉に従い車に向かう時、僕をジッと見つめる視線に気付いた。
「久能…さん?」
視線の主は先程僕が手を振り返した相手、警備についていた婦警さん。崎田さんや美晴さんの会話で名前が出てきた久能さんだった。
焼き尽くすような熱い視線、それこそ僕を凝視するような強い視線だった。
「イージーモードか…」
まさか手を振り返しただけで…、久能さんの視線をこの身に受けながらもまだこの時の僕は半信半疑だった。
ただそれが後にあんな事になるなんて…、この時の僕は予想だにしていなかった。
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