誰もが一度は

 帰り道、二人組の警察官に呼び止められた。


「ちょっと、いいですか」


 俺は特にやましいこともないので「はあ」と言って立ち止まる。

 きっとパトロールを強化しているとか、目撃情報を集めているとか、警察むこう側の都合だろう。

 疲れているから、さっさと終わらせて帰りたい。俺は警察官の次の言葉を待った。


「午後九時十五分、銃刀法違反の現行犯逮捕です」


 片方が時計を見て宣言すると同時に、もう一人の警察官が俺の手に手錠をかける。


「はあ!?」


 全く、身に覚えがない。

 そもそも持ち物検査すらされていないのだ。

 これは不当逮捕だ。


「刃物なんて持ってません! 何かの間違いじゃないですか!」


 興奮した俺に、警察官はやれやれと言った顔をして、諭すような口調で語り始めた。


「いえ。持ってますよ。心の中に。そんなに尖った感情ものをお持ちでは、危なくて仕方ない」


「は!? 心の中?」


「そうです。立派な傷付衝動暴走未遂じゅうとうほういはんです」


 俺は納得がいかず、警察官に食って掛かる。


「そんなこと言ったら、そこら中、心中大荒自他傷衝動抑込者はんざいしゃだらけじゃないか!」


 警察官は「そうですとも」と当たり前の顔をして頷いた。


「大体の人は他者死傷願歴有ぜんかもちです」


「全員が犯罪者なら、取り締まる必要なんてないはずだ! 点数を稼ぐ為だけに取り締まっているのか!」


 興奮した俺を、警察官は「まあまあ」と宥めた。そして言った。


「ときどきこうして取り締まらないと、実際自他傷犯行ぼうそうしてしまう恐れがありますから。きちんと自分の中に他者傷付願望するどいやいばがあるということを自覚してもらう為の取り締まりなのです。ご協力、ありがとうございました。これからも辛苦毎日ひび、大変でしょうが、自己他者思遣優心養やいばをとがらせないようにお気を付け下さい。それでは」


 警察官は俺の手錠を外し、足早に去って行った。

 俺はその場で自分の胸に手を当て、深呼吸をした。

 空を見上げると綺麗な星空が広がっていた。

 明日は有給休暇を取って少し休もうと心に決めた。

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