二人のバレンタイン

春は何個目かのチョコレートを

溶かし始める

チョコレートを溶かして固めて

デコレートするだけ


それだけの事なのに

自分はなんて不器用なんだと泣きたくなる


春には柊という彼氏がいる

彼と初めてのバレンタインだったりするのだ


買って済ませる

義理チョコと分けたかった

でも・・・こんなんじゃ

買った方がましだぁ・・・


そして、春は作った中から一つのチョコレートだったものを選び当日出かけた




柊は春を待つ

今年、初めてのバレンタイン

春はどんなチョコレートをくれるだろう


内心ドキドキしながら

いつもとさほど変わらない

デートコースを終えて

帰りの路になってしまった


渡す方もタイミングが解らず

貰う方もどう切り出していいかわからず


別れの駅で

春は押し付けるように

荷物を一つ渡して

「義理チョコ。私この行事嫌いだから形だけ」


柊は春の腰に手を回し

乗った電車から降ろした

反対側の電車にそのまま連れ込む


「柊?」

「俺ん家(ち)連れてく」

(ええええええええっ)

驚きの顔を隠せない春

不機嫌そうな顔の柊


家に帰りつくと

親の心配の声に

短い反抗だけ示して

柊は自分の部屋に春を連れて行った


部屋のベッドに座らせ

柊はパソコンの椅子に座る

不機嫌そうなままの顔で

義理チョコの箱を開けて

中身をじーっと見る


春はこの恋は終わったかなと覚悟した瞬間

柊はとてもやさしい顔でチョコレートを見ていた

一口かじってから

「春、お菓子作り始めて?

これ作り方の本読んだ?

測りとか使って計量した?

そもそも溶かす用のチョコレートがあること知ってる?」

春は首を横にぶんぶんと振る

(え?本?測り?溶かして固めるだけじゃないの?)


「俺の兄貴は都会でお菓子職人修行してるんだよ。

小さい頃から女の子みたいに

台所に立ってはお菓子ばかり作ってた」

「そうなの?ごめん・・・ひどいものあげちゃったね」



顔が真っ青になり落ち込む春

少し震えてたりする

そんなこと知ってたら高級なお菓子買うんだった

早くこの部屋をでたい気持ちで春はいっぱいになった


柊は兄の部屋から1つの本を持ってきて

ベッドの春の横に座ると

そこからあるページを開き


専用のチョコが売ってること

チョコを溶かすためのチョコの削り方から

溶かす温度まで結構、難しい作業なのを教えた


本格的になると純度の高いカカオチョコに

甘みを加える作業まである

そこまでする素人はあまりいないだろうが


春は呆けた顔で

「世の中の女子はこんな手のかかる事

毎年してたのかー・・・お菓子って大変なのね」


「まー、全員じゃないよ、むしろ一部だろ

今日は遅くなったから

客室に布団引くから寝ちゃいな」


申し訳なさそうに

客室で寝た春は朝、柊が起きると

もういなかった


学校へも顔を見せない・・・

どこの手順を間違えたか・・・

柊は自分の行動にイラ立ちながら

知ってる場所をありったけ歩き回った


夕方になるころ

一つだけ思い出を思い出す

春が一度だけ連れてってくれた

幼稚園と併設してる寺


春は逃げ出したくなると

幼稚園から飛び出して

その寺の片隅にある

大きな杉の木の下に座っていたんだと

話してくれたことがある


案内された所へ行ってみると

春は居た


春は少しびっくりしてからぎこちない笑顔を見せた

「よく覚えてたね。出会った頃に一度連れてきただけなのに」


柊は恥ずかしそうに下を向きながら

「忘れないよ

大事な人の大事な話や大切な場所だから」


二人は顔を合わせて

そして同時に笑った

喧嘩してたわけでもないのに

何すれ違ってたんだろう


柊がいう

「嫌いな慣習につきあうことはない

来年は俺が薔薇の花を贈るよ

外国ではそれが普通らしいし」


春は「うん、ありがとう」

そういうと柊の傍まで立ち上がってきて

柊と手をつないだ


二人はしばらく立ったまま何百年物の杉の木をみていた



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