第5話 淀見幽可(よどみかすか)の場合

 漫画は漫画でも、読めない漫画ってなーんだ。


 エロ漫画。


 夏津海燕、十六歳、未成年。ほら、年齢的にそうだろ? 


 なんて身も蓋も捻りもない謎々は一旦置いといて、新たな部員紹介といこう。

 名前を淀見幽可。新一年生にして、アニメ同好会の後輩枠。

 よく言えばふわふわとした、悪く言えば長く伸び切った癖のある栗毛。小学生と言われても違和感が機能しない小ささ。外見以外の特徴といえば、


「入んないのか?」


「ひぅっ!?」


 極度の人見知りにして、コミュ障である。

 こうして扉前で中に誰もいないかオドオドしている姿を何度見たことやら。

 そもそもまだ鍵が開いていないのだから、誰もいるはずないのだが。


 俺が開けて、背中をついてくるまでが一連の流れだ。


「ほい」


「あ、ありがとうございます……先輩」


 こそこそと入室する姿は、さながら他人の家に預けられたチワワだった。


「ほ、他の先輩方は……?」


「土花は新刊出るからって帰った。他は知らないな」


「そ、そうですか……」


 そんな淀見さんが俺とはそこそこに会話できるのは、考えてみればわかると思う。


 変態代表、土花加古。

 陽キャ代表、愛雲日陽。

 イケメン代表、白鬼季世雪。

 平凡なオタク代表、夏津海燕。


 誰が一番取っ付きやすいかは、考えるまでもないだろう。


 ぼちぼち俺が読書を始めると、淀見さんも淀見さんで自分の作業に入る。

 そう、作業。タブレットと専用のペン。

 伏線回収と呼ぶには些か早い気もするが、最初の話に繋がる。


「……なあ、その」


「は、はいっ」


 肌色成分たっぷり、というか肌色しか塗られていない画面から目を逸らしつつ、言う。


「……なんでいつもエロ漫画書いてんだ?」


「えっ、え、え、ええええええええええろ……っ!?」


 淀見さんは顔を真っ赤に染めながら、腕に抱いてタブレットの画面を隠した。


 女子に言う言葉ではないことは重々承知。とはいえ、目の前で十八禁展開を繰り広げられる俺の身にもなってほしい。


「べっ、別に、エロ漫画を書いているわけじゃ……」


「それがエロ漫画じゃないはさすがに無理があるだろ……」


「あううう……」


 言い出した俺が悪いんだけど、そう涙目になられると、俺が悪者みたいに思えてくる。


「ダメとか言いたいわけじゃなくてだな……いや、年齢的にはダメなんだが」


「か、書けないんです……」


「はい?」


「わたし、裸以外書けないんですっ!」


 彼女にこんな大声が出せたのも驚きだが、それ以上に、


「……と、言いますと?」


「その、わたし、昔から漫画読んでばかりで、服とか、全然興味なくて……いざ漫画描き始めたら、服だけどうしても描けなくて……」


 それで、裸、と。


「興味ないって言っても、外に出かけるときとか」


「制服とパジャマがあれば、十分だったので。遊ぶ友達もいませんでしたし」


 ……なんかごめん。


「でもほら、ネットで調べれば洋服くらい、」


「それはダメです! 実物見ないと皺とか影の具合とかわかりません!」


「シビアなんだな……」


 消費する側の目には届かない、供給する側の苦悩がたくさんあるらしい。


「でもそうなると、身体だってマネキンでもないと……」


 言いかけて、後悔した。


 すっごい後悔した。


 今日ほどオタクの凄まじい想像力、もとい妄想力を憎んだ日はない。


 腕で細い身体を抱いて、涙目でプルプル震える淀見さんを見て死にたくなった。


「せ、先輩、変態です……!」


 そう言うとタブレットとカバンを抱えて、部室を出て行ってしまった。




 これが淀見幽可という後輩である。

 意識していないのにエロ要素を醸し出し、俺の漢の部分を刺激してくるのだった。

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