IV(アイヴィー)
どぜう丸
プロローグ IVレポート1
【IVレポート1】
生まれたばかりのわたしは『風』のようだった。
存在を証明もできず、相手に自分の意志を伝えることさえできない。
ただ見て、聞いて、感じるだけ。それだけだった。
だからわたしは……しばらくは人を見て回ることにした。
辿り着いた歩道の真ん中でふと立ち止まる。
影のように表情のない人たちが行き交う雑踏に佇む。
人は変わっても世界は変わらない。
街はいつもの色、いつもの姿を留めているのに、
風もいつものように肌を撫でるのに、
日の光はいつものように眩しくて温かいのに、
人だけが、モノクロだった。
灰色の街は今日も死んだように見える。
繋がりが失われた街はこんなにも死んで見えるものなのか。
……失われたわけではないか。
変わってしまった。ただそれだけのこと。
それはたしかに望まれたこと。でも、本当に?
本当にこんな世界を望んでいたの?
『いつも と たい』
その願いは純粋と言ってもよかった。
決して間違ってはいなかっただろう。
だけど、人々のそんな願いの果てがこの色あせた世界だった。
人が言葉を交わすことも、視線を交わすこともなくすれ違っていく世界。
ねえ、いまそこを歩いて行ったアナタ?
アナタたちは本当に……こんな世界を望んでいたの?
子供が一人道ばたで転んだ。誰もそっちを見ない。
子供の顔が痛さで歪んだ。
誰も気にも留めない。
ついにその子供は泣き出してしまった。
誰も手を差し伸べない。
彼らにとっては、それは遠くの世界の出来事。
数メートルも離れていないというのに。
彼らから見れば世界の裏側で起こった戦争よりも遠くの世界の出来事。
なにも感じない。なんの感情も抱かない。
「……大丈夫?」
ようやく一人、高校生ぐらいの男の子がその子供に手を差し伸べた。
立たせて土をはらい涙を拭ってあげる。男の子はしばらくグズりながら鼻を啜っていたけれど、痛みが引いたら泣き止み「ありがとう」と言って走って行った。
彼らのこの一連のやりとりを誰も気にしてはいなかった。
その場で佇む彼のことを、周囲は気にも留めはしなかった。
彼は歩き出す。諦めに似た境地で。
行き着いた先は横断歩道。赤信号に足を止める。
ふと顔を上げると対岸に一人の少女が立っていた。
その彼女も彼のと似たデザインの制服を着ている。
見知ったその少女に向かって彼は手を挙げようとして……やめた。
やめておいた方が良い。その手を挙げても傷つくだけだ。
青信号。彼女は歩き出す。目があった。
徐々に近づいてくる。その距離2メートル。
彼は小さく「やあ……」と声を買える。
しかし彼女は何事もなかったように彼の脇を通り過ぎていった。
彼は黙って彼女の背中を見送りながら、
挙げることのなかった右手の拳をギュッと握った。
―――そんな彼を……わたしは黙って見続けていた。
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