第5話「振り返りと共鳴」

 公園を出て、スマホでもう一度、時間を確認する。今が10時30分だから、どんなに遅く歩いても11時前には着けるだろう。

 時間の上に表示された8月3日という数字を見て、考える。

 ここ1週間は、本当に色々な事があった。突然じいちゃんが亡くなった事を知らされ、葬儀をして、遺産を受け継いで、その上、怪奇図書なんて物にまで触れて……。

 普段なら、予定が詰まってる事に喜ぶ事も出来るだろうが、この1週間は辛い気持ちと、混乱する気持ちがない交ぜになって、喜びとは全く真逆の複雑な気分だった。

 初めて屋敷を訪れたのが、。そこで、カミラさんに出会って、怪奇図書や、図書館を知って、昨日は屋敷の中を詳しく案内して貰った。

「とりあえず、屋敷に向かうか……」

 ここで立ち止まって、ずっと考え事をしていても仕方ない。屋敷に向かって歩を進める。

 最寄りの山白駅から、屋敷までは10分。九無と双子たちの家や、さっきまでいた公園は、方向は少し違うが、駅と屋敷の丁度間くらいの位置にある。

 公園から、屋敷に向かった事はなかったが、何となくの方向は分かるし、多分迷うことはないと思う。

 昨日や、一昨日より、少し重くなった背中のリュックの位置を直しながら、足元を見る。

 靴は、また黒のスポーツサンダルだ。一昨日初めて屋敷を訪れた際は、考える事が一杯で、気付いていなかったのだが、昨日屋敷に入った時にふと思った…………ここ土足でいいの? と。

 造り的に洋風っぽいのと、カミラさんが何も言わないので、屋敷内では、それでいいのかとも思ったのだが、念のために大丈夫なのかと聞いてみたら……。


「……時に便利なので、土足で結構です」

「何から逃げるの!?」


 そう聞いても、カミラさんはニッコリと笑顔になるだけで、特に何も答えてはくれなかった。怖いよ!

 なので、一応、リュックの中に屋敷内で履く用のスニーカーを入れてきた。これで、外履き、内履きとして、別に分けられる。


 一昨日は、じいちゃんの部屋と、怪奇図書館を見て回るだけだったので、昨日は屋敷全体を案内して貰う事になったのだ。

 2階建ての屋敷の中を、さっと案内して貰ったが、じいちゃんの部屋の他にも、色々な種類の部屋があった。

 まずは、1階にキッチンと食堂。食堂は部屋としては大きかったが、カミラさん曰く、じいちゃんと2人しかいなかった為、全く使ってなかったらしい。キッチンも同じ理由で、一部しか使用してないとの事。

 次にトイレ。これは1階に3部屋、2階に2部屋で合計5つあった。カミラさんに聞いた所、1階と2階は主人と使用人でそれぞれトイレが分けられており、1階はそれに来客用も合わせてこの数らしい。

 デパートとかの複数人のトイレを想像してたのだが、中は広さが大きく違うだけで、個室のトイレと変わらなかった。

 後はお風呂だが、こちらは1階に大浴場、2階と1階の一部の部屋に、個別のお風呂がついている、ホテルの様な感じになっていた。これも人数的な問題で、掃除は毎日しているが、大浴場自体を使ったことはずっとないのだとか。

 他には、2階にじいちゃん用の寝室、これは形としてあっただけで、実際には、怪奇図書館の中のベッドか、1階のじいちゃんの部屋に布団を敷いて寝てたらしい。

 カミラさんの部屋も1階にあったが、流石にそこには入っていない。使用人の部屋は、一部屋で大体の事が補える様に、キッチンやお風呂も付いたマンションの一室みたいになっていると、カミラさんから教えて貰った。

 残りは、使われていない使用人の部屋が何個かと、机を挟む形でソファーが置かれた、来客対応用の部屋があった。それ以外の部屋は、何も置かれていない、使われていない部屋が殆どで、外から見た大きな屋敷というイメージに反して、実際に部屋として使っている所は全体的に見ても、小ぢんまりとしていた印象だ。

 

 額の汗を拭いながら、屋敷に向けて歩き続ける。

 ここからが地味にしんどい。目の前には木が沢山生えている林があるが、そこには舗装された道がある。真っ直ぐ行くと、突き当たりに胸辺りくらいまでに手すりを兼ねた柵が横に並んで置いてあり、そこから右に、傾斜の緩い道と柵が平行に続いている。

 そこを少し進むとまた柵。今度は折り返す様な形になっていて、そこから今度は、左に道と柵が続いている。

 要約すると、真っ直ぐ山を登ろうとすると長い階段やら、坂やらを必死に登らないと行けなくなるので、右から左、左から右に緩やかな坂の道を交互に作って、疲れずに山の上まで登りやすく、下まで降りやすくしているらしい。

 その変わりに右から左、左から右の道を何度も何度も歩いて行く事になるのだが……。

「やっぱりキツいな……」

 何度かをそれを繰り返した所で下を見る。目の前に柵があるとはいえ、既に結構な高さにいた。

 途中で転げ落ちても、絶対に柵で止まるとは分かっているが、それでも怖いものは怖い。

 幸い、この道は周りを大きな木々が囲んでいるお陰で、木や枝、葉が影になってくれているので、今が夏とは思えないぐらい涼しい。ここを登れば屋敷までは直ぐだ……頑張ろう。


 色々と屋敷内を見て回って気付いた事がある。この屋敷には鏡が多い。

 じいちゃんの部屋にも、怪奇図書館の中にもよく見ると置かれていた。何も置かれていない、全く使われていない部屋にもだ。しかも、どの鏡の大きさも、人物画に挟まれた鏡程ではないにしろ、姿見くらいのサイズはあった。

 何より鏡の額縁全てに五芒星やら、見たことない文字が刻まれていたのが、不気味だった。

 怪奇図書の件もある、もしかすると、それらの鏡には、本来の用途とは別の何かがあるのかも知れない。

 結局、昨日はそれだけ色々と見たが、じいちゃんの事が分かる様な何かは殆どなかった。

 未だに、ハッキリと分かっているのは、色々な地域のお土産を集めていたこと、ライトノベルが好きだったことくらいだ。

 じいちゃんが書いたという怪奇図書も何冊か読んだが、あくまで見た内容と起きた事を書いているだけで、そこにじいちゃんがどんな人だったかの手がかりはなかった。

 じいちゃんが肌身離さず持っていた大きな手帳があったらしいが、遺品の中には無かったらしく、じいちゃんと一緒に…………と、カミラさんはそこまで言って悲しそうな顔をしていた。


 セミの大合唱の中、交互に続く坂を登り終え、やっと上に着いた。最寄りの駅から屋敷まで、徒歩10分とは言ったが、その時間の半分以上はこの坂が原因だ。

 これは、もしの話だが、屋敷からここまで平坦な一本道なら、ここまで時間は掛からないと思う。

 スマホを見ると、10時45分だった。公園で九無や双子たちと遊んでいたからか、思った以上に足の進みが遅かったようだ。凄く楽しかったが、明日は筋肉痛になりそうだな。

 屋敷まではあと少しだ。


 あと、もう1つ気になった事があった。これは屋敷やじいちゃんとは関係ないかも知れないが、カミラさんの事だ。

 自意識過剰と言われるかも知れないが、昨日も、一昨日も、やたらと俺の事を見ている……というか凝視している気がする。

 最初はじいちゃんの孫とはいえ、知らない人間が屋敷に入ってきて警戒しているのかと思っていたのだが、少し一緒に居て、そういう感じではない様に思えて来た。

 カミラさんなりに、仲良くしてくれようとしているのかな? 何かあれば表情はコロコロと変わりはするが、平常時は能面のような顔をしているので、どう思っているのか、何を考えているのかが分かりづらい。

 それと、カミラさんと一緒にいると、たまにパシャ! パシャ! との様な物が聞こえてくるのだ。

 それは、決まって俺が、カミラさんから目線を外した時なのだが、音が鳴ってカミラさんの方を見ると、彼女を見た時と変わらず、綺麗な姿勢で立っているだけだった。

 不思議な事だが、怪奇図書を見た影響か、ホラー的な何かなのかもと思い始めている。


「着いた!」


 慣れた足取りで、門扉を通り、庭を抜け、玄関の扉を開けて、中に入る。

 冷房の効いた屋敷内で一息入れつつ、中を見回す。カミラさんがいる気配はない。昨日も一昨日も、ちょくちょく居なくなる事はあったから、今回も、また用事か何かだろう。

 とりあえず、ここで待っていても仕方ないので、じいちゃんの部屋に行こう。

 長い廊下を歩きながら、目的の部屋を目指す。じいちゃんの部屋は1階の一番奥、突き当たりの左側にあった。


 長い廊下を歩いていた――――その時だった……。


「あ……れ…………?」


 体の様子が変だ。まるで、火か何かで、チリチリと炙られているように、額の傷が突然、痛み出す。指で触って確認して見るが、傷口が開いたような形跡はない。

 そもそも、この横一文字の大きな傷は子どもの頃の物だ。とっくの昔に傷は塞がっている。

 異変は額の傷だけではなかった。目が、まるで心臓の様にドクンドクンと脈動しているような感覚。

 一歩、また一歩と、進めば進むほどに、額の痛みと、目の脈動は激しくなる。何だこれ?

 今まで感じたことのない現象に、頭が混乱する。この場で休んだ方がいいのか? そんな事を考えながらも、歩みは止まらない。いや、止められなかった。

 何故だか、ような、そんな感覚があったからだ。

 その2つの大きな異変は、ある部屋の前で、最初からそんな事はなかったかのように、ピタリと止まる。

 屋敷内を見て回った時に訪れた。ここは使われていない、何もない部屋だ。

 ゆっくりと扉を開け、中を確認する。家具もなければ、人のいる気配もない。そこにあるのは、窓と壁に掛けられた姿見だけ。

 ここだ……。何の確証もないのに、そんな気がした。

 姿見の前に向かう。全身を映せる大きさに、額縁の文字と五芒星、他の部屋でも見たのと変わらない、全く同じ物だ。

 手を伸ばす。壁と、そこに掛けられた姿見の隙間に、指を入れる。何かにぶつかった。それを掴んで、引っ張り出す。


「……これは?」


 そこには、

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