第17話「診察券と違和感」


「……うーん」


「診察券がそんなに気になるのか?」


「はい。何か違和感があって」


 未だ張り込みを続ける車内で、山白美容クリニックがあるビルの入り口を見ながら鷹見警部が質問してくる。


「そう言えば、林道がそれを見た時におかしな反応はしていたな」


 鷹見さんは顎に手を当てながら、考え始めた。それを見ながら俺も改めて診察券を確認する。

 表にはクリニックの名前、住所に電話番号、診療時間、そして亡くなった持ち主の名前があるだけだ。

 裏面には、次回の日程がペンで書き込めるように正方形で区切られたスペースが10個作られている。

 3つ程書き込まれているが、パッと見た感じ変な所は見当たらない。


「7月19日の火曜日18時30分、7月23日の土曜日13時、後は7月25日月曜日の……これはPって書いてるのかな? 8時Pっと」


 念のためスマホを取り出して、日にちを確認するが、どれも間違った記載はされていない。何がこんなに引っ掛かるんだ?


「やっぱり気のせいなのかな」


 裏返して、表面を見る。


「………………うん?」


 もう一度裏を見て、表を……。これだ! やっと違和感の正体が分かった。 


「鷹見さんこれ」


 ビルの入り口を注意深く監視している鷹見警部が見やすいように、診察券を持ち上げて指を差す。そこは診察券の表面。


「診療時間? 朝の9時から夜の7時が気になるのか?」


 こちらに目をやりながら、鷹見さんが聞いてくる。


「いえ、おかしいのは裏面です。ほら、ここ!」


「7月25日の月曜日……8……どういうことだ、これ?」


 俺が気になっていた違和感の正体。それはクリニックの診療時間と、持ち主の予約していた時間が合っていなかったのが原因だった。

 表に書かれている診療時間を信じるなら、朝だろうが、夜だろうが予約時間に8時と記載される事はない筈だ。


「書き間違えなんですかね?」


「うーん……。いや、そもそも書き方も他と違うのが気になるな」


 鷹見さんは、俺から受け取った診察券を眺めている。


「他の2つは24時間表記だが、こっちは20時じゃなく、8時だ。記入した受付が別だからって可能性もあるにはあるが、そもそも8時Pって書き方が間違えたにしては不自然過ぎるな」


「じゃあ、やっぱりわざとこういう書き方にしたって事ですか?」


「あぁ、そうだろうな。林道は取り調べの時に診察券の裏面をじっと見ていやがった。少なくとも、あいつはこれが何なのかを理解している可能性が高い」


 結局、診察券のおかしな所に気付いた所で、真相まで分かるわけではない。鷹見さんはまたビルの入り口に視線を戻しながら話を続けた。


「でも、助かったぞ少年。これは次の取り調べの時に使える」


「少しでも助けになったなら良かったです」

「……お二人とも!」


 突然、先ほどから静かにビルの入り口を見続けていたカミラさんが声を上げる。

 急いでそちらを確認すると、左右に開いた自動ドアから林道が出てくる所だった。

 スマホを見ると時刻は既に20時を越えていた。


「片付けも終えて、やっと退勤ってとこか。行くぞ」


 車のエンジンが掛かり、カーエアコンから冷風が出てくる。

 夏とはいえ、今日はまだかなりましな気温だったが、それでも窓を開けているだけで長時間の張り込みはキツかった。こんなにエアコンの有り難みを感じたのは久しぶりな気がする。あと、近くにあるコンビニにも。


 車は林道と大きく距離を取りながらも、視界からは外れないように近付いていく。


「この方向は、駐車場に向かってるな」


 今朝、警察から逃げ出そうとしていたとは、とても思えない穏やかな調子で林道が歩いている。


「あれ……? どうしたんでしょう?」


「あぁ。アイツあんな所でどうしたんだ?」


 のんびり歩いていた林道が足を止めた。そこは建物と建物の僅かな間、路地裏に続く暗い道だ。林道はそちらをしきりに見ている。


「わたしたちに気付いて、逃げようとしている可能性もあるな。もう少し近付い…………いや、待て!」


 いきなり、鷹見警部が車から飛び出した。


「え?」


 突然の出来事に混乱するが、俺とカミラさんも車から出て鷹見さんの後を追う。


「ちょ、ちょっと鷹見さん!」


 遠すぎて何をしているか分からなかったが、近付いて気付いた。

 林道は路地裏に向かって何かを叫んでいる。そちらにいる誰かと喋っているのか?


(何でわざわざあんな場所でやり取りする必要がある? それに……)


 最初に路地裏という言葉が頭に浮かんだ時、嫌な汗が背中を伝った気がした。今、林道が喋っているのが、もし怪奇絡みの何かだとしたら……?


「急がないと!」


 より速く林道の元に行こうと、足に力を入れた――――その時だった……。


「えっ……?」


 俺たちの視界にいた筈の林道が、

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