怪奇図書「山の上の化け物」其ノ弐
「何でこんな所にあんな小さな子どもが?」
目の前で尻餅をついているメイド服の女の子は、服装からしてこの山にある町長のお屋敷で働いている子なのだろう。だけど、あの子は……。
その子は、いつから着ているのか分からないほど所々が解れたボロ布に身をくるみ、私の腰辺りより少し高いくらいの小さな身長だった。
格好だけ見ても、良い生活が送れているようにはとても思えない。それ所か……。
虐待という2文字が頭を過る。
「君は……」
「近付くな化け物!!」
問い掛けようとした私の声を掻き消すように、メイド服を着た女の子が叫ぶ。
(さっきから何だ? どうしてあの子を見て言ってるんだ? 化け物と言うなら自分を見下ろしているあちらの方じゃないのか?)
メイドの女の子を、上から覗くように見ている薔薇の怪奇。先ほど相手にしたのとは比べ物にならない大きさのそれは、私の身長を優に超えている。
その薔薇は幸いな事に、女の子を見下ろす位置にはいるが、動きを止めていた。
(……うん? 何かおかしい)
よく見ると薔薇はメイドの女の子ではなく、顔だけ微かに別の方を向いていた。まぁ、花の部分が人でいう顔にあたればの話なのだが……。
とにかく、その顔の方向は、ボロ布を纏った白髪の幼い女の子に向けられている。
(新しくこの場に現れた存在に興味を惹かれている? いや……)
それなら、先程突然現れた私にも、同じ反応を返す筈だ。なのに、そういった動きはなかった。奴はまだこちらを一度も見てすらいない。それにあれはまるで……。
(何かの様子を窺うような? いや、まさか……?)
急いで手元の鈴を確認する。本来銀色だった鈴の色は、まるで高温で溶かした鉄の様に
(これは……じゃあ、あの子は)
薔薇の怪奇や、メイド服を着た女の子の反応からして間違いないだろう。あの子も薔薇と同じ、
(それより問題は……)
額を汗が伝う。勿論これは暑さから来る物ではない。冷や汗だ。
まさか
手元の紅く染まった鈴を見ながら、ここに来るまでに出会った吸血鬼達を思い出す。
(私1人で、あれらと同じ強さの存在を止められるのか……?)
逃がした薔薇を追いかけていた時、鈴の色は変化していなかった。だから、その原因はあの女の子でまず間違いない。
まだ大きな薔薇に反応した可能性もなくはないが、あれを最初に見た時、その大きさに驚いた物の、それ程恐ろしいという感情は抱かなかった。
そして、薔薇と比べてあの子には、何故か
そういった存在と何度か出会って来たから分かる。強い怪奇は時としてその力を隠すのだ。彼女も、あの幼い見た目の中にとてつもないパワーを秘めているかも知れない。
日本から持ってきた装備は、もう殆ど使いきってしまっている。今の私に出来ることは……。
「来ないでよ!」
(そうだ! 今は敵うかどうかなど、考えてる場合じゃない!!)
メイド服を着た女の子の叫びを聞いた瞬間、体が咄嗟に動き出す。
ボロ布を纏った白髪の幼い子どもを視界に入れたまま、尻餅をついている女の子と大きな薔薇の怪奇の間に入る。
「お、おじさん誰?」
「もう大丈夫だ。安心しなさい」
背後から聞こえる不安そうな声に、努めて明るく返す。両手に付けた破魔の指輪を確かめるように、拳を強く握り締めた。
(まずはこいつを……)
女の子だけではなく、私を軽く見下ろす程の巨躯を持つ薔薇は、静かにこちらに向き直る。後は……。
(こいつを倒すまで、邪魔だけはしてくれるなよ!)
視線の先にいる白髪の女の子を一瞥した後、大きな薔薇の懐へ一気に飛び込もうとした――――瞬間。
「は?」
いつの間にか、目の前で立ち塞がっていた巨体が大きな音を立てて地面をゴロゴロと転がっていた。
そして何故か本来薔薇がいた場所には、離れた位置にいた筈の白髪の幼い女の子が立っている。
(今、何が起きたんだ?)
落ち着いて、つい先ほど見た光景を思い出す。懷に飛び込んだ私に向けて、手の様に動く大きな葉っぱを叩き付けようとした薔薇は、それが私に触れる前に吹き飛んでいた――――弾丸の如く突っ込ん来た彼女の蹴りによって……。
(もしかして、
「いやぁぁぁぁ!」
「……っ!?」
後ろを振り向くと、メイドの女の子が白髪の女の子を見て叫んでいた。
「やっぱり化け物じゃない! 近付くな、このっ!」
「君、何を!」
止める間もなく、彼女は地面に落ちていた石を拾い上げ、白髪の女の子に投げ付けた。
鈍い音がしたと同時、女の子の額に当たった石が地面に落ちる。それには真っ赤な血が付いていた。
「……っ! もう止めなさい!」
続けて石を投げようとしていたメイドの女の子の腕を押さえて止めさせる。何でこんなことをする必要があるのか。
「どう見てもこの子は私たちを助けて…………えっ……?」
今まで表情はよく見えていなかったが、目の前に立っている白髪の女の子は、メイドの女の子を止める私の行動を見て、とても驚いた表情をしていた。彼女にとって誰かを助けようが、こうやって石を投げられる事が、いつもの日常だったとでも言うように……。
「これが当たり前だと……? あっ、待って!」
ボロ布を纏った白髪の幼い女の子は、私の制止も聞かずに、走って森の中へ消えていった。
メイド服を着た金髪の小さい女の子は、相変わらず石を握り締めたまま、白髪の女の子が走り去った方向を睨み付けている。
(何がどうなってるんだ?)
怪奇図書に書かれた人物を探す為にここまでやって来た私の物語は、
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