1【名前】

「敵は全て撃破できた。変身を解きたまえ、‘’アーマード・ウイング”」


「…‘’アーマード・・ウイング”ね、ココ大事」


「前から気になっていたがね、なんなんだいそれは」


「おねーさんの気分的なヤツ」



【名前】


「にしたってさ、今どきちっこい銃とレーザー剣だけで地球まるごと背負えったってムリがあるわけ」


帰り道。彼女は口を尖らせ、私━━━隣でふよふよと浮かぶ球体、ネブラD710に向けぼやく。

天越あまごえつばさ…17歳。身長は175cm、牡牛座のAB型。演劇部の部長やってるいわゆるフツーの高校生、というのがつい数ヶ月前の彼女の極めて自己申告的なプロフィールだ。

ある日その人生が一変する出来事がなくとも運命であれ彼女自身の生き方であれ、それはもともと一般的な「普通」とはかけ離れたものであった。


「仕方がないだろう、君の場合は」


「星が見えないんだっけ?」


「…はぁ、問題はそれだ」


気の緩んだ声に遮られて、ばつが悪そうにため息をつく。

未だに「正義のヒーローに変身して地球を狙う侵略者と戦う」という状況が特異であるためか、彼女は現状にリアリティを感じていない。自分の人生すらそれが筋書きなら従おう、と他人事のように認識し、これは自分に与えられた役の一つなのだ…と諦観しているような、そんな目をしている。

場所を選ばず己の咲くべき所で咲く。それは彼女の長所でもあり、病的な信念ですらある。普段のポーカーフェイスと端麗な容姿がその異常性を覆い隠しているが彼女の素を知る人間は皆、私のようにどこかで違和感に気づくのだろうか?

自分から巻き込んでおいてなんだがこの娘は危うい。そう理解するからこそ、私は彼女が独りであることに焦っていた。


侵略者から星を守る戦士を誕生させる基準は誰でもよいというわけでもない。自分の声を聞く事ができた時点で彼女は星に選ばれるべくして選ばれた存在のはずなのだ。

戦士が変身に使うカードは本来、手にした瞬間にその子の運命を暗示する星座が刻まれる。彼女の場合、牡牛座だ。

しかし彼女が引き当てたカードは‘’何も刻まれていない”両面とも黒いカードだった。

変身した当初はすぐ目の前に怪人が迫っている切羽詰まった状況であったため二人ともそれほど気にしなかったが、何も知らない彼女でもその奇妙さを薄々肌で感じていた。

そんな事情から本来の彼女の力も把握しかね星座を冠した名をつけるのにも困窮し、【アーマード・ウイング】と私は便宜上彼女の本名から名付けた。


「いいんじゃない?」


カードを人差し指と中指で挟み、つばさがにやにやと口元を歪ませ笑いかける。


「何もない、ってことはこれから増やせるってことでしょ?違う?」


「物は言いようだな、君」


「ははっ、言いようさ。言霊ってのは偉大だよ?口八丁で嘘だってホントになる。病は気からケセラセラ~とかそういうの、どっかの星にも似たような言葉があるんじゃあないかな?」


そう言うとこちらへ軽く片目を閉じた。

その気取った仕草を見た瞬間、私は同じ空間に居ながら外へ閉め出されたような感覚があった。

ああ、やはり、この子は。

少しでも周りが暗い気持ちになると、どうにかして笑顔を振り撒こうと無理をして仮面を被る。彼女は優しく、そしてどこか脆い。


「つばさ。見えない未来を前にして、君は本当に今を幸福だと思うかい?」


「保留」


即答。ただし、こちらを向かずに。


「保留?」


「そ。幸だ不幸だ極端な思考、おねーさん好きじゃないもの」


うっすらと口角を上げ、軽やかにおどける声。しかし一瞬寄せた眉が不愉快さを露にした。


「疲れるだけだよ、幸せかそうじゃないかってさ。‘’ほどほど”で良いんだよ、ほどほどで。どっちか片方に寄ったら、その分振り戻しが来るでしょ?」


「つばさ!」

ふわふわと煙に巻くような言葉を並べ立て、逃げるようにつかつかと先を歩いていく彼女に、私は強く呼び止めてしまった。


「ん。どした?」


青い瞳がこちらをまっすぐに射抜く。


「えっ、あっ…その」


その笑顔に何か言おうとした言葉が、無理やり飲み込まれてしまい、口ごもる。

「大丈夫」

「おねーさんポーカー好きなんだ」

「は?」


おろおろとしている内に、まったく別の方向からぶつけられて私は硬直した。

「配られたカードだけで勝負して、伏せたカード開くまで何が起こるか分からない。なんていうかさ、そういう不安定さ好きなんだよ」


心配する親を宥めるように、淀みなく続ける。


「おねーさん無理しないよ、大丈夫。この先の辛いことも幸せなことも全部受けとめてさ、‘’ほどほど”は自分で掴みたいんだ」


天を仰ぐ彼女につられて、空を見上げた。

紫がかった空に夕陽に染まった雲が揺らめく炎を映し出す。


「…見えてる運命とか都合悪い真実とかどうでもいいね」


夕空に溶けた呟きを、私は聞き逃す事はなかった。

数ミリほどの小さな青い光弾が、彼女の持っているカードを弾き飛ばした。


「あっちぃ!」


「真っ黒よりはマシだろう」


「…いきなり驚かすなよなキミ」


真っ黒いカードに小さく空いた穴にフッと息を吹く。暗い夜空に輝く一番星。そんな洒落っ気を理解してか、彼女も軽くカードに口づけした。

気づけば私は不思議と笑っていた。

彼女が手にした奇妙な運命は、深い闇などではなく星を繋ぎきっとこれから広がり続ける銀河なのだ。

その傍らで星が光り続ける限り、彼女の運命はそう簡単には潰えない……私には、そう思えた。

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