エピローグ After days
―――あの日から、世界は少しずつだけど変わってきている。
あの日、空を覆った光のネットワークは打ち砕かれ、
その光の欠片は雪のように地上に降り注いだ。
しかし笑顔で迎えられるべき少女は……帰っては来なかった。
光が降る幻想的な景色の中で俺たちは泣いていた。
唯一人の少女の名前を口にしながら……。
それから数日が経った。
SNDの感染者達は僅かながら反応を返すくらいには回復していた。
もっとも完全にコミュニケーションが取れるまでにはまだ時間が掛かるだろう。
他人と完全に繋がるという現象を体験した者、しなかった者。
その溝はあまりにも深い。
あるいはSND感染者こそが次の時代を担うニュータイプだと言う者もいる。
精神で意思疎通できてしまうところはそのものズバリという感じだからだ。
だとすると俺たちはオールドタイプなのだろうか。
もしかしたら、いずれ時代に取り残されるのは俺たちのほうなのかもしれない。
それに、SND感染者が回復したとしても、
そのとき人はSNSなどに頼らずにいられるだろうか?
ネット上の繋がりを求めずに居られるのだろうか?
人はまた、同じ過ちを繰り返すだけなんじゃないのだろうか?
また、空に光のネットワークができた、そのときは……。
「そのときはまた、みんなで立ち向かえばいいよ」
向かいに座るヒカルがそう言って笑った。
ここは浦町高校放送室。
時刻は十二時二十分。
もうそろそろ『GOO♪ラジオらす!』の時間になる。
メインパーソナリティーはヒカル。
そしてアシスタントは俺が務めている。
俺としてはアシスタントはそのまま菜穂にやってほしかった。
しかし、彼女にも気持ちを整理する時間は必要のようだ。
あのときは緊急事態だったからアシスタントを引き受けてもらえたけど、やはりまだ抵抗はあるようで、この前「もう少し時間を下さい」と言われた。
こればかりは時間が解決してくれることを願うしかなかった。
幸い須藤が彼女の傍で何かと支えてくれているようだ。
彼女のリスタートに、俺たちは関わるべきじゃないだろう。
あとはもう信じて待つしかない。
でも、いつかまたみんなで……それは俺たちみんなの願いだった。
その他のヤツらもそれぞれ自分の道を進んでいる。
森本さんも正式に軽音部入りし、軽音部は精力的に活動している。
時々ここに新曲を録音したCDを持ち込んでは、パワープッシュしたりしている。
希望者には音楽データを配っているそうだ。
誠一と新谷さんの美術部も順調のようだ。
新入部員も一人入部したらしい。
それがどうやらカワイイ一年女子だったそうだ。
一波乱ありそうな予感がすると、ヒカルがニヤニヤ笑っていた。
あの二人の中がちょっとやそっとでグラつくことなどないとは思うけど、まぁそこはウドが刺身のつまになりけり……はてさて、どうなることやら。
なにかと尽力してくれた珠恵会長はと言えば、学園祭や修学旅行などのイベントが中止されずに済んだとご満悦のようだった。
そしてなにより、幼馴染みが帰還してくれたことが嬉しかったようだ。
いまから感染中の体験談を聞くのが楽しみだと笑っていた。
大したもんだよ、あの人は。
そんなわけで世界は少しずつ変わったり、変わらなかったりしてているものの、俺たちと言えば先日までとあまり変わらない日常を過ごしていた。
唯一、大きく違っているところといえば……。
「アイヴィーがいないことか……」
「そうだね……」
俺たちの周りではしゃいでいたあの小さな白い影はもういない。
アイヴィーはあの光と一緒に砕けてしまったのだろうか……。
そんな縁起でもないことが頭を過ぎる。
「もう逢えないのかな」
そう呟いたとき、ヒカルは眼をパチクリとさせていた。
「なに言ってるんだよ。アイヴィーって名付けたのは君なんでしょ?」
「そうだけど……それが一体どうしたんだ?」
「アイビーって名前の花があるんだって。その花言葉はね……フフフ、ステキだよね。ボクも竹流からぜひアイビーの花を贈られたいものだよ」
そう言いながら悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「いや、だから花言葉は?」
じれた俺がそう尋ねると、ヒカルはいきなり身を乗り出してきた。
そして俺が事態を理解するよりも早く。
俺の唇に自分の唇を重ねていた。
気が付いた時には目の前に瞳を閉じたヒカルの顔があったような感じだった。
突然のことに呆然とする俺を余所に、ヒカルはゆっくりと身体を離し微笑んだ。
「『永遠不滅の愛。死んでも離れない』だよ」
ピッ、ピッ、ピッ……ポーン……
『ボクたちの声が聞こえますか?』
『この声、届いてますか?』
『空の果てへと飛び立ったキミに』
『いつかまた巡り会えると信じて』
『柄沢ヒカルと!』
『天野竹流の』
『『 GOO♪ラジオらす! 』』
IV(アイヴィー) どぜう丸 @dojoumaru
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