両想い

 卒業式を終えた翌日、私は感慨に耽りながら黒板一面に書かれた落書メッセージを、少しずつ丁寧に消していた。

 卒業生を受け持つのは初めてで、重圧プレッシャーに押しつぶされそうになりながらどうにか受験だ就活だと一人一人の進路に頭を抱え、共に悩み、時に厳しい言葉をかけ、慰め、共に泣いた。

 幸いにして仲の良いクラスであったから、卒業を前にほとんど授業に使われることのなかった黒板が、いつの間にか広い自己表現場キャンバスになった。

 

 可愛い手書きのキャラクターや、熱い青春時代魂しょうらいへのきぼう友情絶対不滅信切清心ともだちへのおもいが至る所に描かれていて、いちいち黒板消しを持つ手が止まり、涙腺が崩壊した。

 良い子たちだった。もうこの教室で会えないのが、寂しくてたまらない。胸が締め付けられる。


 時間をかけて大半を消し終え、椅子の上に乗って自分の身長では届かない高い位置の落書きに手を出した。

 隅の方に、小さな文字で「先生のことが好きでした」と言う言葉を見つけた。


 私の心臓がきゅんと鳴いた。

 なんと、なんとなんとなんと! なんということか!!

 それからその文字をまじまじと見て、誰の筆跡かを思い出そうとした。

 しかし分からない。黒板にチョークの筆跡は、ノートにシャープペンシルのものと異なり、その個性を打ち消している。


 誰なのだろうと考えた。初めのうちはクラスで人気者だった男子生徒の顔が浮かんだ。

 けれど結局、順繰りに女子生徒も含めて全員の顔が頭に浮かんでいた。

 ふっと、肩の力が抜け、口元が自然と微笑んだ。


 黒板に残された文字の下に、『先生も好きでした』と書いた。


 そしてそれを写真に残し、黒板消しで静かにすべてを消し去った。

 誰もいない教室はとても静かで、吹き込む風が私の髪をそっと撫でた。

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