第3話 白鬼季世雪(しらききせつ)の場合

現在、アニメ同好会には五人の部員が在籍している。

 一年が一人、二年が三人、そして三年が一人。


「夏津くん。こんにちは」


 部室で読書に勤しんでいると、周囲の環境音が全て消え、その美声だけが聞こえた。

 俺は栞を差し込んで本を閉じ、扉の方を見る。


「どうも、白鬼先輩」


 三年の先輩に当たる人物。

 名を白鬼季世雪という。


 俺より少し低い程度、女子にしてはかなり高身長なほうだろう。髪は黒のウルフカット。すらりと伸びた脚、細く引き締まった体躯。凛々しくも柔らかな微笑みを湛えるその顔立ちをイケメン以外になんと呼ぶか俺は知らない。


「他のみんなはまだみたいだね」


「土花は日誌があるとかでまだ教室です。他はわかりません」


「じゃあ、僕と君の二人きりだね」


「そうですね」


「なんだ、反応が薄いじゃないか」


「ドッキリ展開において、通用するのは二回までですから」


 一回目に驚くのは言わずもがな、二回目も「もう一度来る」と備えない。

 しかし三回目となると二回目の経験から、「またやられるかもしれない」と心が身構える。三回を裕に超えて同じことをされている俺だ、今更驚きはしない。


「演劇部はいいんですか?」


「このあと行くよ。君がいるんじゃないかと寄ってみたんだ」


「そうですか」


「他の子だったら男女問わずイチコロなのになぁ。何度保健室に運んだことか」


「世の中、何が武器になるかわかりませんね」


 声で死人出すとか、異能モノじゃないんだから。


「声優の武器は声さ。仕事をもらうのも、ファンを作るのも、」


 それに、と白鬼先輩は俺の横に立つと、口を耳の間近にまで寄せてくる。


「こうやって、ゾクゾクさせるのも……ね」


「ひぅぃ……っ!」


 耳に……耳の奥に幸せが流れ込んでくる!

 くすぐったいのが気持ち悪くて気持ちいいとかおかしいだろ、設計ミスってるぞ神様。


「アハハ、心は制御できても身体は正直だね」


「言い方が卑猥です。あと、ASMRは趣味じゃないんでやめてください」


「君との寝落ち電話はすぐ終わってしまいそうだよ」


 しませんから。


 散々からかって、演劇部に戻るのだろう先輩はカバンを持って扉に手をかけた。


「そうだ、前に加古くんの小説の原稿を貰ったんだ。声当てするときはまた頼むよ」


「わかりまし……」


 待て。


「どんな内容ですか?」


「全部は読んでいないんだけど……ええと確か、『据え膳食わぬは男の——』」


「却下です!」


 朝チュン原稿じゃねぇか! 

 何渡してんだあの変態!


 これ以上、アニメ同好会の変態勢力を増加させてはいけない。


「なぜだい?」


「先輩のためです」


「君にそこまで真剣に言われると、どうも断りづらいな……なら代わりに、君の好きなラノベを持ってきてほしい。それなら君も暇しないだろう?」


 そうしてもらえるとありがたい。


「それに、君の好きなキャラなら威力も倍増……っと、なんでもない。じゃあまた」


「……ええ、頑張ってください」


 これが白鬼季世雪という先輩である。

 声優になるための練習を建前に、俺を声で攻めてくるのだった。

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