あの時とは違う気持ちで

 今日は会社全体での飲み会。会社の創立記念という名目だけれど、絶対飲みたいだけだと思う……周りを見渡せば、人だらけ。玲依ちゃんは遅れるかも、と言っていたけど間に合ったんだろうか……?


 社長の挨拶と乾杯が終わって、ご飯を取りに行く人、他部署の友人の元へ行く人とそれぞれ動き出した。


 玲依ちゃんから到着の連絡が来たからドアの方を見れば、部長と共に入ってきた。またか。今回も部長なのか。

 玲依ちゃんのところの部長は凄くいい人だって分かっているけど、ああいう仕事のできる大人が玲依ちゃんには相応しいんだろうな、なんて思ったりもする。

 2人は社長に挨拶に向かい、3人で何かを話している。あぁ、こんな光景見た事あるなぁ。


 勘違いをして、前は私が逃げ出しちゃったんだよな。そしてSな玲依ちゃんが……うん。ここで思い出すのは色々とよろしくない。


 総務メンバーが何かを期待するように私を見てくるけど、割り込んだりなんてしませんよ。というか、出来ません。


「うわ、こっち見てる!」

「あれ、絶対高野さんが侑さんを紹介している感じですよね!」

「なぁ、今俺に手を振ってくれたんじゃ?」

「いや、俺だろ」

「あんたたち、もしかして知らないの?」


 玲依ちゃんが私のことを話したのか、3人がこっちを向いて焦った。総務メンバーも盛り上がっているし、挙動不審になっていたかもしれない……


 社長と部長が連れ立って別のところに移動し、玲依ちゃん1人になったけれど、あっという間に囲まれた。


 こういう機会でもないと他部署の人は話す機会なんてないから、チャンスだって考えている人が多いんだろうな。

 残念ながら、チャンスなんてありませんけどね。


 玲依ちゃんの所に行くのは諦めて、総務メンバーと話をしていれば朱音さんと奈央が見えたから席を外すと伝えて2人の元に向かう。


「あれ、侑ちゃん飲んでないんだ?」


 私の持つ烏龍茶を見て朱音さんが不思議そうに聞いてくる。


「はい。車で来ているので」

「わざわざ帰ったの?」

「玲依ちゃんが飲みすぎるかもしれないので……」

「あはは、さすがに玲依も会社での飲み会は抑えると思うよ?」

「まぁ……そうなんですけど。お酒を飲んだ玲依ちゃんを電車に乗せるのが嫌なので……」

「ぶはっ、侑、相変わらずでれっでれ」

「うるさっ」


 爆笑している奈央を軽く小突いて朱音さんを見れば、それはもう楽しそうに笑っていた。

 だってさ、お酒を飲んだ時の玲依ちゃんっていつにも増して甘えん坊になるし可愛すぎるんだもん。車なら2人になった瞬間に酔った玲依ちゃんが甘えてくれるんじゃないかな、なんて下心もあったりするけれど。



「随分楽しそうだけど何話してるの?」

「玲依ちゃん!!」

「ふふ。侑、お疲れ様」

「お疲れ様」


 振り返れば首を傾げた玲依ちゃんが居て、来てくれたことが嬉しくて大きな声が出てしまったけど、優しく笑ってくれた。可愛い。

 さっき見た時には川上さんとかと話していたから、課のメンバーにも声をかけ終わったんだね。思ったより早かった。


「侑ちゃんが玲依に甘いって話」

「それは間違いない。お腹すいちゃった。ご飯取りに行かない?」

「行く!! 美味しいご飯あるといいなー」

「さっき社長が、ステーキは食べた方がいいって言ってたよ」

「ステーキ!! さ、行きましょうー!」


 絶対食べたい。社長のおすすめとか期待しかないじゃん。


「あ、これ玲依ちゃん好きそう。こっちも美味しそうだよ。いる?」

「うん。ありがとう」

「ほんと侑ちゃんって甲斐甲斐しいわー」

「朱音さん、これは絶対玲依さん限定の優しさですよ。私はこんなことしてもらったことないですもん」


 料理が並んでいるテーブルについて、玲依ちゃんの好きそうなものを取り分けていれば朱音さんがしみじみと言う。

 奈央が呆れたように答えていたけど、その通り。玲依ちゃん限定です。


「お疲れ様ー。楽しんでる?」

「弥生、お疲れ様」

「お疲れ。それ、広報誌用?」

「そうそう。写真撮ってもいい?」


 全員にOKを貰い、何枚か写真を撮って満足そうに頷いている。広報課だとこういうイベントはもう仕事だよね……


「あ、そうだ。侑ちゃんにお願いがあって。玲依にはお願いしたんだけど、2人の写真を掲載させて欲しくて」

「はい。聞いてます。載せる写真を何にするか悩んでるので、お時間いただけると……」

「もちろん。次のタイミングじゃなくてもいいのでお願いします」


 ドレスの写真は綺麗すぎるから、どこかに旅行に行った時に撮った写真がいいかな、って思ってる。

 この前の試着だけであんなに綺麗なんだもん、当日の写真なんて絶対載せられない。会社の男性陣がドレス姿の玲依ちゃんの写真を保有するとか、無理。そう玲依ちゃんに言えば笑ってたけど。


「よくある会見みたいに、指輪見せて撮ってもらったらいいんじゃない? 弥生いるし」

「それは恥ずかしいです……」

「撮らせてくれるなら撮るけど?」


 朱音さんの言葉に、弥生さんもそれでいいなら、と見てくるけどここで? こんなに沢山の会社の人の前で?


「2人とも、侑をからかわないの。ちゃんと選ぶから」

「バレた? 見たいって声が凄いから、申し訳ないけれどよろしくね。そうそう。玲依とお近付きに! って意気込んで行った後輩が落ち込んで帰ってきたよ。指輪、知らなかったみたい」

「あぁ、うん。今度食事でも、って言われて相手が居るので、って伝えたらみんな驚いてた」

「うちは隣だから玲依が指輪をしてきた日にはもう大変だったけどね。ねぇ、奈央ちゃん」

「はい。午後半休がやけに多かったですよね」


 玲依ちゃんと私の左手薬指に嵌められた、お揃いの指輪。こうしてイベントでも堂々と付けてくれることが嬉しい。私が贈った訳じゃなくて、贈られちゃった側なのがカッコつかないけれど。

 というか、午後半休が多かった、ってそれだけ狙ってた社員が多かったってことか……私を選んでくれたとはいえ、油断出来ないな……


「玲依ちゃんが奪われないように、頑張ります」

「侑? なんでそうなったの?」

「私が相手なら、って諦めないかもしれないでしょ? だから、頑張らないとなって」

「侑以外考えられないから、頑張る必要ないよ」

「はいはい、ご馳走様ですー! じゃ、私は他のところ写真撮ってくるわ」

「……私はちょっと辛口のお酒取ってくるわ」

「朱音さん、私も行きます!」


 3人が、あとは2人でごゆっくりーとニヤニヤしつつ去っていくのを見送って、玲依ちゃんを見れば目が合って笑ってくれた。こんなに堂々と2人になるなんて初めてで緊張するな……


「えっと、向こう、座る?」

「ふふ、なんでそんなに緊張してるの」

「いや、だってさ……? すっごい視線感じるから」

「こうして2人で居るの初めてだもんね。……せっかくだから牽制しておこうかな」

「玲依ちゃん、何か言った? 聞き取れなかった」

「ううん。何でもないよ。侑、ステーキ食べてないでしょ? 美味しいよ」

「あ、ほんとだ。美味しい」

「もっと食べる?」

「うん」


 さすがお高いホテル。美味しい。って、つい差し出されたステーキを食べちゃったけど……うん。気づかなかったことにしよう。今周りを見たら終わる気がする。特に総務の方は絶対向かない。


「玲依ちゃん、さっき社長達と何話してたの?」

「順調なようで何より、って」

「こっち見るから焦った」

「社長も申請の内容を見ていたみたいで、相手は総務の子だったね、って」

「うわぁ、社長、玲依ちゃんの相手気にしてたんだね。なんか私でごめんなさいって感じ」

「またそうやってネガティブになるんだから……伝わってない? 足りない?」

「えっ……タリテマス」


 一瞬、すうっと目が細められてゾクッとした。充分です。ごめんなさい。


「玲依ちゃん、この後役職者の二次会は予定通り?」

「うん。ごめんね。そんなに遅くならないようにするから」

「迎えに行くから、絶対送られたり、電車に乗ったらダメだからね」

「分かってる。ちゃんと連絡する」


 玲依ちゃんを待つ間、近くで時間を潰そうと思ってる。役職者だけの飲み会とか、肩凝りそう……疲れるだろうし、直ぐに迎えに行きたいから。


 ゲームが始まる、と幹事からアナウンスがあったから、残念ながら一緒に居られるのはここまで。席に戻ったら色々聞かれそうだけど、ゲームの方に誘導しよう。


「じゃあ、また後で」

「うん。飲み過ぎないようにね」

「ふふ、大丈夫。気をつけるし、そもそも侑が居ないと安心して酔えないから」

「……うん」


 あぁ、可愛い。好き。

 あんなに可愛い玲依ちゃんを見せるなんてとんでもないから本当に気をつけて欲しい。それじゃなくても、普段から魅力的なのに。

 もちろん、私の前でなら大歓迎だけど。むしろ可愛く甘えて欲しいです。早く2人になって玲依ちゃんを抱きしめたいな。

 考えたことが顔に出たのか、別れ際に玲依ちゃんが苦笑していたけれど気にしない。


 前の飲み会とは全然違う気持ちでいられるのは、あの時玲依ちゃんが追いかけてくれたから。これからも玲依ちゃんに好きでいて貰えるように、一緒に過ごせる日々を大切にしよう。

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